タイ初の王朝であり、今日のタイの原形となった「古代都市スコタイ」がかなり綺麗に残っててしかも絶景

美しい仏教技術はスコタイ王朝の宝であり、スコタイ王朝の中心地として儀式を行った「ワット・マハタート」やクメール時代に最も重要な聖域でスコタイ王宮だったとの説も残るスコタイ最古の寺院「ワット・プラ・パイ・ルアン」などの寺院遺跡が点在しています。

タイ文字を碑文に浮き彫りした石碑が2つ発見されており、王朝最大の権力者ラム・カムヘーン王(在位1279-1300年)が刻ませたものといわれています。
一つはクメール語、もう一つは古代シャム語(タイ語)で書かれています。
歴史ロマンをたっぷりの遺跡を実際に見るとどんなに素敵でしょう。

大王と呼ばれたラム・カムヘーン王

9人の王の中でたった一人大王と呼ばれた王がいます。
それが、建国者シー・インタラーティットの3男、第3代ラム・カムヘーン王です。
この時代は最も活気に満ちた時代で、スコタイ王朝を一地方政権から広大な領域を持つ大国に発展させた功績をもち、マハーラート(大王)と呼ばれ人々から尊敬されていました。
彼は外交能力にも長けていました。
近隣諸国とは同盟を結び、敵対する国家には中立化させていました。
北はラオスのルアンパバーン、南は現在のシンガポールまで領地を広げていたようです。

スコタイの文明の華を開かせたことでも知られ、クメール文字を改良したタイ文字を考案したと考えられています。
他にもスリランカの小乗仏教を取り入れ、中国との貿易も行っていたため中国陶芸を基に独自のサワンカロク焼を考案するなど、文化や芸術についても力を発揮した王です。
この碑文からは、スコタイは豊穣な土地を有する牧歌的な国家だったと書かれています。

スコタイ王朝の最後

黄金時代も彼の時代が過ぎると衰退していきます。
第4代のルータイ王(在位1323-1341年)の時代に入ると、同盟国はどんどん離反していき小国となりました。
第6代目のリタイ王(在位1347-1368年)の時代になるとい既に没落の兆候を示し、民衆に新仏教の三界論を著し仏教の理解を示すことで権力を誇示したと考えられています。
しかし、この結果王権思想の一つの仏法王を確立することになりました。
奈良の大仏様を作って、天皇の地位を高めた聖武天皇のようですね。






1351年になるとアユタヤ王朝が起こります。
創設者はラーマーティボーディー1世(在位1351-1369年)。
この王朝が起こったのはタイ中部。
北にはスコタイが隣接していたものの、スコタイ王朝の国がどれだけ小さくなっていたかということも分かります。
このアユタヤ王朝が起こる前には他の王朝があったのでは?との説もあります。
歴史ロマンがますます広がりますね。

約100年後の年に細々と続いていたスコタイ朝は第9代マハータンマラーチャー4世(在位1419-1438年)に後継ぎがなかったため、スコタイ王家の親戚だったアユタヤ王朝のラーメースワン王子(後のボーロマトライローカナートアユタヤ王。
在位1448-1488年)が後を継ぎ吸収されなくなってしまいました。

壮大な歴史を感じて旅をしよう

いかがでしたか。
ただ息を呑む絶景に心焦がすだけではなく、その背景にある歴史を簡単にでも理解することで、世界遺産巡りはより楽しくなります。
「古代都市スコタイ」への渡航をぜひご検討ください。
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