世界遺産「シルクロード」知れば歴史が好きになる?世界を結んだ交易ネットワーク

イスラム商人が絹を求めて中国へ

そこに強大な国家として登場してきたのがイスラム勢力でした。
イスラム勢力はもともとアラビア半島の出身です。
中央アジアのように、アラビア半島もほとんど砂漠で覆われた厳しい環境ですよね。
したがって、一部オアシスをのぞけば農耕を営むことは難しく、古代より交易で生計を立ててきました(イスラム教の預言者ムハンマドも有力な商人の一族出身です)。
勢力を拡大すると、海の道の制海権を手中に収めて、アラビア半島~インド洋~中国に至る広い範囲で活発な交易を開始します。

イスラム商人は、中国へ絹や陶磁器を求めてさかんに航海を行いました。
8世紀というと、先ほどオアシスの道の説明でご紹介したように、陸路でも唐王朝とイスラム王朝がつながり、「タラス河畔の戦い」というのが発生した頃。
陸では戦闘が起きた一方で、海からのイスラム商人の往来に対応するため、中国南部の広州に海上貿易を統括する役所を設置したり、イスラム商人の居留地を設置したりしました。
中国では、イスラム教のことを「回教」、イスラム商人のことを「大食(タージー)」と呼んだそうです。

元と明による制海権の把握

中国南部を制圧すると、モンゴル帝国の中の国の一つであった元は巨大な運河を整備し、貿易の富が北方の首都に集約される仕組みを作りました。
これによって元は経済的な発展を遂げます。
また、元は、制海権を握ることに力を注いでいました。
日本でよく知られる「元寇」は、世界史的に見ると海の道を制覇したい元の貿易政策の一環だったと言えます。
日本侵略はご存じの通り暴風雨や軍の士気の低さによって大失敗に終わるわけですが、日本以外にも現在のヴェトナム方面へ繰り返し遠征を行いました。

元の後に中国統一を成し遂げた明は、特に海の道を重視していました。
北方にはモンゴルがおり、草原の道やオアシスの道を抑えられてしまったからです。
海の道を通じた交易の利益を政府に吸い上げるべく、明では民間の貿易を一切禁止します。
これによって不満を持った沿岸民が「倭寇」となるのですね。
その一方、東南アジアやインド洋に明王朝の威信を誇示するべく、大艦隊を派遣していわゆる「朝貢関係」を強要します。
日本史に出てくる室町幕府との「日明貿易」は、明の側から見れば朝貢貿易の一つでした。

中近世以降の「海の道」

中近世以降の「海の道」

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中国の『三大発明」がヨーロッパに影響

元の時代からさかのぼること数百年、海の道を行き交うイスラム商人は中国の「三大発明」を自分の国へ持ち帰ります。
それが「活版印刷技術」「火薬」「羅針盤」の三つです。
この中でも羅針盤はイスラム商人の交易用ダウ船に応用され、航海の安全性を高めたことで、海の道のさらなる発展をもたらすことになりました。

また、この三大発明は中国からイスラム世界を経由して、ヨーロッパに伝わります。
ヨーロッパでは、この羅針盤を強化改良して実用化に結びつけることに成功します。
15世紀末以降、ヨーロッパ各国が新航路を開拓し大西洋から新大陸へ乗り出すことができたのも、羅針盤によって東西南北をある程度正確につかむことが可能になったからです。
それまでは、周囲に陸地が見えないと、船がどちらの方向に進んでいるかはほとんどわかりませんでした(陸地が見えなくなった瞬間、ほぼ遭難決定だったのです…)。
羅針盤がなければ、大洋を航海し、新大陸やインドへ到達することは到底できなかったでしょう。
そういった意味で、まさに羅針盤は世界史を変える発明品だったのです。

ヨーロッパの大航海時代が時代を変えた

古代ローマ帝国が滅亡して以降、ヨーロッパはイスラム世界や中央アジア、インド、中国などの文明と比較すると発展の遅れた地域の一つにすぎませんでした。
最も発展した交易路であるシルクロードから遠く離れていたという地理的な不利もその原因ですが、中世において強勢を誇っていたイスラム勢力と敵対していたために、交易に全面的に参加することが難しかったからでもあります。

それでも十字軍やマルコ・ポーロの『東方見聞録』などがヨーロッパの人々に東方世界への興味をかき立てていました。
また、ポルトガルやスペインのような国は近隣(イベリア半島)からイスラム勢力を追い出すことに成功し、王の権力が強まっていました。
これらの条件もあって、従来の東方ルートではなく大西洋経由の新航路開拓へのモチベーションが高まったのです。

大航海時代が始まり、世界の中心がヨーロッパと南北アメリカ大陸へ移ると、相対的に従来の海の道の重要性は低くなりました。
しかし、アラビア半島からインド洋、中国に至るルートがヨーロッパ人にとっても必要だったのは言うまでもありません(インドからヨーロッパに帰るのにはこちらを進んだ方が早いのです)。
制海権がヨーロッパ人に移っても、現代までこの海の道のある航路は重要な交易路であり続けています。
日本も、中東の国々から石油を輸送するのに海の道をタンカーで行き来しています。

一生に一度は見てみたい!シルクロードの魅力と歴史を知ろう

シルクロードの歴史を追うことは、そのまま大航海時代以前の東西交易の歴史を負うことに他なりません。
現在見ることのできる遺跡は、中国の西部の内陸部から中央アジアの各国に点在しており、豪華な出土品の数々がわずかにかつての繁栄ぶりを現代に伝えています。
ぜひ一度は実際に自分の目で見て、歴史の奥深さとスケールを生で感じていただければと思います。






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