絶対行きたい!「麗しきヨーロッパの古城・宮殿」選りすぐり9選!

日本のお城がカッコイイのはもちろんですが、石造りのヨーロッパのお城もステキですよね。ディズニーアニメに出てくるような、お姫様や王子様が住んでいそうなお城が、ヨーロッパにはたくさん残っています。誰が、何の目的で建てたお城なのでしょうか?旅行パンフレットやチラシなどでよく見る、夢の世界のようなヨーロッパのお城、その築城主や歴史などと共に、厳選してご紹介してまいります。


まるでおとぎ話の世界!山の上に建つ美しいお城たち

深い森の中に建つ白亜の城「ノイシュヴァンシュタイン城」(ドイツ)

深い森の中に建つ白亜の城「ノイシュヴァンシュタイン城」(ドイツ)

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ドイツ南部・オーストリア国境に近いバイエルン・シュヴァーベン地方の深い森の中に建つ、まるで白鳥のように白く美しいお城。
ディズニーランドのシンデレラ城を始め、数々のおとぎ話のお城のモデルになったと言われるほど美しく、今やドイツで最も人気が高いとされる観光スポットとなっています。

古い歴史あるお城かと思いきや、建てられたのは19世紀に入ってから。
19世紀初めから20世紀初めまでドイツ南部にあったバイエルン王のルートヴィヒ2世が、自身の夢と理想を形にするためだけに建てた”趣味のお城”なのだそうです。
そう言ってしまうと見も蓋もありませんが、だからこそこれほど美しくロマンチックなお城を建てることができたのかな、とも思います。

ルートヴィヒ2世は政治経験もないまま、若くして王座につきました。
他国との戦いに敗れ、国が傾きかける中、若き王は厳しい現実から逃げるように音楽や芸術、演劇の世界に没頭。
浪費を繰り返し、宮廷演劇の舞台美術家にデザインを委ねてお芝居の中に出てくるようなお城の建設を計画します。
若き王はノイシュヴァンシュタイン城以外にも、豪華でロマンチックなお城を次々建設。
バイエルン王国の財政は逼迫し、ルートヴィッヒ2世は統治不能と判断され軟禁され、1886年6月、謎の死を遂げます。
このとき、ルノイシュヴァンシュタイン城はまだ未完成でした。

城塞としてでもなく、来賓をもてなす施設でもなく、居城としてでもない、実用向きではない城。
その後も、王室の城として使われることはありませんでした。
王が趣味で造った「自分だけのお城」は、現在では観光施設として一般に公開され、皮肉にもドイツ有数の人気スポットとして多くの観光客が訪れるようになっています。

難攻不落の城塞「ホーエンザルツブルク城」(オーストリア)

難攻不落の城塞「ホーエンザルツブルク城」(オーストリア)

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オーストリアの都市ザルツブルクのシンボルとも言われるのがホーエンザルツブルク城。
メンヒスブルク山の頂にそびえ立つ巨大な城は1077年、大司教ゲプハルト・フォン・ヘルフェンシュタイン1世によって防衛施設として建てられたものです。

この当時、ヨーロッパでは叙任権闘争(じょにんけんとうそう)と呼ばれる争いが起きていました。
絶対的な権力を誇っていた神聖ローマ帝国の皇帝ハインリヒ4世と、教会の最高位聖職者として権勢を振るっていたローマ教皇グレゴリウス7世の間の、司教や修道院長などの任命権を巡る争い。
「俗」と「聖」、異なる世界の長はし烈を極め、ついに、後の世に於いて「カノッサの屈辱」と呼ばれる、皇帝が教皇にひれ伏し赦しを請うという大事件にまで発展します。

このとき、教皇を指示していたヘルフェンシュタイン1世は、皇帝ハインリヒ4世が武力で報復に出るのではないかと警戒。
侵攻されたときに隠れるための防衛施設の建設に着手します。
そのとき造られたのがホーエンザルツブルク城。
城は数十年の月日をかけて築城され、その後も様々な領主たちによって拡張・強化が図られ、改修されていきました。

ザルツブルクの街を見下ろす小高い山の上に建つ白亜の城塞。
築城当時はその勇壮な姿に誰もが驚いたに違いありません。
現在ではケーブルカーで山頂まで行くことができ、ザルツブルクの美しい街並みやアルプスの山々を見渡すことができます。
眺めの良い場所にカフェが併設されているので、景色を眺めながらくつろぎに行く人も多いようです。

ドラキュラ城のモデルと言われるお城「ブラン城」(ルーマニア)

ドラキュラ城のモデルと言われるお城「ブラン城」(ルーマニア)

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ルーマニアのほぼ中央部、ブラショヴ県の標高750mの山中にそびえ立っている美しくも不気味な雰囲気を醸し出しているお城。
『吸血鬼ドラキュラ』のドラキュラ城のモデルと言われている「ブラン城」。
築城年や築城主については、詳しくはわかっていないようですが、13世紀の初めごろには既にこの場所には何かしら、木造の砦のようなものが建てられていたと考えられています。
そこに14世紀の後半、石造りの要塞の建設が始まりました。
城に残る記録によれば、1388年には完成していたということです。

城は高台にあり、見晴らしは抜群。
現在のルーマニアの南部に14世紀頃建国されたワラキア公国のミルチャ1世は、当時敵対していたオスマン帝国の侵入をいち早く知る手段として、この城を居城とします。
残念ながら一時期ワラキアはオスマン帝国の属国となり、国は疲弊。
その後ブラン城は賃貸物件のように所有者が転々と変わります。
しばらくは行政が管理していたり、ルーマニア王国建国後は王室の所有になったりしていましたが、21世紀に入ってから、ルーマニアのイレアナ王女の子孫で相続人にあたる一族に返還。
しかし所有者たちは高齢になったことなどを理由に2014年、およそ8000万ドルという値段で売りに出し、大変話題になりました。

小説に登場するドラキュラのモデルとされるのはミルチャ1世の孫にあたるヴラド3世。
ルーマニアではオスマン軍と戦った勇敢な王と伝わっていますが、気性が激しく、捕らえた敵兵を串刺しにして晒したのだそうで、別名「串刺し公」とも。
城には今も、拷問器具などが数多く残されていて、そうしたところからドラキュラ伝説に繋がっていったものと考えられています。

建物だけでなく庭園も美しい!広大な敷地を持つお城たち

広すぎ!まわりの森も全部お城の庭!「シャンボール城」(フランス)

広すぎ!まわりの森も全部お城の庭!「シャンボール城」(フランス)

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フランス中部を流れるロワール川流域に広がる渓谷には、300を超える城があると言われています。
この渓谷にはかつて、フランスの歴史上重要な役割を果たした都市が点在していたのです。
そんなロワール渓谷に残る古城の中で最も大きいもののひとつがシャンボール城。
16世紀初頭に在位していたフランス王フランソワ1世の、狩猟用に建てられた城だったのだそうです。
防衛でもなく居城でもなく、趣味の狩りに行くためのお城。
わざわざこんなでかい城建てたんかい!とツッコミ入れたくなるほど巨大で豪華な建物ですが、そこはフランス・ルネサンス期を代表する王のこと。
お城を建てるくらいどうってことなかったのかもしれません。
フランソワ1世の死後、太陽王ルイ14世が改修してゲストハウスとして使用した時期もありましたが、残念なことにこの巨大城はほとんど放置状態になっていました。

1930年以降はフランス政府の資産となり、長い年月をかけて整備された後、1981年、ユネスコの世界遺産に登録。
現在では多くの観光客が訪れる人気スポットとなっています。

狩りのための城というだけあって、周囲は深い森。
城のまわりは現在公園になっていて、その広さはおよそ13,000エーカー(5,260ha)、パリ市がすっぽり入ってしまうほど広いのだそうです。
城が見えてから城の近くまで続くまっすぐな道がとにかく長い。
この広場はフランソワ1世の狩猟パーティーのために設けたと言われているそうで、どんなパーティーだよ!と思わずつぶやきたくなりそう。
王様は当然、徒歩ではなく馬か馬車で移動なさったんだと思いますが…とにかく、敷地も建物も、どこにいるかわからなくなりそうなほど広いです。

城の内部の見どころのひとつに、誰ともすれ違わずに昇り降りできるという「二重らせんの階段」が。
設計者はレオナルド・ダ・ヴィンチと言われています。

マリア・テレジアが愛した宮殿「シェーンブルン宮殿」(オーストリア)

マリア・テレジアが愛した宮殿「シェーンブルン宮殿」(オーストリア)

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美しい庭園を持つお城といったら、オーストリアに目を向けないわけにはいきません。
数ある豪華なお城の中でも特に際立っているのは何といっても、名門ハプスブルク家の離宮で、オーストリアの首都ウィーンにあるシェーンブルン宮殿でしょう。
こちらの宮殿と庭園群は、1996年に世界遺産に登録されています。
”庭園群”という登録名称になっていることから想像つくように、いろいろなタイプの庭がたくさん造られています。
中には20世紀に入ってから整備された日本庭園もあり、日本からの観光客も数多く訪れる場所として有名です。
庭園も広大ですが宮殿の建物も超広大。
部屋の数は1400というから、もうため息すら出ないほどです。

シェーンブルンとは「美しい泉」という意味だそうで、宮殿の敷地内には泉が湧き出しているのだとか。
もともとは16世紀中頃、神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世の所有地だったところに、17世紀後半にレオポルト1世が狩猟用の別荘を建てたのが始まり。
こんなでかい狩猟小屋要らないだろ!とツッコミ入れたくなるところですが、その後、歴代の皇帝が増改築を繰り返し、フランス王妃マリー・アントワネットの母として知られる女帝マリア・テレジアの時代に現在のような形になったと言われています。
その後、19世紀初頭にはフランス皇帝ナポレオン1世が司令部として使用したり、ナポレオン戦争後に行われたウィーン会議の会場となったりと、しばしば歴史上重要な出来事の舞台となってきました。
20世紀に入って、ハプスブルク家最後の帝国・オーストリア=ハンガリー帝国が崩壊すると、オーストリア共和国政府の管理下に置かれ、現在では一部を博物館に利用するなどして一般に公開されています。

敷地の中には様々な形状の庭園の他、子供向けの遊具広場や温室、なんと動物園も。
敷地内を一周するミニトレインもあります。
ハプスブルク家の人々は当然、敷地内を馬か馬車で移動していたでしょうから、ミニトレインでちょっぴり、王様気分を味わってみるのも楽しそうです。

次のページでは『イタリアにもあります!18世紀最大の宮殿「カゼルタ宮殿」(イタリア)』を掲載!
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Writer:

歴史と歴史小説と遺跡を愛してやまない東京都在住の主婦。子供のころからの大の時代劇ファン。国内外問わず歴史小説を読むようになり、NHK人形劇「三国志」を見て中国史にはまって大学では東洋史学を専攻。愛猫とじゃれながら歴史小説を読み漁る毎日を送っている。趣味は古地図を眺めることとカメラ片手の街散策。

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