歴史的建造物の宝庫!魅惑の国オーストリアで中世へタイムトリップ

オーストリアとはヨーロッパ中央部に位置する小さな国。しかしかつては、ハプスブルグ家の帝国として栄華を極めて、ヨーロッパの文化の中心となっていた時代もありました。首都ウィーンは”音楽の都”と呼ばれていますが、美しい音楽にふさわしい、荘厳で華やかな建物がたくさんあり、音楽以上に”歴史的建造物を堪能できる街”と言えそうです。歴史的建造物で溢れている国・オーストリア。特にオススメのものを、歴史や由来などを添えながらご紹介してまいります。






オーストリアの歴史的建造物(1)荘厳で格調高い宮殿で目の保養を

マリー・アントワネットも過ごした離宮「シェーンブルン宮殿」

マリー・アントワネットも過ごした離宮「シェーンブルン宮殿」

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”シェーンブルン”とは「美しい泉」という意味を持つ言葉なんだそうです。

ウィーンにはハプスブルグ家の宮殿がいくつかありますが、その中でもシェーンブルン宮殿は最大規模を誇ります。
その特徴は何といっても外壁の色。
「マリア・テレジア・イエロー」と呼ばれる黄色を用いた壁面が品格を漂わせています。

1693年、神聖ローマ帝国のローマ皇帝レオポルト1世が建てた狩猟用の別荘に増築・改築を施し、マリア・テレジア在位中(在位:1740年~1780年)に完成。
マリア・テレジアはハプスブルク家の女帝で、フランス王妃マリー・アントワネットのお母さんに当たる人。
マリー・アントワネットは幼い頃をここで過ごしています。

庭園はおよそ1㎞四方という広大な規模で、建物の横幅は180m、部屋数は1,441室にもなるという巨大宮殿。
しかもどの部屋も贅の限りを尽くした豪華な造りに。
増築の際、外壁を黄金で塗ろうとしていたところ、マリア・テレジアが財政を考慮し、結果、黄色になったのだそうです。

19世紀にはナポレオンの攻撃に屈し宮殿が司令部に使われ、ナポレオンが退いた後のヨーロッパ平定を話し合うウィーン会議の会場にもなったシェーンブルン宮殿。
1918年にオーストリア共和国が誕生してからは国の管理下に置かれ、現在では一部が改装され博物館など利用されています。
1996年、宮殿と庭園が世界遺産に登録されたことでも大変話題になりました。

美しい眺めと美術品に囲まれたバロック建築「ベルヴェデーレ宮殿」

美しい眺めと美術品に囲まれたバロック建築「ベルヴェデーレ宮殿」

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オーストリアの世界遺産「ウィーン歴史地区」は、古代ローマ時代からの古い歴史を持ち、様々な建築様式の建物が数多く残る貴重なエリア。
たくさんの貴重な建造物が点在するウィーンは、街そのものが世界遺産としての価値があると評価されたのです。

その中でも、観光客にとりわけ人気が高いのが、ウィーン中心部から少し南へ行ったところにあるベルヴェデーレ宮殿。
市街地からそれほど離れていないところに突如として巨大な門と長い並木道が現れ、その向こうに広大な庭園と白亜の宮殿が堂々たる風格で訪れる人々を迎え入れてくれます。

「ベルヴェデーレ」はイタリア語で”美しい眺め”という意味なのだそうで、その名に違わず、美しく手入れされた庭園と、屋外に広がるウィーンの街並みは筆舌にしがたいもの。

この宮殿は、ハプスブルク家に仕えていたオーストリアの英雄オイゲンが、1714年から1723年にかけて造らせたもので、オイゲンがなくなった後はマリア・テレジアに売却されました。
建物は主に上宮と下宮に分かれており、上宮は美術館として利用されています。
数々の貴重な美術品が展示されていて大変人気がありますが、そもそも建物自体が芸術品そのもの。
宮殿と庭園を全部見ようと思ったらかなり時間がかかりますが、館内には教科書などでよく見る『アルプスを越えるナポレオン』も(5枚のうちの1枚)展示されているので、これを見るだけでも足を運ぶ価値があるかもしれません。

ハプスブルク王朝の由緒ある宮殿「ホーフブルク宮殿」

ハプスブルク王朝の由緒ある宮殿「ホーフブルク宮殿」

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ウィーンのど真ん中にあり、1918年までのおよそ650年間、ハプスブルグ家の王宮として長く使われていた歴史ある建造物がホーフブルク宮殿。
ハプスブルグ家の宮殿はあちこちにたくさんあるのですが、ここが正真正銘、メインの宮殿として使われていました。

いくつかの巨大な宮殿が集まった複合宮殿。
最古の建物は13世紀頃建のもので、20世紀に入ってから完成した建物もあり、さながら”宮殿の博物館”といった趣きです。
広大な敷地の中には18の建物と中庭が複雑に入り組んでおり、部屋の総数は2500を超えるというスケールの大きさ。
宮殿の規模としては世界最大級と言われています。

現在では、一部の建物をオーストリア大統領官邸として使用している他、博物館や図書館、乗馬学校などに利用されており、観光客を始め多くの人々が訪れるスポットに。
博物館だけでも複数あり、ハプスブルグ家のコレクションがこれでもかと展示されています。

特に人気が高いのが、旧王宮という建物の中にある「鉄器コレクション」。
宮殿で使用していた金銀陶磁器製の豪華食器類を大量に展示しており、ざっと見るだけでもかなり時間がかかります。
また、同じく旧王宮内にある「王宮宝物館」も見ごたえあり。
王冠を始めとする宝石や財宝がどんどん出てきます。
どれだけ繁栄してたんだハプスブルク家、と呟きたくなるほど豪華絢爛なお宝の数々、必見です。







オーストリアの歴史的建造物(2)宮殿以外の建物も見たい!

丘の上に立つザルツブルクのシンボル「ホーエンザルツブルク城塞」

丘の上に立つザルツブルクのシンボル「ホーエンザルツブルク城塞」

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宮殿を見たいならウィーン歴史地区の散策だけでもたっぷり堪能できますが、いわゆる「防衛のための城」も見たい!ということなら是非、オーストリア西部の都市、ザルツブルクを訪れてみてください。
この街も、歴史地区として世界遺産に登録されています。
ここに、ホーエンザルツブルク城という、小高い丘の上にそびえ立つ巨大要塞が。
数百年もの時を経て築き上げられた、ザルツブルクのシンボルです。

中世、10世紀~11世紀頃のヨーロッパは、ローマ皇帝とローマ教皇の間で様々な権利を巡って争い(叙任権闘争)が起きていました。
いろいろあったのち、1076年、ローマ帝国皇帝ハインリヒ4世が、教皇グレゴリウス7世にカノッサ城というお城の外で裸足で謝罪したという、世に言う「カノッサの屈辱」なる出来事が起きます。
しかしこれがさらに遺恨を生み、皇帝側が軍事力を持って報復に出るという展開に。
この後も数十年、双方の抗争は続きます。

そんな中、教皇を支持していた大司教ゲプハルト・フォン・ヘルフェンシュタイン1世が皇帝派の報復から身を守るために築いたのが、このホーエンザルツブルク城塞だったのです。

叙任権闘争は1122年に一応の終わりを見せますが、その後もホーエンザルツブルク城は増改築が繰り返され、防衛施設として街を守り続けます。
ナポレオン占領後の1816年からは市街地ごと、ハプスブルク家の持ち物となりました。

建設当時は防衛施設でしたが、今は街の観光施設に。
麓から可愛らしいケーブルカーで上がることができ、見晴らしのよいカフェなどもあるので、市街地観光とあわせてのんびり散策するのがオススメです。

世界三大オペラ劇場「国立オペラ座」

世界三大オペラ劇場「国立オペラ座」

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オーストリアに来たなら、音楽にまつわる場所も見学したいところです。
何といっても首都ウィーンは音楽の都。
音楽と歴史的建造物の融合といったら、国立オペラ座へ行ってみてください。
ウィーンの中心地にあるオペラの殿堂です。

正式名称はウィーン国立歌劇場というようですが、一般にはオペラ座の名で親しまれています。
着工は1863年、1869年完成。
建造を指示したのは、国民から絶大な支持を得ていたオーストリア帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ1世。
皇后は絶世の美女として有名なエリザベートです。
皇帝はウィーンの街の大改造を試みており、同時期に市庁舎や劇場などいくつかの建造物と共に建てられました。
完成した歌劇場のこけらおとしは、モーツアルトの『ドン・ジョヴァンニ』だったそうです。

第二次世界大戦中の1945年、建物は爆撃を受け、舞台装置や大道具などが破壊されてしまいますが、戦後、修復が行われ、1955年に上演が再開されました。

現在では、イタリア・ミラノのスカラ座と、アメリカのニューヨークのリンカーン・センター内にあるメトロポリタン歌劇場とで「世界三大歌劇場」と称されています。

ネオ・ルネッサンス様式の豪華な外観。
通りを通ってチラッと見るだけでも、その大きさ・秀麗さに圧倒されます。
オペラの観劇だけでなく、建物内部の見学ツアーも催されているので、「オペラはちょっと敷居が高い…」とお思いの方も、是非内部を見学してみてください。
ビックリするぐらい豪華です。

次のページでは『世界一美しい図書館「オーストリア国立図書館(プルンクザール)」』を掲載!
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Writer:

歴史と歴史小説と遺跡を愛してやまない東京都在住の主婦。子供のころからの大の時代劇ファン。国内外問わず歴史小説を読むようになり、NHK人形劇「三国志」を見て中国史にはまって大学では東洋史学を専攻。愛猫とじゃれながら歴史小説を読み漁る毎日を送っている。趣味は古地図を眺めることとカメラ片手の街散策。

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