今に残るローマ遺跡。アルル、ローマ遺跡とロマネスク様式建造物群の歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はフランス南部の「アルル、ローマ遺跡とロマネスク様式建造物群」をご紹介します。

アルルってこんなところ

アルルの住所・アクセスや営業時間など

名称 アルル
住所 1 Rond-Point des Arènes, 13200 Arles, France
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト http://jp.france.fr/ja/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

アルルのスポットページ

ローマ帝国の植民市として発展

紀元前2世紀に古代ローマの領土に組み込まれてからアルルは発展していきます。
地中海に出る運河を通し、ローヌ川と内陸を結ぶ商業都市として重要度を増していき、70kmほど南東にあってすでに大都市となっていたマルセイユと競い合うまでになります。
紀元前1世紀のローマ内戦の際、アルルはのちの終身独裁官カエサル側に、マルセイユはライバルのポンペイウス側につきそれぞれ軍隊を派遣しました。
紀元前48年、ファルサルスの会戦でカエサル軍が勝利し実権を握ったことで、アルルとマルセイユの立場は逆転します。

マルセイユが持っていた貿易などの特権はアルルに与えられ、正式にローマ軍第六軍団フェッラータの退役軍人のための植民都市として認められました。
内戦が終わり、異民族の襲撃にあうことも少ないと考えられたことから、もともとアルルを囲っていた城壁の一部を取り崩し劇場が開かれています。







今に残るローマ遺跡

アルルの街は、権力者となったカエサルの時代、暗殺されたカエサルの遺志を継いだ初代ローマ皇帝アウグストゥスの時代に都市として整備され、その後も歴代皇帝により建築物が建造されていきます。

1世紀頃の初期帝政時代に2万5千人が収容できたアルル最大の遺跡であるアンフィテアトルム(円形闘技場)、傾斜地を鳴らす目的で作られた地下回廊とその上に造られたフォールム(公共広場)などが建設されました。

4世紀の皇帝コンスタンティヌス大帝はアルルを気に入り、大規模な浴場を建設しました。
映画「テルマエ・ロマエ」にも描かれているとおり古代ローマ人たちはとかく入浴が大好きで、公共浴場の建設は住民の人気取りのための施策ですらありました。

このほか、アルルの城壁の外側にあるアリスカンと呼ばれる墓地は、ローマ崩壊後も墓地として継続して使用されていました。

これらの遺跡は、中世以降に新しい建造物のための採石場や、他の目的のために使われたため完全な姿を残しているものはありませんが、古代ローマの威光を示すものとして貴重なものです。

中世ロマネスク建築の大傑作

5世紀に西ローマ帝国が滅ぶと、アルルを含むプロヴァンス地方は入れ代わり立ち代わり王国が興っては滅んでいきました。
933年にアルルを首都とするアルル王国が興り、一応の安定を見ます。
この時期に造られたのが中世ロマネスク建築の代表作ともいえるサン・トロフィーム聖堂です。

3世紀ごろにアルルにキリスト教を伝導した聖トロフィムスにちなんで名づけられたこの聖堂は、1078年から1152年にかけて建設されました。
ローマ時代の劇場の石を剥いで建築に使用しているため、劇場は建屋部分が無くなり18世紀まで発見されなかったほどです。

次のページでは『プロヴァンスの世界遺産都市として』を掲載!
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