【イエメン】砂漠に忽然と現れる「砂漠の摩天楼」!シバームの旧城壁都市の歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光を楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「シバームの旧城壁都市」をご紹介します。

砂漠の中の城塞都市シバームってどんな町

砂漠の中の城塞都市シバームってどんな町

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イエメン共和国のハドラマウト地方にある、「最古の高層ビル群」、「砂漠のマンハッタン」と呼ばれる城壁都市です。
500年以上前に泥煉瓦によって造られた白い頭の高層ビル群があり、現存する中では世界で最も古い摩天楼といわれています。
白漆喰で上部が塗られ、上から見ても横から見ても面白い姿をしています。
特に夕陽の頃は、遺跡が真っ赤に染まる幻想的で美しい景観を見られます。

現存する建築物はほとんどが16世紀に造られた物ですが、遺跡群全てが5~8階建てという景観には圧倒されます。
こんな昔にどのようにして造ったのだろう?と不思議な気持ちにさせてくれます。
でも、それだけではなく中層階には、隣との間に連絡橋まで作られているのです。
ナント!この頃から避難路というものまで備わっていました。
これにエレベータが付いていたら現在の建築物の構造と、どこが違うんだろう?と思わされます。

今回は、こんなシバームの旧城壁都市の歴史に少しだけ触れてみたいと思います。
シバームは1982年に世界遺産に登録されています。
残念なことに、2015年にドイツのボンで開催された第39回世界遺産委員会における話し合いで、地域情勢による潜在的な脅威として、「危機遺産リスト」に追加されてしまいました。
現在は政府の危険情報では、レベル4の退避勧告が出ているのでイエメンに訪れることはできません。

砂漠の中の摩天楼シバームの始まり

東西500m、南北400mの城壁で囲まれた旧市街地。
ハドラミ人のハドラマウト王国の首都として、B.C.8世紀からA.D.3世紀にわたり繁栄しました。

砂漠の真ん中に天日干しの泥煉瓦でつくられた高さ30m、5~8階建ての高層建築物が約500軒も、狭いエリアに集結しています。
この建物は、上へ行くほど狭くなる台形で造られバランスを保っています。
1階や2階には窓がなく羊などの家畜が飼われ、倉庫として利用していたようです。
3階以上が住居になっています。
この建物が造られ始めたのは、A.D.800年ごろからといわれ、1000年以上の歴史を持っています。

実はこの城壁都市は2500年以上の歴史を持ち、高価で貴重といわれる香料として使われる乳香の交易の中心として栄えています。
この都市が築かれた意味は、ハダラマートの谷と呼ばれる巨大な谷筋があり、雨季の洪水対策と乳香を狙う他部族からの襲撃から守るために造られたのです。
それだけではありません。
この砂漠地帯の砂嵐や、日陰を作るなどの機能も果たしています。
砂漠に人が住めるのは洪水まで起こす谷筋があるからという、自然の恵みと危機が背中合わせという背景にも驚かされます。
この谷は堆積した砂地で、雨が降れば巨大な流れとなり大洪水を起こすのです。

乳香の中継貿易によって栄えたシバーム

乳香の中継貿易によって栄えたシバーム

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B.C.4世紀にはハダラマート地域の都として存在していたことが分かっています。
説によると最も古いサバ王国のアッシリア碑文には、B.C.8世紀に既に建国されていたと記載されているようです。
一番の繁栄期はB.C.8世紀~A.D.3世紀で、政治、経済の中心地となっていました。
また、千夜一夜物語に登場する船乗りのシンドバッドの故郷では?との説も。

シバームの名前の由来は、同じく乳香で栄えたシバの女王の末裔といわれ、「シバの息子」という意味があるようです。
城壁内には7つのモスク、5つの広場、宮殿、市場の空間(スーク)と学校、更に泉で構成され、自立完結した都市機能も備えていました。
都が存在していたことも確認されているので、この地は貿易の中継点として栄え、また独立した国だったことが想像されます。

シバームの建物の特徴

シバームの建物の特徴

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16世紀から現在の景観のような、高層ビルが建てられ始めました。
巨大都市と成り得なかったのは砂漠地帯という特殊な地形に加え、遊牧民族に襲われることも多く、頻繁に洪水が起こっていたので、城壁の外に住むことが難しい環境でした。
だから、狭い土地に詰め込んだような景観になり、道幅もずっと狭いもので迷路のような都市となったのです。
これも、歴史が進み今となっては歴史的景観の美しさとなっています。

この辺りの家々が高層化したのは、遊牧民から狙われてろう城するのに穀物を保存しておく倉庫が必要で、もし城壁内に敵が攻めてきても上層階に逃げられるという考え方があったようです。
また、洪水による被害を回避する機能も見られます。
下層階は水が通り抜ける構造となり、洪水が起こっても全てが被害にあうことがないように造られていました。







白く塗られた漆喰の意味

白く塗られた漆喰の意味

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必要なものはすべて整っている優れた機能と快適さを追求しているように思われます。
白く塗られている漆喰はただの飾りではありません。
実は、漆喰を塗るのには洪水により家がもろくなるのを防ぐため、住宅の強度を高くする意味があります。
また、暑い砂漠の強い日差しから住宅やここに住む人々を守る役目もあったようです。

この漆喰も高価なもので、多く塗ってある家ほど裕福だったともいわれています。
また、ほとんどの家が同じような造りで、イスラム教らしい建物構造がされているのです。
それは、男性、女性、子供も居住スペースを階ごとに分けていたのです。
もちろん、外出する機会が少ない女性は、襲われる心配もない上層階でした。
居室は上層階にあり、窓には透かし彫りが施され風の通りがよい空間が造られています。
デザイナブルな透かし彫りは、見る価値ありです。
また、建築物のデザインはシンプルですが統一感があり、装飾の違いにより特徴を表し独特の風情を醸し出しています。
このデザインは、内装や家具にも見られます。

遊牧民に襲われ続けたシバーム

遊牧民に襲われ続けたシバーム

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この地の歴史的特徴は平地にある商業地で、広大な耕地が広がり砂漠の中に緑も多くある、富が集結したような雰囲気です。
遊牧民たちにはパラダイスのように見えたことでしょう。
だからこの町は何千年もの長い間、奪略の対象として見られ襲撃が繰り返されたのだと思います。
この街の崖の上には今でも要塞のカウカバンがあります。
この断崖にある要塞へ行くのには石畳の小道が整備され、遊牧民の襲来があっても一目散に逃げられるように造られています。

日本の戦国時代は防御に粋を極めた山城を造り、城壁の外に城下町を形成していました。
海外ではお城と市民が暮らす街を城壁の中に造っています。
日本とは逆だな?という事に気づかされます。
シバームの町もぎゅうぎゅう詰めになっても、城壁の中に家が造られているのです。
こうして比べてみると、国による違いって面白いものだと思います。
その国の特色を活かした歴史的建築物の偉大さを感じさせられます。

シバームの町の景観と現在

シバームの町の景観と現在

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建物が密集し道がとっても狭く、高層建築の隙間を縫うようにして歩くちょっと冒険心をくすぐる観光が楽しめる町です。
この狭い路地にはモスクが何ヶ所もありミナレットのデザインはそれぞれ異なりす。
昔の建物は低層住宅、現在の建物は高層住宅という現代人の概念を一掃するシバームはある意味画期的で世界遺産に選ばれるにふさわしいスポットではないでしょうか?

破壊と再建を何度も繰り返すシバームの歴史を追うと、異国の壮大な歴史とはちょっと違う感覚ですが、生活に密着した歴史の奥深さを感じられます。
しかし現在は、アラブの春の余波で、内乱が起こり、アルカイダが支援するアンサール・アル・シャーリア、南部スンニ派、ハーディー大統領勢力の三つ巴の戦いとなっています。
一日も早く平和的な解決により、素敵な旅が楽しめる都市になって欲しいと心から願います。
また、大切な遺跡が壊されることなく、危機遺産リストから削除されるよう希望するものです。

次のページでは『美しく不思議な摩天楼シバームってとっても素敵ですね』を掲載!
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