ピッツァだけではありません!ローマ帝国時代から始まったイタリアの永遠の劇場!ナポリ歴史地区の歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光を楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はイタリアの「ナポリ歴史地区」をご紹介します。

南イタリア最大の都市ナポリってどんなところ?

南イタリア最大の都市ナポリってどんなところ?

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イタリア南部、カンパーニャ州の州都ナポリ。
ローマ、ミラノに次ぐ第3の都市で、「ナポリを見てから死ね」との明言を残すほど魅力に満ちています。
「ナポリ」という名前は、ギリシャ語で「ネオポリス(新しい都市)」という意味です。
明るい太陽に恵まれ形成された大自然と狭い石畳の道、お調子者で憎めない気質の人々は、いかにもイタリアらしさを現しています。

紺碧の海、壮麗な青空、かつてポンペイを脅かしたヴェスヴィオ火山の絶景は訪れる人々を魅了してやまみません。
地中海に面し古くから多くの国に侵略されその関わりの中、怯まず持ち前の知恵と明るさで乗り越えてきた強い心をもつナポリ人たちが作った素晴らしい街を散策してみませんか?歴史に翻弄され続けたナポリを観光すると、きっと何か通じるものがあるはずです。
今回は、1995年に世界遺産に登録されたナポリ歴史地区の歴史にちょっとだけ触れてみたいと思います。

歴史の波に翻弄され続けた都市ナポリのはじまり

歴史の波に翻弄され続けた都市ナポリのはじまり

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このナポリの地に最初に古代ギリシャ人がやってきたのは紀元前7世紀といわれています。
ギリシャ人の新しい都市として誕生しました。
これがナポリの起源となっています。
ここからおよそ2500年の時を超え、現在も刻み続けています。
紀元前470年にギリシャの植民地となり、ローマ時代には皇帝に保養地としておかれました。
特に、アウグストゥスや悪名高きネロ皇帝のお気に入りの避暑地だったようです。

その後、ノルマン、ゴート、アラブ、フランス、スペイン、オーストリアなど多くの国々の植民地として支配され続けます。
これだけの国々が目を付けたのには、天然の良港だったナポリは地中海交易の拠点としての価値を見出されたからです。
色々な国に侵略されただけあり、時代によって支配した国の文化や建築様式が随所に残っているのです。
それがナポリの魅力の一つとなっています。

ナポリ王国誕生からノルマン人支配まで

ナポリ王国誕生からノルマン人支配まで

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ローマ帝国の衰退とともにゴート人やロンゴバルド人などに支配され、8世紀中ごろにやっと落ち着きを見せるようになります。
東帝国の属州となったナポリ市に、660年「ナポリ公国」が誕生したからです。
ここから1139年にノルマン人に征服されるまで存続しました。

1140年に北フランス出身のノルマン人がナポリを支配しシチリア王国の支配下に置かれました。
その時に卵城が建てられています。
この城の基礎の中には卵が埋め込まれています。
この卵には「卵が割れるとき、城はおろか、ナポリにまで危機が迫るだろう」と呪文がかけられ、この伝説がこの卵城の通称となりました。
正式名称はカステル・デローヴォです。

12世紀になると、シチリア王国は姻戚関係になった神聖ローマ皇帝の支配に移ります。
1224年には神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世(在位1220~1250年)によってナポリ大学が設立されました。
この大学が設立されたのには政治的目論見もありました。
実は教皇の保護下で繁栄したボローニャ大学に対抗して設立させたのです。
しかし、当初は上手くいかず再建するも失敗という惨憺たる結果でした。
1266年のカルロ1世(ナポリ在位1282-1285年)の再建により、ようやく機能したようです。

シチリア王国とナポリ王国の分裂

シチリア王国とナポリ王国の分裂

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フリードリヒ2世が亡くなると、シチリア支配が断絶。
突如として国際政局の中心にのし上がった人物「シャルル・ダンジュー」にシチリア王国を任せました。
アンジュー家(シャルル・ダンジュー=アンジュー伯)は、王国の首都を、パレルモからナポリに遷都しました。
シャルル・ダンジューは東ローマ帝国の征服を計画し、食料や家畜などを強引に調達し住民から反発されました。

兵の一団がシチリア人の女性に対する暴行事件で住民の怒りが爆発し、1284年にシチリアの晩鐘事件が起こります。
この暴動はシチリア全土に広がり、4000人ものフランス系の住民が虐殺れました。
ローマ教皇などのチカラもあり、暴動が鎮圧するかに見られましたが、1284年にアラゴン王国のペドロ3世がシチリアを乗っ取りました。
これにより、シチリア王国とナポリ王国は分裂しました。







アンジュー家支配からナポリ王家滅亡まで

アンジュー家支配からナポリ王家滅亡まで

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王国の首都となったナポリにアンジュー家によって1279年に、街のシンボルとして今もその姿を留めるヌォーヴォ城が建設されました。
また、このころにもアンジュー家により海神ネプチューンの神殿があった場所に大聖堂も建てられています。
この大聖堂は、15世紀中ごろの大地震でほぼ壊滅状態になり改装されています。
特に4世紀のモザイク画が残る西ヨーロッパ最古の礼拝堂は必見!

15世紀ごろになると、ナポリ国内は内紛続きでした。
以前からいつかはナポリを手中に収めようと狙っていた、アラゴン王(シチリア王兼)アルフォンソ5世(シチリア王在位1416-1458年)は、1443年にナポリ王国を征服し、ナポリの王も兼任します。
紆余曲折あり、1503年にはナポリをスペインのコルドバ将軍が征服し、フランス軍をイタリアから追放します。
これによりナポリ王家は滅亡しました。
スペイン統治時代の17世紀初期のフェリペ3世の時代に建てられたのがナポリ王宮。
肝心の王は、一度も訪れませんでした。

次々と変わる支配者に翻弄されるナポリ

次々と変わる支配者に翻弄されるナポリ

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1701年にはスペイン継承戦争が勃発しました。
これに付け込んだオーストリアのハプスブルク家がナポリに入城。
この後1734年まで支配は続きます。
1734年に統治したのはスペインからやってきたカルロ7世(在位1735-1759年)。
彼はスペイン、パルマ、シチリアの王も兼ねていました。
彼はイタリア名門貴族のファルネーゼ家の美術コレクションなど膨大な財力を身に着けていました。

その財力を使い1752年にはベルサイユ宮殿より立派な宮殿を作ろうと、ヨーロッパで一番巨大な規模のガゼルタ宮殿を建てました。
内部には1200もの部屋と歌劇場が造られ、オペラや劇が上演され華やかだったようです。
この宮殿の建設には28年も費やされています。
彼のもう一つの狙いは、公共事業により市民を雇用し生活を安定させるという意味もあったようです。

他にも狩りのための館を織物工場にしたり、モッツァレラチーズの工場を建てナポリに貢献したようです。
モッツァレラチーズ工場は特にピッツァ発祥のナポリらしい産業といえるかもしれませんね!ナポリ市に大きな経済効果をもたらすことで、市民の尊敬の的となりました。

ナポレオン戦争時代とその後

ナポレオン戦争時代とその後

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1759年にスペインの王に即位した際、息子のフェルディナンド4世(ナポリ王在位1759-1806年、1815年)にナポリの王位を譲りました。
この時代にナポレオン戦争が勃発し、フェルディナンドはナポリから追放。
1806~1815年までナポレオンの親族によって統治されます。
1815年にフェルディナンドがナポリとシチリアの王としてもどってきましたが、ナポリの名前はなくなり両シチリア王国となりました。

1860年に両シチリア王国は、イタリア統一運動を推進したジュゼッペ・ガリバルディに征服されます。
1861年にヴィットリオ・エマヌエーレ2世(イタリア王国在位1861-1878年)がイタリア王国を統一したことにより、この王国に併合されました。
これによりナポリが外国から統治されることはなくなりました。

ナポリ最大の見どころは、下町情緒といった歴史的な町並ではないでしょうか?ナポリに行ってみると他の観光地に比べ、物価が安く庶民的な観光地がたくさんあります。
ナポリには日本人が大好きな夜景スポットがあります。
ポジリポの丘から見下ろす夜景です。
ぜひ、訪れてすばらしいナポリの街並みや歴史的建造物、夜景に陶酔してくださいね!

次のページでは『様々な支配者に統治されたパワフルな街ナポリを旅してみませんか?』を掲載!
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