コロッセオ並ばずにチケット買う方法は?実は日本語で予約できるの?ローマ在住者による観光ガイド!

ローマに住む私たちにとって「コロッセオ」はイタリア・ローマの象徴であり、心のよりどころです。そんなコロッセオ、もちろん観光でも人気なのですが、予約やチケット購入が少々難しいと聞いていたところ、なんと日本語OK&お得&チケット売り場で並ばず入場できる方法がありました。コロッセオの魅力とともに観光ガイドをまとめました。

コロッセオの予約ならここ!

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「コロッセオ」観光の前に知っておこう!

イタリア観光と聞けば必ず耳にする言葉、「コロッセオ」。
でも、「コロッセオ」っていったいなんなの?

世界遺産「コロッセオ」とは?

世界遺産「コロッセオ」とは?

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「コロッセオ」は、西暦72年から建設がはじまり80年に完成した古代ローマ時代の大円形劇場です。
高さは48メートル、楕円形をしておりそれぞれの直径が188メートルと156メートルという巨大さをほこります。

当時のローマ皇帝ウェスパシアヌスの名字をとって、正式名を「フラウィウス円形闘技場」といいます。
古代ローマ帝国の繁栄のシンボルであり、後世には永遠の都ローマのシンボルであり、現在では古代ローマ時代の最も重要な遺跡のひとつとして世界中の人が訪れています。
「コロッセオ」の名前の由来は、本来この地にネロ帝の巨大な像があり、それを「コロッスス」と呼ばれていたから、というのが最も有力な説。

古代ローマ時代の施政のモットーは、「パンとサーカス」でした。
ローマ市民に娯楽を与えるために皇帝が建設した首都ローマの円形劇場は、最大5万5千人を収容できたというから驚き。
ちょうど東京ドームと同じ収容人数であったことになりますね。

ローマ市民たちはここで、剣闘士と猛獣たちの戦いや競技を楽しんだのです。

「コロッセオ」はいつできたの?

「コロッセオ」はいつできたの?

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「コロッセオ」が建設される前には、このあたりには悪名高きネロ帝の豪華な宮殿が建っていました。
ネロ帝は自分の宮殿の敷地の一角に、人工池を建設しました。
彼が失脚したあとこの池は埋め立てられて、コロッセオの建築がはじまったのです。
ネロ帝が失脚したあとの古代ローマは、内乱が続いていました。
その内乱を平定したのが、軍人皇帝といわれたウェシパシアヌスです。
内乱で荒れたローマ市民の心を慰めるために、西暦72年から建設が始まりました。
ウェシパシアヌス帝は西暦79年に没していますが、翌年80年に「コロッセオ」の完成式典が行われています。

ウェシパシアヌス帝は、コロッセオを2階まで建設しました。
その息子、ティトウス帝はさらに3階と4階部分を完成させています。
西暦80年に行われた完成式典は、100日にわたって行われ、ローマ市民を熱狂の渦に巻き込みました。







剣闘士はなぜ戦う必要があったの?

映画『グラディエーター』で有名になった剣闘士は、古代ローマの職業のひとつでした。
その名の由来は、当時の短刀「グラーディオ」であると言われています。
剣闘士の戦いは本来、葬儀の儀式のひとつでした。
それがやがて、権力者が庶民に提供する娯楽のひとつとなり、ユリウス・カエサルの時代から剣闘士の競技は公的な行事へと変化していきました。
権力者たちにとって、競技大会を開催することは手っ取り早い人気取り政策だったのです。

歴史に残る最初の剣闘士の戦いは、紀元前264年と伝えられています。

現代のイタリアでは、サッカーの試合というと老若男女が熱狂します。
古代ローマ時代には、剣闘士たちの競技が市民たちを熱狂させていたのですね。

剣闘士たちの競技の人気が高まると、剣闘士を育成する学校まで登場しました。

現代の私たちから見ると、剣闘士たちの闘いは大変残酷に見えます。
しかし記録によると、初代皇帝アウグストゥスの時代の剣闘士たちの九割は、命を落とすことなく競技を終えていました。
ルールがきちんと存在し、ゲームとして楽しめた競技であったからでしょう。

それが年々残虐になっていき、剣闘士たちの多くが死亡するようになると競技の人気も衰えていきました。

ローマ帝国にキリスト教が広まると、コンスタンティヌス大帝によって剣闘士の闘いは禁止されました。
しかし、地方によってはなお人気があり、剣闘士の試合が完全に歴史から消えるのは7世紀後半になってからです。

「コロッセオ」が出て来る映画

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「コロッセオ」が登場する映画といえば、なんといっても『グラディエーター』。
壮年のラッセル・クロウが主役マキシマス・デシムス・メレディウスを演じ、興行的にも大成功を収めました。

時代は五賢帝の最後の皇帝マルクス・アウレリウスの時代。
老皇帝に愛された将軍マキシムスは、その才能ゆえに皇帝の愚鈍な息子コモンドゥスに憎悪されます。
奸計にはまり、妻子を殺されたマキシムスは剣闘士にまで身を落とし、皇帝となったコモンドゥスへの復讐をもくろむ、というお話。
剣闘士となったマキシムスは、めきめきと頭角を現し、地方の競技場から首都ローマのコロッセオの競技に参加するほどの人気を博するのです。
そして、マキシムスはコモンドゥスに復讐を果たしたあと、コロッセオで命を落として物語は終わりますね。

撮影はしかし、実際のコロッセオを使用したわけではなく、セットとコンピュータグラフィックで行われました。

またあまり知られてはいませんが、ブルース・リー主演『ドラゴンへの道』はイタリアで撮影されており、コロッセオでの戦闘シーンがあります。
こちらも、コロッセオはセットを使って撮影されていますが、ブルース・リーとチャック・ノリスが闘う場面は、かつての剣闘士たちへのオマージュなのかもしれません。

観光の前に知っておきたい「コロッセオ」の歴史

西暦1世紀に建設された「コロッセオ」は、競技場として使用されなくなったあと、どんな運命をたどったのでしょうか。

ローマ帝国の衰退とともに、「コロッセオ」はメンテナンスもされずに放置され続けることになりました。
6世紀にはなんと、墓所として使われていたそうです。
また、その堅固なたたずまいから要塞として使われていた時期もあります。

9世紀と14世紀には大きな地震があり、コロッセオも大きな被害を受けました。
南側の建築部分はこのときに崩壊してしまいました。

これ以降は、コロッセオはローマの貴族たちの宮殿やテベレ川にかかる橋の建設のために搾取され続け、本来の姿からすっかり遠のいてしまいました。

1675年の「聖年」を記念し、当時の法王が「コロッセオ」を「多くのキリスト教徒たちの殉教地」として聖別しました。
ネロ帝の時代から始まったキリスト教の迫害により、多くの信者がコロッセオで処刑されたと伝えられているからです。

現在では、クリスマスに次ぐキリスト教会の重要な行事「復活祭」のミサを、法王が「コロッセオ」で行うのが慣例になっています。

「コロッセオ」は崩壊してしまった部分も多くあります。
しかし古代ローマ当時の姿に復元するという計画はなく、2000年近くの年月を経た「遺跡」として現在の姿で残すのが方針となっているようです。

次のページでは『いざ「コロッセオ」に入場!』を掲載!
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