国境を持たない遊牧民族、中東に住むベドウィン族の変わりゆく姿とは?

サハラ砂漠の大西洋岸から西部砂漠やアラビア砂漠など、ほとんどの砂漠地帯で遊牧生活を送る民族がベドウィン族です。羊やラクダの毛で作ったテントに住み、開放感あふれる遊牧生活を営むベドウィン族ってどういう人々か気になりませんか?今回は、砂漠や荒野に住む、時代の変化により変わりつつあるベドウィン族について、ご紹介したいと思います。

気高き遊牧民族ベドウィン族とは?

気高き遊牧民族ベドウィン族とは?

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世界は広いとはいえ、ベドウィン族ほど気高い民族はいないといわれています。
国境を持たず、アラビア半島を中心に、西アジアや北アフリカなどの乾燥地域を旅しながら暮らす民族です。
冬の雨季は砂漠に住み、夏の乾季は泉や川、井戸がある耕作地付近で暮らすという独自のスタイルを貫いてきました。

ベドウィンとは、アラビア語で「砂漠の住民(町以外に住む人々)」という意味をもっています。
羊やラクダを放牧しており、羊から紡いだ糸で、器用に機織した民族衣装は、クロスステッチの刺繡が施された美しいものです。
部族によって刺繡やカラーが違うのが特徴なんですよ。
今を生きるという価値観を持っており、今晩死ぬかも明日はもういないかもの生活を、祖先からずっと続けるベドウィン族は未来の心配など一切しないのですが、第二次世界大戦後に独立国が増え始めたことにより、国境を越えての遊牧生活が難しくなっており、農耕民として定着する部族が出るという現実に直面しています。

ベドウィン族の始まり

ベドウィン族の始まり

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エジプト,イスラエル,イラク,シリア,ヨルダンに多く住んでいるといわれるベドウィン族。
中東においての人口は少ないものの、利用土地面積は広大なもの。
遊牧民族って始めからあらゆるところを放浪していたって思いませんか?実はベドウィン族は始め、農耕地帯で定住していた人々だったんです。
アラビア半島の南端の農耕地帯にいた人々に余剰人口が生まれました。
その農耕民の中で、農作ができない土地に家畜を連れて北上した人々が、ベドウィン族の始まりといわれています。

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決して力がなく追い出された人々ではなく、逆に自分から進んで物事を行うことができる勇気あるものが率先して農耕地を出ることを決意しました。
このように勇敢な人々の集まりだから、現在でも彼らのことを気高きベドウィン族と呼んでいるのかもしれませんね。
実は、彼らは歴史が進むにつれ、伝統的に農耕や手仕事を軽視するようになったことからこう呼ばれているとか?

かつてアラブはベドウィンと同一の言葉だった

かつてアラブはベドウィンと同一の言葉だった

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アラブという言葉は紀元前853年ごろにアッシリアの碑文に登場しました。
このアッシリアの碑文に書かれていたアラブという言葉は、実はアラビア半島北部に住むベドウィンのことです。
この他にも、ベドウィンというヘブライ語とアラブという言葉が同一だったことを裏付ける史料や碑文が残されています。

南アラビアの古代碑文やコーランにもベドウィンのことを、「アラブ」という名前で表現しています。
ベドウィンの言葉をコーランの言葉としても、町の住人としても用いられると記しているのです。
この内容から読み取れることは、ベドウィンの言葉は、アラビア語にとって最も純粋なものという学説の根拠とされています。
遊牧民として、この頃から彼らはあらゆる地を歩んでいたのでしょうか。
歴史ロマンは広がりますね。







血族を尊重するベドウィン

血族を尊重するベドウィン

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遊牧していたためか、ベドウィンたちは血族を大切にする部族へと成長したようです。
現在でもベドウィンのコミュニティでは、約67%が親近間での結婚をしています。

イスラム以前のアラブにおいては、今述べたベドウィンたち同様、血縁関係を最も大切にしており、多くの小部族に割かれた彼らは、至る所で衝突し紛争に明け暮れていたようです。
しかし、争いを続ける部族を排除しました。
ここで出てくるのが、神アッラーを崇拝するイスラムです。

イスラムの開祖ムハンマドは子供のころベドウィンに預けられた

イスラムの開祖ムハンマドは子供のころベドウィンに預けられた

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イスラムの開祖として知られる預言者ムハンマドは、ベドウィンの家族のもとで子供のころ4~5年間過ごしています。
それは、彼の部族クライシュ族の習慣として、幼少期に何年かベドウィン族の中で暮らすことが根付いていたからです。
ムハンマドは、ハリーマという女性の養育を受けています。

なぜ、クライシュ族が幼少期に数年間もベドウィン族に預けるかというと、乳母のもとで健康的に有益に過ごさせることが第一の理由で、他にも広大な砂漠で自由の享受と彼らのルーツを体験させることが子供たちにとって良いとされていたからです。
ムハンマドは、歩き始めて間もなくのころから、ベドウィン族の中で育ち、羊飼いとして家畜の世話や砂漠での生き方を学びました。
自由はあるものの苛酷な砂漠での生活を小さい時に叩き込まれると、かなり強い子に育ちそうですね。

ベドウィン族を非難するムハンマド

ベドウィン族を非難するムハンマド

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ムハンマドは後に、伝統に執着するベドウィン族の生き方に対し、考え方に柔軟性がないと非難しています。
しかし、イスラムが当時商業都市として繁栄していたメッカで誕生したため、砂漠で遊牧生活を送る彼らに浸透することが難しかったことを、知らせたかった言葉だったのではともいわれています。
次のページでは『ベドウィンを軽蔑視する声もある?』を掲載!
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