メルヘンな絶景とは裏腹に、イタリア「アルベロベッロ」の歴史は貧困との戦いだった

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はイタリア「アルベロベッロの歴史」をご紹介します。

アルベロベッロってどんな町?

アルベロベッロってどんな町?

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ブーツの形をしたイタリア半島のかかと部分に位置するプーリア州。
ここには、超可愛い尖がり屋根の円形住宅「トゥルッリ」があるんです。
トゥルッリは、キアンカレッレという石灰岩の平らな石に釘などを使わずただ積み上げただけの黒い屋根に、真っ白な壁。
壁にはセンスのいいイタリア人らしい色鮮やかな花鉢が吊されているとってもオシャレな民家。
その可愛らしくオシャレなトゥルッリが、1500軒も集中する独特な景観の街、それが南イタリアの小さな村アルベロベッロなんです。
トゥルッリの黒っぽい屋根には、太陽やハート、十字架などマークが描かれており、見ながら回るだけでもおとぎ話の中に迷い込んだような気分に浸れます。

街を歩けば至る所にお土産物を売る店やちょっとオシャレなカフェなどが軒を連ね、陽気で明るい観光地となっています。
朝夕はガラッと雰囲気が変わり、このアルベロベッロに住む人々の日常を垣間見ることができます。
今回は、アドリア海側にある南イタリアのメルヘンチックな街!アルベロベッロの成り立ちから年間1000万人もが訪れる人気の観光都市になるまでの歴史に触れてみたいと思います。
ぜひ、参考にしてくださいね!

アルベロベッロはこんな感じで始まった

アルベロベッロはこんな感じで始まった

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アルベロベッロという名前は「美しい木」という意味です。
名前の通りこのメルヘンチックな街アルベロベッロは、この地域に伝わるトゥルッリの家並みが並木のようだということからアルベロベッロとなづけられています。
かつて、村の入り口には大きな樫の木があったようなんです。
実は古い頃の詳しい歴史は分かっていません。
アルベロベッロの今に残る最古の歴史は、ノルマン王朝までさかのぼります。
14世紀半ばのアルベロベッロは、「無人の土地」だったとの記録が残っています。

このアルベロベッロの歴史は先ほどお話した、トゥルッリと共に始りました。
15世紀頃ここの領主をしていたアクアヴィーヴァ伯爵が、ナポリの王に無断で町を興し、この地の土地開拓のために農民たちを移住させたことが始まりです。
初めの頃の住民たちは木の切り株や藁を使ったとっても見窄らしい小屋を住居にしており、ちゃんとした家に住みたいといつも願っていました。
16世紀半ば頃からやっと家を建てることが許可され、この町にもトゥルッリが建てられました。
とはいっても、この地で採れるキアンカレッレという石灰岩のみで造ることが条件でした。
税金をかけられるモルタルなど接着剤を絶対使わない家を建てることが必須でした。

なぜ、接着剤を使ってはいけないの?

なぜ、接着剤を使ってはいけないの?

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理由はアクアヴィーヴァ伯爵は王の許可なく町を造った上に、税金逃れも考えていたからだとか。
他にも農民たちの反抗心を抑えるためだったとの説もあります。
しかし、なんて悪い領主でしょう。
モルタルなどの接着剤はもちろん、土台や骨組みもなく、平たい石灰岩を積み上げただけの簡素な家なんて住めるの?って思っちゃいますね。
このアルベロベッロの地には、森林を伐採したくさんの石がゴロゴロとしていたので、石の家を作るには全く困りません。
接着剤も使わない土台もない、骨組みもなければ、もし王様の家来が来ても家を壊してしまえば税金を払わなくても済むからでした。
こんなにケチケチの領主ですが、実はナポリ王国有数の名門貴族の家系なんです。

ナポリ王は屋根の数に応じて税金を徴収するように伯爵に命じていました。
伯爵は、家の数を少なくごまかすためにすぐに屋根を壊せる家を造らせていたわけです。
当時の記録にモンティ地区には40軒のトゥルッリがあったといわれています。
家に白漆喰を塗って仕上げ、屋根は石を積んだだけのものだから壊すのなんてたやすいことだったんですね。

ユニークな家並みには農民の苦労が

ユニークな家並みには農民の苦労が

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暴君として多くの逸話が残るジャンジローラモ2世がここの領主になりました。
1620年頃にこの地は製粉所、パン屋、宿屋を建て、街の拡大を図っています。
勇敢な武人で、荘園経営においても能力があり、芸術家のパトロンとしても有名な人物です。
しかし、最後の20年間は、暴政を理由に逮捕、幽閉されスペインで客死しています。

ここに住む農民たちは、一切の権利を持たず「農奴」として働くだけの毎日でした。
住民たちに重税を課していましたが、国に治めるべき税金はごまかすといった自分勝手な支配が行われていたのです。
その時だけ家を壊し街から去り、視察団が帰っていくとまた戻ってトゥルッリを建て、農奴として働いていました。
そんな不安定な生活ぶりは、精神的にもどんなに苛酷なものだったかを察します。







先史時代には既にあった伝統的な建物

先史時代には既にあった伝統的な建物

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実は、アルベロベッロ周辺は先史時代から石灰岩質の地域で、石を積み上げ漆喰を塗っただけの家、トゥルッリが造られていたという説も残っています。
屋根にさまざまなシンボルが描かれているのは魔よけの意味があり、先代の祈りをそのまま受け継いでいるんです。
円形住宅になったのは、農民たちの知恵からでした。
何度も家を解体しなければならなかった住民たちは、どうしたら壊してもすぐ造り直すことができるか必死に考えた結果が現在の円形住宅だったのです。

アルベロベッロのユニークな街並みは、漫画ワンピースのビッグホーンのモデルなのではと噂されています。
話は脱線しましたが、1644年に実際にあったとされる説には、ナポリ王の視察が入った時、伯爵は農民たちに家を解体させ、非難するように命じました。
視察団が到着した時、家があった場所は石が転がっていただけ。
ここに家があったなんてとってもいえる状態ではなかったようなんです。
モルタルを使わない家という節税方法は1700年までは、利用していました。

封建農奴制から解放されたアルベロベッロ

封建農奴制から解放されたアルベロベッロ

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このケチケチ領主のアクアヴィーヴァ家支配のもと封建農奴制に苦しめられた農民たちでしたが、1797年に当時この国の王だったフェルディナンド4世に町の7人の代表者が直訴したのです。
王がこの問題の解決を約束したことにより、住民たちの怒りは収まっています。
約束通り王はこの村を王政都市として封建農奴制から解放しました。
一方、アクアヴィーヴァ伯爵家の3世紀12人に渡る独裁政治はこれを機に幕を閉じています。
ここからアルベロベッロはナポリ直属の街へと生まれ変わりました。

この家が作られ続けた理由には、領主が好きな時に農民たちを追い出すためだったとも、国王からの税徴収から逃れるためだったともいわれています。
どちらにせよ、このトゥルッリはアルベロベッロの農民たちの封建農奴制による、貧困と束縛から造られたこの町の歴史ともいえるのです。
自分勝手で傲慢な伯爵の、ケチケチ精神からこのメルヘンチックな街並みができたというのも皮肉なものですね!

段々少なくなってゆくトゥルッリ

段々少なくなってゆくトゥルッリ

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プーリア州のアルベロベッロ周辺ではかつて多く見られたトゥルッリは、だんだん建てられなくなりメルヘンチックな街は少しずつ縮小されています。
でも、世界遺産の登録されているアルベロベッロは、この景観が世界中の注目を浴びており、現在も多くのトゥルッリがありメルヘンチックな街並みを形成しています。
高台からアルベロベッロの街並みを見ると、トゥルッリの集結した圧巻の風景が広がります。
いつまでもこの美しい景観が見られることを切に望みます。
次のページでは『尖がり帽子をかぶった真っ白な家が建ち並ぶ、アルベロベッロに訪れてみませんか?』を掲載!
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