スイス観光で行きたい「歴史の旅」。自然の要塞に眠る絶景、文化、建築物を一巡り

スイスの国土面積は日本と比較するとだいたい九州くらい。国土の大部分がアルプス山中にあるために農作には適していなかったので、スイスの人たちは傭兵としてヨーロッパ各地に行ったのですよ。その名残がローマ教皇のいるバチカン市国を守るスイス兵なのですが、今ではスイスはアルプスの山と湖とを利用した観光と牧畜の豊かな国。銀行業も盛んですが、国語はドイツ語、フランス語、イタリア語、それにレート=ロマン語の4カ国語。EUにも加盟せず、通貨もスイス・フラン。その紙幣にはドイツ語とフランス語とイタリア語が書かれているのですね。アルプスの山の上からヨーロッパの国々を見渡してきたスイスの都市を一巡りしてみることにしましょう。

チューリヒはスイスの玄関口です

チューリヒはスイスの玄関口です

image by iStockphoto

アルプス山脈の北側の地域のほぼ中央にあるチューリヒはスイス最大の都市。
チューリヒ空港はスイスの玄関口の役割をしているのですが、スイス連邦の首都はチューリヒではなくベルン。
それがまたカントンと呼ばれる独立した共同体の集合であるスイスの特徴を示しているのかもしれません。
チューリヒはチューリヒ湖の北端にありますが、アルプス山中の湖と都市との美しい融合。
もちろんその背景にはアルプスの山岳風景。

チューリヒにはもともと女子修道院があったのですが、1218年には帝国自由都市になりました。
1291年に結成されたシュヴィーツとウーリとウンターヴァルデンの原初同盟に、ルツェルンが1332年、チューリヒが1351年に加わり、ハプスブルク家の支配に抵抗。
スイスで最初に宗教改革をしたツウィングリは、もとはカトリックの大聖堂グロスミュンスターの説教師。
「聖書に帰れ」と叫んだルターと基本的には同じなのに、チューリヒに神政政治を確立しようとした点でルターとは対立。
戦いに生きたスイスの宗教改革者ツウィングリは、1531年に戦死したのですよ。

ルツェルンはチューリヒと争いました

ルツェルンはチューリヒと争いました

image by iStockphoto

チューリヒから南に50キロメートルほど行くと、ルツェルン湖のほとりにルツェルンがあります。
古代ローマ帝国の皇帝ピラトゥスの名前からとったピラトゥス山の麓にあり、スイス全体のほぼ中央にある絶景の都市。
8世紀に修道院が建設されて以来、1178年に市民による自治都市になりました。
13世紀にサン・ゴッタルド峠を越える道ができて栄えたルツェルン。
もともとスイスのアールガウ出身だったハプスブルク家の支配に抵抗して、1386年のゼンバッハの戦いではルツェルンが勝利したのですね。

ロイス川がルツェルン湖に注ぐ場所にあるルツェルンで是非とも通ってみたいのは、カペル橋とシュプロイヤー橋。
どちらも木の橋で屋根が着いているのが特徴。
14世紀に建造された橋はその後焼失して現在の橋は再建されたものですが、その当時の姿を見せてくれますし、カペル橋を渡るときにルツェルンの歴史を描いた絵が掛かっていますよ。
宗教改革とのときにはツウィングリの拠点だったチューリヒと、カトリックが主流のルツェルンは同じ同盟なのに争いました。
リヒャルト・ワーグナーが1866年から1872年までルツェルンに滞在したので、その記念館も見逃せませんね。

バーゼルはライン川の一番上流の港町です

バーゼルはライン川の一番上流の港町です

image by iStockphoto

ルツェルンから80キロメートルほど北西に進むと、ドイツとフランスとの国境にスイス第三の都市バーゼルがあります。
バーゼル駅の構内にこれらの国々の国境があるのですよ。
スイスは日本と同様に夏時間を採用していないので、夏時間のときにはバーゼル駅を出た瞬間に時計を1時間進めなくてはなりません。
バーゼルはライン川の河岸にあり大型船舶がバーゼルまで上ってこられるので、バーゼルはまた港町なのですね。
バーゼルはスイスでは珍しくカトリックの司教領の都市だったので、バーゼル・ミュンスターがその名残です。

司教がいる教会をドームあるいはミュンスターと呼んでいますが、宗教改革により1528年に司教が追放されてしまったので、司教のいない大聖堂がバーゼルのミュンスター。
司教領だった名残としてもう一つ、プロテスタント地域ではふつう行われないお祭りがあるのですね。
そのお祭りとは、復活祭前の断食期間が始まる直前に派手な衣装で歌ったり踊ったりするカーニバル。
国境の都市バーゼルはまた国際都市でもあり、1499年のバーゼル条約でスイスの事実上の独立が承認され、ここからスイスが始まったと言っていいかもしれません。

ベルンはスイス連邦の首都です

ベルンはスイス連邦の首都です

image by iStockphoto

バーゼルから南に65キロメートルほど進むと、スイス第四の都市でスイス連邦の首都ベルンがあります。
ベルンの語源はドイツ連邦共和国の首都ベルリンと同様「ベア」(=熊)だと言われており、ベルンもベルリンも都市の紋章には熊が入っているのですね。
偶然にしては面白い偶然。
ベルンのルーツは比較的新しくて、1191年にツェーリンゲン大公ベルトルト5世がアーレ川沿いにこの都市を建設。
大公の死後1218年に帝国自由都市になったのですね。

ベルンには中世都市の象徴とも言える大聖堂があります。
中世都市は市壁に囲まれていますが、その市壁に見張りをするための塔があり、ベルンでは時計塔。
これが西の境界線だったのですね。
その後ベルンは西に向かって発展し、時計塔のさらに西に牢獄塔ができてこれが西の境界になりました。
その後はさらに西にあるクリストッフェル塔が境界を形成。
現在では都市の面積はさらに拡大していますが、1983年にベルン旧市街が世界文化遺産に登録されていますね。
有名人としては相対性理論の物理学者アインシュタインがしばらくベルンに住んだので、アインシュタイン・ハウスが残されていますよ。







ローザンヌにはオリンピック・ミュージアムがあります

ローザンヌにはオリンピック・ミュージアムがあります

image by iStockphoto

ベルンから南東に80キロメートルほど進むと、途中でドイツ語圏からフランス語圏に変わり、レマン湖の湖岸の都市ローザンヌに到着します。
ここにはIOC、国際オリンピック委員会の本部があるのですよ。
1993年に建設された世界でただ一つのオリンピック・ミュージアムがあり、古代ギリシャで行われていたオリンピックの遺品が展示されるとともに、クーベルタンの提言によって始まった近代オリンピックに関するさまざまなものも見られます。
ローザンヌがオリンピックの首都と呼ばれているのも理解できますね。
なお近代オリンピックは1896年のアテネ大会が最初で、2020年には2回目の東京オリンピックですね。

ローザンヌがスイスの同盟に加わったのは比較的遅くて、1798年まではベルンに占領されていたのですよ。
ゴシック様式のローザンヌ大聖堂の鐘楼からは、レマン湖とその湖畔の市街地を眺めることができますが、大聖堂にあった貴重な宝物はその占領のときに持ち去られたとか。
ナポレオン戦争によって状況が変わり、スイスもそのときヘルヴェティア共和国になったのでしたが、1803年にローザンヌはこの共和国のヴォー州の州都になり、ナポレオンによる支配の時代のあともオリンピックの首都として国際的地位を保ち続けているのですね。

ジュネーヴには国際連合の欧州本部があります

ジュネーヴには国際連合の欧州本部があります

image by iStockphoto

ローザンヌから南西に80キロメートル進むと、同じレマン湖の最南端にジュネーヴがあります。
スイス第二の都市ですが、スイスの西の端のフランス国内に突き出た部分にあり、周囲はフランス。
それだけにまた国際都市でもあり、第一次世界大戦後にできた国際連盟の本部はここにありましたね。
その本部の建物は現在、国際連合の欧州本部になっているのですよ。
歴史は古代ローマが帝国になる少し前、カエサルのガリア征服にさかのぼります。
チューリヒのツウィングリに始まるプロテスタントの改革派が、ジュネーヴではフランス人のカルヴァンに受け継がれここに共和国を建設。
1917年にはカルヴァン生誕400年が祝われたのでした。

サン・ピエール大聖堂はもとはカトリックの司教のいた大聖堂ですが、現在では改革派の教会。
カルヴァンのすわった椅子が教会内に展示されていますよ。
夏にはドイツのプロテスタントの聖職者もここを訪れ、フランス語とドイツ語でミサが行われているとのこと。
ジュラ山脈に囲まれレマン湖のほとりにあるジュネーヴの国際性はここにもよく表れていますね。
レマン湖には90メートルの高さにまで水を噴き上げる噴水があり、国際都市ジュネーヴのランドマークとして一度は見てみたいですね。

アルプスの山々への鉄道の旅の車窓は絶景です

アルプスの山々への鉄道の旅の車窓は絶景です

image by iStockphoto

スイスといえばアルプス山脈ですから、イタリア語圏の都市に歩みを進める前に有名な山岳を見てみることにしましょう。
スイスとイタリアの国境にそびえる標高4,478メートルのマッターホルンは、スイスを代表する写真になっていますね。
アルプス山脈の最高峰は残念ながらマッターホルンではなく、フランスとイタリアの国境の標高4,782メートルモンブランですが。
マッターホルンの登山の拠点は麓にあるツェルマット。
大気汚染をしないようにこの都市を走る車はすべて電気自動車。
ツェルマットまでの鉄道は、急勾配を登るために考案されたアプト式鉄道。

アルプスの山々のうちでは比較的登山の歴史の浅いマッターホルンに対して、ユングフラウは鉄道がすぐ近くまで通っていて、スイスに来てアルプスの山肌に触れたいと思ったらまずユングフラウですね。
途中にはアイガー北壁で有名なアイガーもあり、ユングフラウヨッホ駅まで、ほかでは体験できない鉄道の旅ができますね。
ユングフラウヨッホ自体は標高3,466メートルで、標高3,776メートルの富士山より少し低いのですが、ユングフラウヨッホ駅はなんと3,454メートル。
山頂のすぐ近くまで鉄道で来ることができるのですよ。
さらに標高3,571メートルのスフィンクス展望台までは高速エレベーターで上れます。
その展望台からは氷河も見えます。

次のページでは『イタリア語圏のロカルノでは映画祭が開催されます』を掲載!
次のページを読む >>