熱海温泉へ観光に行こう!熱海の歴史とオススメの歴史的スポット9選

都心から車で1時間半ほど、気軽に足を運べる温泉地として人気の高い熱海(あたみ)温泉。もともと古い歴史を持つ有名な温泉地でしたが、昨今、駅前開発や商店街の奮起によって宿泊客数がV字回復を遂げていると、何かと話題になっている町でもあります。新しいカフェや話題のお店もステキですが、熱海に来たらやっぱり、歴史あるスポットに足を運んでいただきたい!ということで今回は、そんな魅力あふれる熱海の歴史に触れることができるスポットをご紹介してまいります。

熱海温泉の歩みと歴史的スポット

熱海温泉の歩み

熱海温泉の歩み

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熱海温泉は静岡県の最東部の海沿いにある温泉地。
熱海を含む伊豆半島の温泉地の大半は『湯ヶ島層群』という、1500万年~1000万年前に形成されたとされる地層に溜まった熱水が地表に流れ出たもの。
現在の湧出量は毎分18,000リットル以上、源泉の数は500以上にもなり、湧出量・源泉数共に日本全国の温泉地の中でもベスト10に入る規模。
お湯が豊富なのです。

熱海の開湯は749年、奈良時代と言われています。
かつては海底から熱いお湯が湧き出していて、魚が住めず、漁もできなかったのだそうです。
箱根権現の万巻上人が漁民たちのために薬師如来に祈祷して、源泉を海中から陸地に移したとの伝説も残されています。

江戸時代には、徳川家康が湯治をしたとの記録も。
徳川家御用達となり「御汲湯(おくみゆ:熱海の温泉の湯を樽に詰めて大勢の人足たちがリレー方式で江戸城まで運んだ)」も頻繁に行われました。
暴れん坊将軍で有名な八代将軍吉宗は、8年間で3,500個以上もの湯桶を江戸城まで運ばせたのだとか。
それほど熱海の湯を気に入っていたのでしょうか。

明治に入ると文人著名人が愛する湯として知られるようになり、尾崎紅葉の「金色夜叉」や林芙美子の「うず潮」などがよく知られています。

第二次世界大戦後は高度経済成長の波に乗って、団体客が数多く訪れるようになり、風俗店などが急激に増えていきました。
しかし新幹線が開業したり、旅行客の足がより遠方に向くようになると客足は下火に、老舗旅館が廃業、風俗店ばかりが目立つ温泉街というイメージが定着して、客離れに拍車がかかる結果に。
しかし2010年前後になると再び回復。
都心から行ける手近なリゾートとして活気を取り戻し、JR熱海駅を中心に多くの観光客が訪れ賑わいを見せています。

熱海温泉の歴史的スポット(1)「大湯間欠泉(間歇泉)」

熱海温泉の歴史的スポット(1)「大湯間欠泉(間歇泉)」

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熱海には500以上もの源泉が存在しますが、その中に「熱海七湯」と呼ばれる大変古い源泉があります。
源泉そのものの湯を楽しむ共同浴場は無いので、どこかのホテルや旅館の湯船に使って堪能する形となりますが、その七湯の中の1つ「大湯」は野手あふれる岩から湯が吹き出る様子を見ることができる「大湯間欠泉」があることで有名です。

間歇泉はJR熱海駅から商店街を抜けて徒歩15分ほど、大通りから少し入ったところの、大きなホテルの裏手にあります。
かなり歴史ある間欠泉で、一時期はアメリカ・イエローストーンのオールドフェイスフルとアイスランドのグレート・カイザーと並んで「世界三大間欠泉」とまで呼ばれていたのだそうです。
古くは大地が揺れるほどの自噴(人為的な動力に頼らず自然に湧き出る現象)が1日に何回もあり、たそうですが、明治時代中期に止まってしまい、関東大震災の後再び噴出し始めましたが昭和初期に再び止まってしまいました。

その後、昭和30年代に人工の間欠泉として整備され、人工的に4分ごとに3分間噴出する仕組みになっているのだそうです。
自噴ではありませんが、熱い湯が噴出す様子はかなりの迫力。
市の文化財にも指定されています。

間欠泉の説明看板の隣に白い電話ボックスが。
ここは市街通話発祥の地でもあるのだそうです。
明治時代、多くの政治家や政府のお偉いさんがこの辺に骨休めに来ていたたことがうかがえる、そんな熱海の歴史を知ることができる場所にもなっています。

熱海温泉の歴史的スポット(2)「湯前神社」

熱海温泉の歴史的スポット(2)「湯前神社」

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大湯のすぐ近くに、少彦名神(スクナヒコナ)という国土開拓に尽力したとされる神様を祀った湯前神社(ゆぜんじんじゃ)があります。
神社の成り立ちにはいくつか説があるようですが、熱海の”海底から湧き出ていた熱い湯”を内陸に移したという伝承が残る万巻上人が、この地に「湯前権現」として温泉の神様を祀るように言ったのだとか。
また、749年に「病に効く温泉があるので汲んできて浴びなさい」という神様からのお告げがあり、そのことに感謝して建てられた神社であるとの言い伝えも残されています。
まさに、熱海の起源とも言うべき神社なのです。

通りに面した石の鳥居をくぐって境内に続く石段のすぐ脇の岩からお湯が滾々と湧き出ていて、手をかざすとほんのりやさしい温かさ。
温泉に感謝し、湯が絶えないようにと、秋には例大祭が催されています。
こじんまりとした目立たない感じの神社ですが、風情ある佇まいはご利益がありそうです。

湯前神社の見所は、熱海市の指定文化財・天然記念物にも指定されている「湯前神社のクスノキ」。
鳥居の脇に、鳥居よりはるかに大きく、神社全体を包み込む屋根のような巨大なクスノキは迫力満点。
幹の周囲7.2m、木の高さは17mにもなるのだとか。
残念ながら半分ほど焼けてしまっているのだそうで、幹の中は空洞になっています。
しかし今も青い葉が次々に芽吹いて、樹勢は旺盛、とのこと。
新芽の時期は特に、境内の他の樹木と重なり合って目み麗しい姿を見ることができて、一見の価値あり、です。

熱海温泉の歴史的スポット(3)「伊豆山神社」

熱海温泉の歴史的スポット(3)「伊豆山神社」

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JR熱海駅から北の方角に20分ほど、少し高台にあり、長い長い石段をのぼっていくと、朱の柱が美しい壮麗な社殿が。
振り返れば相模湾の青い輝きを見渡すことができて、足の疲れも報われそうです。

伊豆山神社は源頼朝が源氏の再興を祈願し、北条政子と逢瀬を重ねた場所。
二人で愛を育みながらこの景色を見ていたのかと思うと感慨深いものがあります。

古来、伊豆大権現、走湯神社(そうとうじんじゃ)などなど、様々な呼び名で人々に親しまれてきたという伊豆山神社。
”伊豆”の名前の由来には諸説あるそうですが、そのひとつに、この山一帯で湧き出るお湯を神格化した呼び名「湯出づる神(ゆいづるかみ)」から「伊豆山」と呼ばれるようになり、それが伊豆という地名へとつながっていったというものが。
地面からお湯が湧き出るということが、昔の人にとっては奉るべき神秘的な事象だったのだろうと、改めて感じさせられます。

伊豆山神社には古くから多くの修行僧が修行に訪れていました。
弘法大師が修行したという伝承もあるそうです。
明治維新の神仏分離令の後、寺を分離して”伊豆山神社”と名乗るようになったそうで、それまでは様々な仏教の教えと深いつながりを持つ神社とされていました。

本殿へ行くための石段は、全部で837段。
実際には、本殿の下までバスや車で行けるので、残りの180段をのぼって拝殿、という人が多いようですが、それでもかなりのぼる必要あり。
神社めぐりは足腰が鍛えられます。

見所としては、伊豆山神社のシンボルともいえる、手水舎の「赤白二龍(せきびゃくにりゅう)」。
赤龍は「火の神」、白龍は「水の神」、ふたつの力を合わせて温泉が生まれるとの意味から、温泉の守護神と言われています。
夫婦和合や縁結びの象徴ともされている二龍はどこか愛らしく、ついカメラを向けたくなってしまうほどです。

ご利益多し!熱海の歴史深きパワースポット

熱海温泉の歴史的スポット(4)「來宮神社」

熱海温泉の歴史的スポット(4)「來宮神社」

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熱海の中心部から少し西へ移動すると、ここにも古くから熱海の町並みを見守り続けてきた神社があります。
來宮神社(きのみやじんじゃ)です。

朱の鳥居をくぐってすぐ、まず人々の目を釘付けにする大きな楠木が姿を現します。
樹齢1300年を超えているというその姿は神々しく、樹木というより巨大な岩のよう。
300年ほど前に落雷にあり、幹の中央に大きな空洞ができてしまったのだそうですが、それでも幹のあちこちから新しい枝葉が伸びて、樹勢は益々盛ん。
來宮神社の楠木は大変有名で、これ目当てに拝殿する観光客も多いのだとか。
しかし、これで驚いてはいけません。
大楠をひとわたり見上げた後、参拝を済ませてからが本番です。

本殿の横を抜けていくと、そこに控えしは、樹齢2000年と言われている日本屈指のパワースポット、來宮神社の第一大楠。
この大楠の周りをひとまわりすると寿命が一年延びる、と言われている、不老長寿、無病息災の象徴とも言うべき大樹がお目見えします。
樹というより、これはもう、”山”と呼んでもおかしくないほどの風格で、見る人を圧倒。
本殿手前の大楠(第二大楠)で既に衝撃を受けた参拝客は、ここで再び言葉を失います。
幹の周り23.9m、木の高さはおよそ26mの、本州一の巨木です。

來宮神社はかつて「木宮明神」とも呼ばれていたそうで、木に宿る神様をお祀りする神社として、木に感謝する信仰を集めてきました。

幹からは長い歳月を感じますが、そこかしこに若い葉を茂らせて樹勢は旺盛。
これからもずっと、熱海の町の移り変わりを見守ってくれることでしょう。

nekoichi(猫壱)

Writer:

歴史と歴史小説と遺跡を愛してやまない東京都在住の主婦。子供のころからの大の時代劇ファン。国内外問わず歴史小説を読むようになり、NHK人形劇「三国志」を見て中国史にはまって大学では東洋史学を専攻。愛猫とじゃれながら歴史小説を読み漁る毎日を送っている。趣味は古地図を眺めることとカメラ片手の街散策。

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