リゾート地ではなく太平洋戦争の激戦地としてのサイパンを知る

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はアメリカのサイパンをご紹介します。

サイパンってこんなところ

日本から一番近い英語圏のサイパン

北マリアナ諸島の政治・経済の中心地で首都のススペや最大の都市ガラパンを有する島です。
マリアナ海溝の近くに位置し、透き通った海水と美しいラグーンに囲まれたリゾート地。
海の美しさはもちろんですが、サイパンの魅力はカラフルに咲き誇る花々や日本では目にしない鳥たち、ジャングル、洞窟、戦争の跡地など、小さな島ではローカル色豊かな観光地がたくさんあることです。
常夏の島サイパンでは、気温や湿度の変化がほとんどなく、一年中海遊びを満喫できます。
ちょっと驚くことに年間の平均気温の差がないことで“ギネスブック”に登録されている島です。
エメラルドグリーンの海、どこまでも続く白い砂浜、灼熱の太陽が素敵なサイパンの歴史について少しだけ触れてみたいと思います。






チャモロ人が住み始めて始まったサイパン

サイパンを有する北マリアナ諸島に古代チャモロ人が住み始めたのは、紀元前1500年ごろです。
インドネシアやフィリピンからカヌーに乗って移住してきたようです。
800年頃にはかつて家の柱だったとの説が残る、ラッテ・ストーンが造られました。

マリアナ諸島の至る所で発見されていますが、その最大規模の遺跡はテイアン島のガタ遺跡です。
1521年3月6日に大航海時代のポルトガの探検家マゼランがマリアナ諸島を発見したことで、ヨーロッパの歴史に初めてこの島々が登場しました。
このマゼランはスペインの援助を受けて世界一周の航海の途中でこの島々を見つけたのです。

これ以降スペインを始め、ボルトガル、イギリス、オランダ島などの探検家たちが訪れるようになりました。
その後、1565年にスペインを征服した、「ミゲル・ロペス・デ・レガスピ」がグアムに到達し、マリアナ諸島をスペインの領有と正式に宣言しました。
ここから約300年にも及ぶスペインによる、マリアナ諸島統治時代が始まります。

スペインによるマリアナ諸島統治時代

1668年にはグアムに宣教師ディエゴ・ルイス・デ・サン・ヴィトレス率いるイエズス会の一行がカトリック布教のために訪れます。
実はマリアナ諸島という名前は、この宣教師がスペイン王フェリペ4世(在位1621-1665年)の王妃マリアナからとって17世紀初頭に名付けたものです。
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