歴史とともにたどる歴代天皇、初代から現在まで128人を一挙紹介

日本の歴史を見守ってきた歴代天皇。その総数は128人となり、途絶えることなく現在まで続いています。さて、128人もの天皇、全員ご存知ですか?おだやかに生きられた天皇もおられれば、波瀾万丈の人生を送られた天皇もおられます。ここでは、日本最古の神武天皇から現在の今上天皇まで、歴史の流れとともに歴代天皇をたどっていきます。時に簡潔に、時に深く掘り下げつつ、すべての天皇をご紹介しますよ。

神の時代から人の時代へ~飛鳥時代以前の天皇~

神の時代から人の時代へ~飛鳥時代以前の天皇~

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実在したのかが曖昧な天皇

初代天皇である神武(じんむ)天皇から第25代天皇である武烈(ぶれつ)天皇までは、実在だったのか伝説もしくは架空の天皇なのかがたびたび議論されています。
大きく4つの説があり、神武天皇以降全員が実在する天皇であるとする説、そして、第10代崇神(すじん)天皇以降が実在、第15代応神(おうじん)天皇以降が実在、第26代継体(けいたい)天皇以降が実在とする説です。

神武天皇から武烈天皇までが実在の天皇ではないとされるのは大きな理由があります。
一つに古事記と日本書紀を史実に基づく歴史書ではないとする考え方が一般的だからです。
そのため、第25代武烈天皇まではあくまで伝説上の天皇であったとされがちなのですね。

ただし、現在最も有力な説は第10代崇神天皇以降が実在であるというものです。
これは、初代神武天皇と第10代崇神天皇が同一人物であるという考え方に基づいています。
死後に送られた諡号(しごう)が同じであった、など共通する点が多いことからです。
そして、初代神武天皇からあとの、第2代綏靖(すいぜい)天皇、第3代安寧(あんねい)天皇、第4代懿徳(いとく)天皇、第5代孝昭(こうしょう)天皇、第6代孝安(こうあん)天皇、第7代孝霊(こうれい)天皇、第8代孝元(こうげん)天皇、第9代開化(かいか)天皇までは、実在しない、すなわち欠けた8代として欠史八代と呼ばれています。

大和政権最初の天皇、そしてだれもが知っている古墳を墓に持つ天皇

3世紀から4世紀に即位していたとされるのが第10代崇神天皇です。
前項でもお話ししましたが、初代神武天皇と同一人物と考えられ、日本において実在する最初の天皇という説が有力とされています。
日本各地にそれぞれ王朝があり、独自の政治が行われていた大和政権初期でしたが、崇神天皇の時代に初めて全国が統一される形になったという説が有力です。
まだまだ統治の行き届かない日本全域に人を遣わし、さまざまな地域の農業を発展させ、人々の暮らしが豊かになるよう努めたすばらしい天皇であったと記録されています。

崇神天皇以降、第11代垂仁(すいにん)天皇、第12代景行(けいこう)天皇、第13代成務(せいむ)天皇、第14代仲哀(ちゅうあい)天皇、第15代応神天皇へと続いていきます。
この第15代応神天皇から実在する天皇とする説もあります。

続いて天皇となったのが、第16代仁徳(にんとく)天皇です。
この仁徳天皇、天皇としてというよりもお墓となった古墳が非常に有名なので、みなさんもご存じなのでは?誰もが社会や歴史の教科書・参考書で一度は目にする前方後円墳、そのもっとも有名なものが、この仁徳天皇の陵。
現在の大阪府堺市にある大仙陵古墳で、地元の人々には「仁徳さん」という名で親しまれています。

仁徳天皇の前代である応神天皇までは奈良県に都を置いていましたが、応神天皇もしくは仁徳天皇のときより大阪府中央区に難波宮が置かれたとされています。
どちらの天皇が遷都したのかは、はっきりとした記録が残されていません。
仁徳天皇は難波宮から近い河内平野の水害を治めるため、堤防を作ったり、大きな水路を作り上げたとされています。
ほかにも近畿地方のさまざまな地域の水に関する土木工事を多く取り扱われたようです。

初めて有力王族からの出自となった天皇

第16代仁徳天皇以降、第17代履中(りちゅう)天皇、第18代反正(はんぜい)天皇、第19代允恭(いんぎょう)天皇、第20代安康(あんこう)天皇と続きます。
続く第21代雄略(ゆうりゃく)天皇に関しては、考古学を根拠として実在を証明できる最初の天皇と考えられています。
埼玉県行田市にある稲荷山古墳から出土した考古品の中に、雄略天皇の諡号と考えれられる文字が記されていたからです。

続いて第22代清寧(せいねい)天皇、第23代顕宗(けんぞう)天皇、第24代仁賢(にんけん)天皇、第25代武烈(ぶれつ)天皇まで、子息もしくは兄弟に天皇が受け継がれていきます。
しかし、第25代武烈天皇には、後継ぎとなる子どもや兄弟がおらず、武烈天皇自身も後継ぎをだれにするのか決めずに崩御してしまったため、第26代の天皇はすぐに決まりませんでした。

そこで、第26代天皇として白羽の矢が立ったのが、第15代応神天皇の5代あとで遠縁にあたる継体(けいたい)天皇でした。
この継体天皇後遠縁から天皇を迎えるということはなく、現在の天皇家の礎は継体天皇であるという考え方もあります。
第26代継体天皇の後、第27代安閑(あんかん)天皇、第28代宣化(せんか)天皇、第29代欽明(きんめい)天皇、第30代敏達(びだつ)天皇、第31代用明(ようめい)天皇まで古墳時代と呼ばれる時代が続きます。

優れた女性天皇が多くいた時代~飛鳥から奈良時代~

優れた女性天皇が多くいた時代~飛鳥から奈良時代~

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公正な判断で統治した日本最初の女性天皇

飛鳥時代に入り、第32代崇峻(すしゅん)天皇が即位していましたが、当時権力を持ち大臣の座についていた蘇我馬子(そがのうまこ)により暗殺されてしまいます。
長い日本と天皇の歴史の中で、天皇が臣下の命令により暗殺されるのはこの崇峻天皇だけであるとされています。

その後第33代天皇に即位したのが、推古(すいこ)天皇です。
日本で初めての女性天皇とされており、甥である厩戸皇子を皇太子としてそばに置いていたことでもよく知られています。
この厩戸皇子が私たちもよく知っている聖徳太子。
推古天皇と言うと、そばに仕え、十七条の憲法や冠位十二階など、さまざまな制度を整えた聖徳太子に注目が集まりがちですが、聖徳太子がそれだけの力を発揮できたのは、推古天皇の治世であったからと言えます。

当時、天皇の外戚に当たる権力者が政治に口出しすることも少なくなく、何かと便宜を図ることも多かった時代ですが、推古天皇は身内だからとひいきせず、公平にするのが国のトップである自分の姿勢であるとしていたのです。
そのような推古天皇の時代であったからこそ、それほど力があったわけではない聖徳太子が自分の意見を通し、制度を整えることができたと言えます。

飛鳥時代から奈良時代にかけての天皇は三分の一が女性

飛鳥時代から奈良時代にかけては、日本の歴史において、女性天皇が最も多かった時代です。
18人の天皇が即位したこの間、そのうちの8人が女性天皇でありました。
中には再任という形で2回天皇となった方まで。
順に名前をあげていきますと、第33代推古天皇、第35代皇極(こうぎょく)天皇、第37代斉明(さいめい)天皇、第41代持統(じとう)天皇、第43代元明(げんめい)天皇、第44代元正(げんしょう)天皇、第46代孝謙(こうけん)天皇、第48代称徳(しょうとく)天皇です。

このうち、第35代皇極天皇と第37代斉明天皇、第46代孝謙天皇と第48代称徳天皇は、重祚となっています。
重祚(ちょうそ)とは一度即位した天皇が退位後に再び即位することです。
第35代皇極天皇は、日本で初めて重祚した天皇でした。
それまでの天皇は現在の日本と同じで亡くなるまで天皇であり続けるのが通常でありました。
ですから、皇極天皇は日本で初めて位を譲った、すなわち生前譲位した天皇でもあるのです。

それぞれ即位の理由はさまざまでしたが、我が子に天皇を継がせるため、夫の政治を受け継ぐため、世を良くするためなど、確固たる意志を持って即位していたようですね。
この時代の女性がパワフルであった様子がうかがえます。

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