1000年以上前の恋愛小説「源氏物語」の成り立ちとあらすじ

知らない人はいない有名な『源氏物語』。平安時代中期に成立した世界最古の長編物語の一つです。天皇の皇子である主人公・光源氏の人生の栄華と没落を鋭い描写で描いています。日本で最高の恋愛小説とも言われている『源氏物語』の世界を一緒に紐解いていきましょう。

『源氏物語』っていつ誰が書いたの?

『源氏物語』っていつ誰が書いたの?

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『源氏物語』は1000年以上前の恋愛小説!

『源氏物語』は、今から1000年以上前の平安時代中期に成立したと言われています。
今で言う「イケメン」の一生を描いた恋愛小説で、やはり当時も若い女性に大変人気が高い作品だったそうです。

現在、私達が読む源氏物語は、平安時代の原本ではありません。
鎌倉時代の初期の写本(手書きで複製された本)で、藤原定家(ふじわらていか)が写したといわれる「青表紙本」と、源光行・親行(みなもとのみちゆき・ちかゆき)のまとめた「河内本」という写本が元となっています。
作者と言われている紫式部が書き上げてから200年後の写本の内容を私たちは読んでいることになります。

『源氏物語』は、54帖から構成されており、約100万文字。
現代の400字詰め原稿用紙で約2400枚にもなる大長編小説です。
主人公とその子孫たちの70年間にもわたるストーリーには、約500名の登場人物と約800首の和歌が詠まれています。
それぞれに巻中の語句や、和歌の意味・用語などが「巻名」として付けられています。
全体的には、3部構成となっており(諸説あります。)

●第1部 桐壺(第1帖)~藤裏葉(第33帖)

主人公である光源氏の誕生から、さまざまな女性との逢瀬、別離、政治的な失脚、そして栄華を極めるまでの半生が描かれています。

●第2部 若菜上(第34帖)~幻(第41帖)

主人公光源氏の晩年の物語。
新たな出会い、最愛の人との別離、因果応報など光源氏の栄華のあとの孤独を描いています。

●第3部 匂宮(第42帖)~夢浮橋(第54帖)

光源氏の孫と息子とされる薫を中心とした愛と葛藤の物語が描かれています。

『源氏物語』が高く評価されているのは、ただの恋愛小説ではなく、四季折々の風景の美しさ、当時の年中行事の美しさを巧みに描いており、作中の和歌の素晴らしさ、仏教からくる無常観などを織り交ぜて、人間とはいかなるものか。
どう生きていくべきものなのか。
という壮大な内容となっている点にあると思います。
詳しい内容は、後ほど紹介します。

作者「紫式部」はどのような人?

『源氏物語』は、「紫式部」が作者と言われています。
紫式部は、日本人で唯一世界の五大偉人に選出され、ユネスコ本部に登録されている日本を代表する歌人でもあり、作家です。
紫式部とは、どのような人物だったのでしょうか?

生まれた年は、定かではありませんが973年頃と言われています。
学者として有名だった藤原為時の娘として生まれ、学者の父をもつ紫式部は、子供のころから勉強好きで、その当時の女性では珍しく漢文を読み書きできた言われています。

結婚は、当時にしては晩婚で27歳の頃、48歳の藤原宣孝(のぶたか)の4人目の妻となったそうです。
28歳で娘・賢子を出産しますが、僅か3年で夫は亡くなってしまいます。
ここからが、彼女の人生を大きくかえていくのです。

夫の死後、当時の最高権力者であった「藤原道長」(ふじわらみちなが)の娘で一条天皇の女御(高貴な天皇の妻)に仕えることになります。
その頃から『源氏物語』を執筆し始めたと言われています。
瞬く間に貴族の間で『源氏物語』は評判になっていたようです。
当時の天皇で、お仕えしてる彰子の夫でもある一条天皇も『源氏物語』読みたさに彰子の部屋に来ることが多くなったと言われています。
『源氏物語』の見事な宮中の描写は、紫式部が実際に宮仕えをし、自分の目で見ることができたから描けたのでしょう。

『源氏物語』を描き終えた後の紫式部がどのような一生を終えたかは、文献に残っていません。
しかし、娘の賢子は、後冷泉天皇の乳母となります。
そして、とても高い位である従三位まで昇りつめました。

紫式部が生まれ育ったと言われる跡地が、京都に残っています。
京都市右京区北之辺町にある廬山寺(ろさんじ)です。
ここで、『源氏物語』も執筆されたと言われています。
とても小さなお寺ですが、「源氏庭」と名づけられたお庭には時期によって、紫の桔梗の花が凛として咲いています。

境内にある紫式部が詠んだ歌の歌碑があります。

”めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな ”

<久しぶりに会ったのに、それがあなたかどうかも分からない間に帰ってしまうのですね。
まるで雲に隠れてしまった真夜中の月のようではありませんか。

聞いた事がある方も多いはず。
百人一首に詠まれている有名な歌です。
紫式部に興味のある方は、一度訪れてみて下さいね。

 

主人公「光源氏」にはモデルがいた?

主人公「光源氏」にはモデルがいた?

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第一候補者「源融」

光源氏には、モデルがいたと言われてます。
諸説ありますが、有力なのは、「源融」(みなもとのとおる)です。

源融は、嵯峨天皇の皇子として生まれましたが、親王になれず、源氏を賜って臣籍に下りました。
臣下としては、左大臣にまで昇進します。

『源氏物語』の主人公「光源氏」も、桐壺帝の皇子として生まれますが、親王にはなれず源氏を賜って臣籍に下ります。
そして、太政大臣から准太上天皇まで昇りつめます。
とても境遇が似ていますよね。

また、源融は、嵯峨野にある棲霞観に阿弥陀堂を建てたと伝えられていますが、光源氏も作中で嵯峨野にお堂を建てています。
源融は、河原院(かわらのいん)という一般貴族の邸宅の4倍もある面積に庭園や家具調度にも趣向を凝らした、豪奢な大邸宅を築いたと言われていますが、光源氏が作中で建てる豪邸六条院は河原院があったとされる場所、邸宅の広さもほぼ同じ設定なのです。

以上のことから、紫式部が源融の事跡をなぞって、モデルにしたのではないかと言われています。

第二候補者「源高明」

もう一人「源高明」(みなもとのたかあきら)も光源氏のモデルとなったと言われる候補者の一人です。

醍醐天皇の皇子として生まれますが、母親が更衣という低い身分であり、幼いうちに源氏を賜って臣籍に降りました。
また、左大臣にまで出世しましたが、時の権力者である藤原一族に疎まれ、「安和の変」で失脚し太宰府に左遷されてしまいます。
光源氏も、母が身分の低い更衣で、幼少のころに源氏を賜り臣籍に下っています。
また、失脚して明石に左遷されています。
(自ら去っていまが。)

とても共通点が多いですよね。

源高明は失脚後、再び政界に返り咲くことはありませんでした。
紫式部は、この源高明の悲しい話を伝え聞き、哀れに思い失脚後も出世し、架空の天皇に継ぐ最高位である準太上天皇の地位を手に入れる光源氏という人物を創作したのではないかとも言われています。

源氏物語はどんな話?第一部 1帖〜33帖

光源氏の誕生から、最大の過ちを犯すまで

1帖 桐壺(きりつぼ)

”いづれの御時にか、女御・更衣あまた侍ひ給ひける中に、いとやむごとなき際(きは)にはあらぬが、すぐれて時めき給ふ、ありけり。
”と有名な書き出しで『源氏物語』は始ります。
桐壺帝は、桐壺更衣(きりつぼのこうい)という女御(にょうご)より低い身分の女性を寵愛をしていました。
一番早くに入内(帝に輿入れすること)して第一皇子を産んだ弘徽殿の女御(こきでんのにょうご))を筆頭に他の妃たちから、桐壺更衣は嫉妬から嫌がらせをされます。
しかし、桐壺更衣は玉のような美しい第二皇子(光源氏)を産みます。
それから、3年後、桐壺更衣は病に倒れて儚く亡くなってしまいます。
数年の後、桐壺帝は、桐壺更衣が忘れられず、桐壺更衣に瓜二つのまだうら若い藤壺女御(ふじつぼのにょうご)を入内させます。
そして桐壺帝は、光源氏を継母にあたる藤壷女御に合わせると、光源氏と藤壷女御は親子ように慣れ親しんでいくことになります。
そして、これが、後の悲劇を生むこととなるのです。
その後、光源氏は12歳で元服(成人式)し、左大臣の娘である葵の上(あおいのうえ)と結婚しました。
しかし、妻が年上のせいもあり、夫婦仲がしっくりしません。
元服前のように自由に会うことができなくなってしまった藤壺女御への想いを募らせていくのです。

2帖 帚木(ははきぎ)

宮中の宿直所(夜の警備所)で光源氏は、親友でである頭の中将(左大臣の長男、葵上の兄)と数人の友人と理想の女性と、過去の恋愛話をします。
さまざまな女性の話をしているうちに、頭の中将が、畏まっている上流階級の箱入り娘より、中流階級の娘のほうが気楽で安心するという持論を語ります。
光源氏は、その話にいたく興味を持つのです。
ある夜、光源氏は方違え(訪ねる方位が良くないので、別の方向に一度向かい方位をかえること)をすることになり、中流階級の知人の家を訪れます。
そこで、空蝉(うつせみ)という人妻と無理矢理契ります。
空蝉に心を惹かれる光源氏ですが、空蝉は断固として光源氏を拒むのです。
帝の息子で、イケメンの光源氏を拒む空蝉は、すごいですよね。
そして、逃げると追いたくなるのが、人間の性。
光源氏は空蝉にかなり執着します。

3帖 空蝉(うつせみ)

空蝉を諦め切れない源氏は、空蝉の家を垣間み(覗き)にいきます。
空蝉は、継娘である軒端の荻(のぎばのおぎ)と囲碁をしています。
夜中に光源氏は、空蝉の寝床に向かいますが、光源氏の香りに気づいた空蝉は、自分の着ていた蝉の羽のように薄い小袿だけを寝床に残してその場から逃げてしまいます。
そして、近くにいた軒端の荻と光源氏は、契るのです。
源氏は満たされない想いを抱いたまま、空蝉が残した小袿を持ち帰り、空蝉を想い歌を詠むのでした。
この空蝉が寝床から去る描写がとても美しく描かれています。
空蝉も光源氏に惹かれてはいますが、人妻ゆえに一線を超えるのを恐れているのです。

4帖 夕顔(ゆうがお)

源氏は、年上の教養ある美しい未亡人六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)がいるにも関わらず、たまたま夕顔の花が縁で、中流階級の夕顔(ゆうがお)という女性と知り合います。
夕顔は、おっとりして優しく穏やかで、女性として魅力を持っていました。
光源氏はのめり込んでしまいます。
光源氏と夕顔は、廃家へ出向き二人だけの時間を楽しもうとしますが、光源氏の足が遠のいていた六条の御息所の生霊が現れ、夕顔を呪い殺してしまうのです。
実は、その夕顔という女性は、親友である頭の中将が、昔付き合っていて娘までなした女性でもありました。
女性の嫉妬は怖いですね。
でも、それは女性のせいではなく、浮気性の男性のせい。
愛憎が入り乱れるこのストーリーが、平安時代の作品とは驚きですよね。

5帖 若紫(わかむらさき)

病気になり治療のため北山に行った光源氏は、偶然、恋焦がれている藤壷の宮にそっくりな少女に出会います。
話を聞くと、少女は藤壷の宮の姪でした。
少女は祖母に育てられており、祖母が亡くなると無理矢理、光源氏は、自宅である二条院に少女を連れて帰ってしまいます。
そして、若紫と名付けて養育することにするのです。
その頃、恋焦がれている藤壷の宮が御所(帝の住居)から実家に戻っていると光源氏は知らされます。
そして、光源氏は、藤壷の寝床に忍び込み一夜を共にします。
二人は、父であり夫である桐壺帝に罪悪感を感じつつも惹かれ合ってしまっていたのです。
一夜の過ちでしたが、藤壷の宮は妊娠してしまいます。
二人は犯した罪の恐ろしさを改めて実感することになります。
そして、このことは今後の源氏物語の展開に大きな影響をもたらすことになります。

恋多き光源氏の出会いと別れ

6帖 末摘花(すえつむはな)

亡くなった夕顔を思い出し悲しんでいた光源氏は、落ちぶれた生活をしている高貴な宮家の姫の話を聞きます。
興味を持った光源氏は、和歌を送り交際を申し込みます。
念願叶って、一夜を共にしました。
高貴な宮家の美しい深窓の姫と思い込んでいた光源氏は、姫の顔を見てびっくりします。
鼻がとても長く、鼻先が紅で染めたように赤かったのです。
しかし、かわいそうな姫を末摘花(すえつむはな)と呼び、その後の経済的な援助を申し出ることにしました。
この末摘花は、『源氏物語』の登場人物の中でも有名で、不器量な姫としてはっきり描かれています。

7帖  紅葉賀(もみじのが )

父の桐壺帝は、50歳となり祝い会が行なわれることになります。
その前夜祭で、光源氏と頭の中将は、青海波(せいがいは・雅楽の演目)という舞を披露します。
この舞は、藤壷の宮も見ているので光源氏は精一杯頑張ります。
そして、光源氏は、藤壷の宮に手紙を送り、お互いの乱れた気持ちを明かすのです。
その頃、二条院で養育している若紫の噂を光源氏の正妻である葵の上の耳に入り、ますます夫婦仲が悪くなっています。
しかし、若紫はまだまだお人形遊びに夢中の子供です。
そして、時が過ぎて藤壷の宮が皇子を出産します。
表向きの父である桐壺帝は、大層喜んだが、源氏そっくりな子を見て、母である藤壷の宮の心は罪悪感でいっぱいになるのです。
その後、桐壷帝は譲位(天皇の位を降りる)して弘徽殿の女御が生んだ春宮を帝にして、生まれた皇子を新たな春宮にしようと考える。
そのため、藤壷の宮を中宮(皇后と同じ地位)にすることにします。
光源氏と藤壷の子供が東宮になります。
二人の心中はどのようなものだったのでしょうね。

8帖 花宴(はなのえん )

桐壷帝が花見の宴を開きます。
その夜、ほろ酔いの光源氏は、藤壷中宮の部屋のあたりをうろつくが鍵がかかって入れない。
弘徽殿の女御の部屋のあたりを彷徨っていると、若い女性が美しい朧月夜について詠いながら、歩いてくるので光源氏は、口説いて一夜を共にします。
その後、彼女が仇敵である弘徽殿の女御の妹だと分かりますが、若い二人は恋に落ち、光源氏はその女性を朧月夜の君と呼び、逢瀬を重ねるのです。

9帖 葵(あおい)

桐壷帝が譲位して、弘徽殿の女御が生んだ皇子が朱雀帝となりました。
藤壷の宮が生んだ皇子は次の天皇となる春宮となり、奇しくも光源氏が後見人となります。
そのような時、光源氏の正妻の葵の上が妊娠します。
気分が優れない葵の上でしたが、光源氏が先頭を飾る葵祭に見物に出かけます。
そこに光源氏の恋人で最近は足が遠のいた六条御息所がお忍び葵祭に見物に来ていました。
見物場所の取り合いで両者の従者が乱闘となり、六条御息所の車が破損してしまい、六条御息所は公衆の面前でとても恥ずかしい思いをします。
辱めを受けてしまった六条御息所は、自分でも知らぬうちに生霊となり葵の上に取り憑きます。
その中で、葵の上は光源氏の息子夕霧(ゆうぎり)を出産。
皆が喜びに包まれるも、葵の上はそのまま息を引き取ります。
その際に、光源氏は六条御息所が葵の上を呪い殺したことに気づいてしまい、ますます六条御息所との間に深い溝ができてしまうのでした。
葵の上を亡くした光源氏は、二条院で大切に育てていた若紫を妻にし、紫の上と呼ぶことにしました。
六条御息所がなんだかかわいそうですね。
そして、光源氏は正妻を亡くしたと思ったら、また新しい妻を迎えて。
なんとなく、光源氏に怒りを覚えるのは私だけでしょうか?

10帖 賢木(さかき)

父である桐壺帝が亡くなります。
そして、それとともに藤壷中宮も出家をします。
光源氏は、深く傷つきますが、藤壷中宮の皇子(実は、光源氏の息子)である東宮の後見人を全うすることを決意するのです。
また、光源氏と恋人同士である朧月夜の君は、光源氏の兄でもあり、弘徽殿の女御の息子でもある朱雀帝の内侍(女官だが、妻でもある)になり朱雀帝の寵愛を受ける。
しかし、光源氏との恋はまだ密かに続いたのです。

光源氏の失脚と栄光

11帖 花散里 (はなちるさと)

光源氏は、以前父帝の妻の一人であった麗景殿女御の妹、花散里(はなちるさと)と付き合っていた。
しかし、ここ最近は足が遠のいていました。
兄である朱雀帝の世になると、朱雀帝の母であり光源氏を嫌っている弘徽殿女御の実家の権力が勝り、光源氏にとって面白くない時世になってしまった。
他の女性は光源氏から遠のいていくことも多い中で、久しぶりに訪れた花散里は、変わらず優しい態度で迎え入れてくて、素晴らしい女性だと改めて実感する。

12帖  須磨(すま)

朧月夜の君との不倫が世間に露見してしまいます。
光源氏は、官位を剥奪されて流刑になることを恐れます。
なぜなら、後見している藤壷中宮の息子である東宮も失脚してしまうことになるからです。
流刑になる前に、自ら須磨で謹慎する決心をします。
様々な女性と別れを惜しみ、都から遠く離れた田舎の須磨で、光源氏は寂しく暮らすことになりました。
そんな須磨の激しい嵐の夜に光源氏は不思議な夢を見るのでした。

13帖 明石(あかし)

夢で亡き父桐壺院のお告げがあり、光源氏は明石に移ります。
そこで明石の入道(あかしのにゅうどう)という地方豪族に迎えられます。
その頃、朱雀帝が、病になり光源氏を須磨に追いやった報いだと噂されます。
そして、光源氏を都に戻るように宣旨(命令)が下るのでした。
しかし、明石で光源氏は、明石の入道の娘で、とても美しく気品溢れる明石の君(あかしのきみ)と結ばれ、明石の君は妊娠します。
必ず、迎えにくることを誓い光源氏は、都に戻り権大納言に返り咲くのです。
田舎に隠居しても、そこで新しい恋人を得るとは、光源氏恐るべしですね。
都で待っている紫の上がかわいそうに感じてしまいます。

14帖 澪標(みおつくし)

兄である朱雀帝は病に倒れ、春宮(実は藤壷中宮と源氏の子)に帝の位を譲ります。
光源氏は内大臣に出世。
明石では、明石の君が女の子を出産し、光源氏は我が子の誕生を喜びます。
紫の上は、明石の君を苦々しく思うと共に、光源氏の愛にすがるしかない我が身を嘆くのでした。
そして、光源氏の年上の憧れの女性で人を呪い殺してしまうほどの情熱で光源氏に接しった六条御息所が、病で亡くなります。
遺言には、六条御息所の一人娘を養女にして養育してほしいとあり、光源氏はその望みを聞き届けるのでした。

15帖 蓬生(よもぎう)

光源氏が須磨に謹慎していた際、不器量な末摘花は貧しく暮らしていました。
しかし、光源氏を頼れる人と思い、帰りを待ち続けていました。
ある日、光源氏は末摘花と再会し、信じて待ち続けた末摘花を愛おしく思い、ずっと生涯援助することを心に決めるのでした。
光源氏は、とてもプレイボーイですが、一度関係を持った人は、ほっとおけない優しさがありますね。







光源氏 別離と出発

光源氏 別離と出発

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16帖 関屋(せきや)

光源氏は、逢坂の関で偶然空蝉と再会します。
空蝉を懐かしく思い、手紙を交換します。
お互い、昔のことを懐かしく思い返しました。
その後、空蝉は、夫が亡くなり出家し尼になります。

17帖 絵合(えあわせ)

冷泉帝(藤壷の宮と光源氏の不義の子)には、梅壷の女御(亡き六条御息所の子、光源氏の養女)と弘徽殿の女御(頭の中将の子)の二人の妻がいました。
ある日、左右2組に分れて絵巻を出し合いその優劣を競う「絵合」という催しが開催されました。
梅壷チームも弘徽殿チームも見事な絵巻出し勝負が付きません。
しかし、最後に梅壷の義父にあたる光源氏が、自ら描いた須磨の風景の見事さに一同感動し、梅壷チームが勝利するのです。

18帖 松風(まつかぜ)

光源氏は、身分が低いがため気後れして上洛を躊躇う明石の君に、生まれた姫と共に都に来るように勧めます。
明石の君は都に来ますが、光源氏は紫上に遠慮してなかなか会うことができません。
松風が吹くとある日に、3年ぶりに明石の君と光源氏は、再会を果たすのです。
そして、生まれた姫をしっかりとした女性に育てるために、教養もあり非の打ち所のない紫の上に養育を頼むことにしました。
この時の紫の上の気持ちは、どのようなものだったのでしょうか?光源氏は、女性の気持ちがわかってないのでしょうかね。

19帖 薄雲(うすぐも)

光源氏は、明石の君との娘を手元に引取り、紫の上の養女とします。
紫の上も、このような可愛い子と引き離された明石の君を気の毒に思い、明石の姫君を大切に養育します。
また、光源氏が明石の君の元に通うのを広い心で受けとめるのです。
翌年、出家していた藤壷の宮が、病に倒れ亡くなります。
そして、側近から、冷泉帝は自分が光源氏と藤壷の宮との不義の子だと知らされ深く悩み苦しむことになるのです。

20帖 朝顔(あさがお)

光源氏の従姉妹に朝顔の君という姫がいました。
光源氏は、若い頃からこの姫に好意を寄せていましたが、朝顔の君に断れ続けていました。
ある時、光源氏は、紫の上に今までの女性について語ります。
紫の上は、深く傷つきます。
そして、紫の上に語った夜、光源氏の夢の中に藤壷の宮があらわれ、自身との関係を語られたことをひどく怒るのでした。

光源氏の次世代の成長

21帖 少女(おとめ)

光源氏の息子である夕霧は12歳になり、元服を迎えます。
母の実家である左大臣家で養育されていましたが、光源氏の元に移り、学生として勉学に励むことになります。
幼なじみで内大臣(頭の中将)の娘である雲居雁(くもいのかり)と将来の約束をしますが、ライバルとなった両父から反対されてしまうのです。

22帖 玉鬘(たまかずら)

頭中将と亡き夕顔との間の娘である玉鬘(たまかずら)は、母が亡くなっているので乳母と共に九州の筑紫で生活していましたが、上洛することになりました。
ひょんなことから、光源氏の出会い、美しく成長した姫は、光源氏の新居である六条院に引き取られ養育されることになるのです。

23帖 初音(はつね)

新しい年を迎え、光源氏は、豪勢な新居である六条院で寵愛深い紫の上と新年を祝います。
そして、六条院に住んでいる花散里、玉鬘、明石の君や末摘花、空蝉などを訪問し、新年を祝うのでした。

24帖 胡蝶(こちょう)

頭の中将と夕顔の娘である玉鬘の美しさが評判になります。
蛍宮(源氏の異母弟)、柏木(もと頭中将の子)や、鬚黒などたくさんの男性が恋心を抱き、和歌などを送ってくるようになりました。
光源氏も親代わりで養育していますが、玉鬘の美しさに心惹かれてしまいます。

25帖 蛍(ほたる)

玉鬘に思いを寄せている蛍宮は、蛍の光に照らされた玉鬘の美しい姿に、恋心をますます募らせていきます。
光源氏も玉鬘を愛しく思うようになり、苦悩していました。
そして、実の父である内大臣(頭の中将)は、夕顔の忘れ形見である玉鬘を探しているのでした。

26帖 常夏(とこなつ)

内大臣は、娘たちのことで悩んでいました。
最近、庶民と同じ暮らしをしていた娘の近江君(おおみのきみ)を引き取ります。
しかし、貴族の生活に馴染めず非常識な振る舞いをする娘に内大臣は困惑していました。
また、夕霧と幼なじみの雲居雁も、夕霧との関係が上手くいかず、父の内大臣としては、頭が痛い毎日で、ますます玉鬘を探すのでした。

27帖 篝火(かがりび)

秋の夜、篝火(古来の照明具)に照らされた玉鬘の美しい姿は、ますます光源氏の心を魅了していきます。
養父として心乱れるような振る舞いはしないように気を使いながらも、和歌を詠みあったりするのでした。
近くに来ていた柏木たち若者を呼び寄せ、琴を一緒に調べたりして心を落ち着かせるのでした。

28帖 野分(のわき)

ある日、美しく豪奢な六条院も激しい野分(嵐)のため、庭などすっかり荒れてしまいました。
そこに夕霧が見舞いに訪れます。
そこで庭を心配している紫の上の姿を垣間見(覗き見のこと)してしまい、そのあまりの美しさに感動してしまうのでした。
翌朝、夕霧は紫の上の美しさが忘れられずぼんやりしている。
光源氏は、紫の上を夕霧にみられてしまったかと怪しんでいるのでした。

光源氏 最高の栄華を極める

29帖 行幸(みゆき)

12月になり、大原野に行幸(帝が外出すること)がありました。
玉鬘ははじめて、実父である内大臣の姿を見ることになります。
そして、冷泉帝の気品の高い美しい姿に感動します。
光源氏は、内大臣に玉鬘の事を話し、翌年、玉鬘は念願だった父と対面を果たすのでした。

30帖 藤袴(ふじばかま)

玉鬘は、冷泉帝から内侍にならないかと誘いがきており、大層悩んでいました。
玉鬘が、内大臣の娘だったことが公になり、夕霧は姉でないことがわかり恋心を抱きます。
逆に柏木は、実妹としり、恋心を抱いていた己を恥じます。
蛍宮や鬚黒は変わらず、玉鬘に思いを寄せて、和歌などを送り続けているのでした。

31帖 真木柱(まきばしら)

玉鬘は半ば騙されて、鬚黒に嫁ぐことになります。
鬚黒は正妻がおり、精神的に病んでいた正妻でした。
玉鬘に夢中になり顧みなくなってしまいました。
正妻は、実家に帰ることにしますが、髭黒と正妻の娘である真木柱の姫君は、父との別れを悲しみ、黒髭と過ごした館のお気に入りの柱の割れ目に和歌を差し込んで去っていくのでした。
ままならぬ男女の仲を思い知らされる巻となっています。

32帖 梅枝(うめがえ)

明石の姫君の裳着(女性の成人式)が行なわれることになり、光源氏の館は準備に忙しくなっていました。
裳着を終えた後は、明石の姫君は、今の東宮に入内することが決まっており、養母である紫の上も香を調合したりと、光源氏と揃って最高の輿入れを準備するのでした。

33帖 藤裏葉(ふじのうら)

玉鬘を内大臣に知らせてから、内大臣と光源氏の中も穏やかになり、夕霧と雲居雁との結婚が認められます。
明石の姫君の入内の際に、明石の君と紫の上は、はじめて対面しお互いの美しさと教養の高さを認めあうのでした。
光源氏の一族は栄華を極め、光源氏自身も準太上天皇(じゅんだじょうてんのう)という天皇の次に高い位に昇りつめるのです。

源氏物語はどんな話?第二部 34帖〜41帖

源氏物語はどんな話?第二部 34帖〜41帖

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光源氏の晩年 因果応報と孤独

34帖 若菜上(わかなじょう)

光源氏の兄である朱雀院は最愛の娘・女三宮を末頼もしい人に託したいと考え、光源氏に嫁がせたいと考えます。
最愛の人である紫の上がいるので迷いますが、光源氏は承諾してしまいます。
幼い女三宮は、六条院の正妻だけが住むことが許される寝殿に住むようになります。
今まで、光源氏の最愛の人と言われ寵愛を一身に受けていた紫の上は、衝撃を受け男女の愛の不確かさを悲しむのでした。
その頃、東宮に入内していた明石の女御は、皇子を出産します。
六条院では、猫の飛び出したはずみで女三宮を見てしまった内大臣の息子である柏木がその美しさに三宮に恋心を抱いてしうのです。

35帖 若菜下(わかなげ)

年の離れた幼い正妻である女三宮の元に通い続ける光源氏を見て、紫の上は大層思い悩み苦しんでいました。
そのまま紫の上は、重い病にかかり長い間育ち慣れ親しんだ二条院に移ってしまいます。
驚いた光源氏は、熱心に紫上を看病しました。
そして、愛しさを募らせるようになります。
光源氏が不在となり、警備の手薄になった六条院に、ある日柏木が女三宮を慕うあまり忍び込み、女三宮と一夜をともにしてしまいます。
女三宮は妊娠してしまい、女三宮を見舞った光源氏は、布団の下からでてきた手紙を見つけ柏木と女三宮の不義を知ってしまうのです。
光源氏に、気付かれたことを知った柏木は良心の呵責に悩み病に倒れてしまうのでした。
この巻の内容、どこかで同じ内容を見たと思いませんか?因果応報。
若い頃の光源氏と柏木が重なって見えます。

36帖 柏木(かしわぎ)

柏木の病は重くなりますが、女三宮は不義の子である薫を出産します。
光源氏は不義の子と知りながらも、我が子として薫を養育します。
光源氏は内心は薫を疎ましく思っており、女三宮はそのことを大層思い悩んで、出家を希望します。
そして、出家し尼となりました。
それを聞き絶望した柏木は、親友である夕霧に真実をそれとなく語り、妻である落葉宮の行く末を頼んで亡くなってしまいます。

37帖 横笛(よこぶえ)

柏木の一周忌が終わりました。
その頃、光源氏は薫を心底、愛おしく思うようになってきました。
そして、夕霧は亡き柏木の妻である落葉宮を慰めに訪ねるうちに、落葉宮に心惹かれていくのです。
ある夜、夕霧は、亡き柏木が大切にしていた横笛を譲り受けます。
その夜、夢に柏木の亡霊があらわれます。
夕霧が落葉宮に恋心を抱いていることを悟った正妻の雲居雁は落葉宮に嫉妬を抱いているのでした。

最愛の人の死と光源氏の出家

最愛の人の死と光源氏の出家

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38帖 鈴虫(すずむし)

出家した女三宮の持仏供養が行われ、光源氏は、女三宮としみじみと語り合います。
夕霧をはじめ、多くの貴族たちも集まり、庭の秋らしい鈴虫の声を聞きながら琴や笛などを調べて楽しみました。
光源氏は、亡き六条御息所の娘である秋好中宮(梅壷女御)を訪ねます。
秋好中宮は亡き母である六条御息所が成仏できないでいることに心痛めていました。
光源氏も冥福を祈り法要を行なうことにしたのでした。
(実は、柏木が女三宮と不義を犯したのも、女三宮が尼になったのも、栄華を極めた光源氏を陥れるために六条御息所の怨霊が取り憑いておこなわせていたのでした。)

39帖 夕霧(ゆうぎり)

亡き柏木の妻である落葉宮は、母が病に倒れたので小野の山荘に静養していました。
夕霧と落葉宮が噂になりはじめ、心配した落葉宮の母は、夕霧の本心を知りたいと夕霧宛に手紙を送ります。
しかし、その手紙を夕霧の正妻である雲居雁に落葉宮からの手紙と勘違いされ隠されてしまいます。
夕霧からの返事もないまま悲嘆にくれた落葉宮の母は、失意のまま亡くなってしまいます。
夕霧の落葉宮への想いは募るばかりです。
それを見ていた正妻・雲居雁は怒って実家に帰ってしまいます。

40帖 御法(みのり)

紫の上はすっかり病がちになり、女三宮のこともあり男女の中の頼りなさ、世の無情を悟り出家を望みます。
しかし、光源氏は、最愛の紫の上のいない生活は耐えられなく、許さないのでした。
夏の暑さもあって、紫の上はますます衰弱してしまいます。
そして、庭の萩におりたった露のように、紫の上は息をひきとります。
最愛の人を失った光源氏の悲しみは、言葉では言い表せることが出来ないほど深いものでした。

41帖 幻(まぼろし)

紫の上が亡くなってから1年が経っても光源氏は、六条院に篭もりきり、出家の意志を固めていきました。
春になり、明石の君や女三宮が慰めに訪ねてきますが、光源氏の心は晴れず、紫の上への想いだけが胸にありました。
出家の準備をはじめ、紫の上との大事な手紙もすべて燃やし尽くし、俗世の未練を断ち切るのでした。

この後に『雲隠』という帖があったとされているが、本文は伝存していないので真偽のほどはわかっていません。
一説では、光源氏の死去の様子を描いていたと伝えられています。

源氏物語はどんな話?第三部 42帖〜54帖

光源氏亡き後と宇治の姫君の生い立ち

42帖 匂宮(におうみや)

光源氏が亡くなった後、光源氏の子孫たちは、東宮になったり、左大臣となり繁栄していました。
そして、光源氏に代わると言われているのは、光源氏の孫である匂宮(におうのみや)と光源氏の子(実は柏木の子)である薫(かおる)。
この二人の若者であると人々は噂していました。
匂宮は、明るく軽薄で女性好きな性格に対して、薫は誠実でどこか暗く大人しい性格でした。
それというのも、薫は自分の出生に疑問を持っており悩んでいたからなのです。

43帖 紅梅(こうばい)

鬚黒の娘であった真木柱の姫君は、最初の夫の死後に娘を連れて、紅梅の大納言(柏木の弟)と再婚しました。
匂宮は、様々な思惑を感じながらも、この美しい娘に関心を持つようになります。

44帖 竹河(たけかわ)

鬚黒が亡くなり妻となっていた玉鬘は、2人(大君・中君)の娘の行く末を心配していました。
大君に思いを寄せていた薫は、玉鬘の邸を訪れます。
 しかし、玉鬘は、大君を冷泉院の女御として、妹の中君を今上帝の尚侍とすることに決めるのです。

45帖 橋娘(はしむすめ)

光源氏の異母弟である八宮は昔、政権争いに敗れ2人の美しい娘と宇治の山荘で寂しく暮らしていました。
八宮は教養人として名高く薫は尊敬しており、八宮を慕い宇治を訪れました。
そこで薫は、美しい2人の姫君が琴と琵琶を仲良く合奏している姿を垣間見ます。
その美しさに薫は強く惹き付けられます。
しばらくの後、再び宇治を訪れた薫は、そこで偶然仕えていた老女から自分の出生の秘密を知らされるのです。

46帖 椎本(しいがもと)

薫から、宇治の美しい2人の姫君の話を聞いた匂宮は、とても興味を持ちます。
やがて八宮が亡くなり、薫は大君に自分の恋心とその想いを打ち明けようとしますが、大君は薫を受け入れようとしないのでした。

47帖 総角(あげまき)

大君は、身体の弱い自分より妹の中君を薫の妻にと考えていました。
ある夜、薫は宇治の姫君たちの部屋に忍び込みますが、気配に気付いた大君は身を隠し、残った中君とも薫は大君が好きなので結ばれませんでした。
薫は匂宮を宇治に伴い、匂宮は中君と一夜を共にします。
そのような時に、夕霧の娘である六の君と匂宮との結婚の話が浮上し、その噂は中君の耳に入ってきました。
それを聞いた中君は、思い悩みます。
そして、大君もそのような中君を心配するあまり、病に倒れこの世を去ってしまうのです。

薫と匂宮と浮舟の三角関係の結末

薫と匂宮と浮舟の三角関係の結末

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48帖 早蕨(さわらび)

中君は、父も姉も亡くなり失意の日々を過ごしていました。
それを哀れに思った匂宮は、この中君を昔、紫の上が過ごしていた二条院に引き取ることに決めるのです。
薫は大君を失い今更ながら、美しい中君を、匂宮に譲ったことを悔やみ心が乱れるのでした。

49帖 宿木(やどりぎ)

帝は娘の女三宮をしっかりした薫に嫁がせたいと考えていましたが、中君に思慕する薫は、乗り気になれません。
匂宮は、夕霧の娘・六の君と結婚することになります。
妻となった中君は妊娠しており、匂宮が心変わりするのではないかと大層思い悩んでおり、懐かしい宇治での生活を思い出しながら薫と手紙を交わします。
そのときに、中君は異母妹の浮舟がいることを薫に伝えます。
宇治を訪れた薫は、浮舟の姿を見ることができ、亡き大君にそっくりの美しい姫に心惹かれるのでした。

50帖 東屋(あずまや)

浮舟の母である中将の君は、田舎で育ち義父に冷遇されている浮舟を哀れに思い、姉である中君に浮舟を預けます。
匂宮は、偶然中君の妹とは知らずに、二条院にいた美しい浮舟に言い寄ります。
浮舟の乳母の機転でその場は事なきを得ますが、中君は、急いで隠家に浮舟を移らせます。
薫は、この事情を知り、恋しく思う浮舟を宇治にと連れて行ってしまうのでした。

51帖 浮舟(うきふね)

匂宮は、薫が宇治に浮舟を隠していることを知ってしまいます。
そして、薫のふりをして宇治を訪れ浮舟と一夜を過ごしてしまうのです。
2人の男性に愛される浮舟は、思い悩み自殺を考えるようになります。

52帖 蜻蛉(かげろう)

浮舟は思い悩んで、宇治川に身を投げることを決め失踪します。
残された人々は、浮舟を思って、それぞれ嘆き悲しむのでした。

53帖 手習(てならい )

浮舟は、死に切れず宇治川の側で倒れているところを徳が高く帝の信頼厚い横川僧都の一行に助けられます、物の怪に取り憑かれ、記憶を失っていた浮舟。
しかし、回復した浮舟は、出家することを決意します。
横川の僧都から浮舟の話を聞いた明石中宮は、薫に浮舟の生存を知らせます。

54帖 夢浮橋(ゆめのうきはし)

生存を知った薫は、浮舟宛の手紙を浮舟の弟に頼むが、浮舟は出家し尼となり、心の平静を乱されることを嫌がり、弟にも会わず手紙も人違いだと言い張り返事もしませんでした。
薫がいくら想いを伝えても、断り続け浮舟は、尼としての道を選ぶのでした。

次のページでは『光源氏とその子孫が織りなす愛憎劇!』を掲載!
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Writer:

二児の母。自他共に認める「歴女」。寺社仏閣巡りが趣味。大学時代は、巫女バイトに励み神社の驚愕の裏側を知る。主人の仕事で、ニューヨーク、カリフォルニアに5年間住むことになる。ナショナルパークなどの世界遺産の素晴らしさを実感。ライターという仕事を通して、歴史や世界遺産の素晴らしさを多くの方と共有できれば幸いです。

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