美味しすぎて1世紀内緒にされたチョコレートの歴史。日本はいつから?

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「チョコレートの歴史」をご紹介します。

どうしても食べたくなっちゃうチョコレート

どうしても食べたくなっちゃうチョコレート

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ベルギー発祥の老舗チョコレートブランドのゴディバやストロベリーチョコレートで有名な六花亭など世界中で大人気のチョコレート。
甘くて鼻から抜ける芳醇な香りが何とも乙女心をくすぐるチョコレートは、みんな大好きですよね。
このチョコレートは中南米からヨーロッパへ運ばれ、改良されて初めて私たちが現在食べているような形になったんですよ。

現在では、高級チョコレートの専門店が日本にもいっぱいあり、ケーキ屋さんのガトーショコラやコンビニのチョコレートまで色んな形で楽しまれています。
疲れた時やおやつに一口食べるだけでも、とっても幸せな気分にしてくれる魔法のような存在ですね。
バレンタインデーでは、“魅力的な男性とカップルになれちゃった“という素敵な思い出を持ってらっしゃる方もいるでしょう。
今回は、今も昔も乙女心を掴んで離さない魅惑のスイーツ!チョコレートの歴史に少しだけ触れてみたいと思います。

チョコレートのはじまりは飲み物だった

チョコレートのはじまりは飲み物だった

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紀元前2000年ごろから、メソアメリカではカカオを栽培しており、紀元前1000年ごろには既に、メキシコのオルカメ人などの原住民はそのカカオをすりつぶして食べていたようです。
先古典期マヤ文明の遺跡からは、その証拠になるカカオが付着した土器、壺に描かれた絵文字や絵などが見つかっています。
そのマヤの壺にはチョコレートの収穫期や調理法、使用法までが描かれているんですよ。

採れたカカオを女性が煎ったものを石臼と棒ですりつぶし、トウモロコシ粉とバニラやチリペッパーなどの香料と混ぜ合わせ、水で薄めて飲んでいました。
温めたり、お粥にしたり、スープとしても飲まれていたようです。
何と面白いことに、カカオを飲む時には壺を持ち上げて高いところから注ぎ、泡立ててから飲むのが決まりでした。
この頃からカカオは人々に愛されており、カカオ豆は黄金の代わりとして通貨のように使われていたのです。
また、墓所からもカカオ付きの壺が発見されています。
婚礼や記念日、儀礼や神様への貢ぎ物としても使われるほど価値のあるものでした。

スペインの特産品となったチョコレート

スペインの特産品となったチョコレート

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1502年にコロンブスは厳しい航海の途中で、現在のホンジュラスの沖合に浮かぶグアナハ島に辿り着きました。
そこでヨーロッパ人で初めてカカオと出会ったのです。
その価値をお金のなる木と認識したとの記録が残っています。
しかし、コロンブス自身がチョコレートを飲んだという記録は残っていません。

1519年に、将軍フェルナンド・コルテスがモンテスマ皇帝にカカオを持って現れます。
彼は皇帝にチョコラトルを御馳走します。
そのおいしいチョコトルを飲んだ皇帝は、この未知の味に感動し兵士などにも飲ませたそうです。
特に皇帝は、黄金のカップで1日50杯も飲んでいたというほどの惚れ込みようでした。
1528年には戦利品と一緒に、カカオとショコラトルはスペインに持ち帰られています。
その後、唐辛子や胡椒などを砂糖に変えて加えており、甘い飲み物として重宝されたようです。

特権階級の嗜好品だったチョコレート

特権階級の嗜好品だったチョコレート

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しかし、スペインは1世紀以上もこのおいしいチョコレートの存在を秘密にしました。
17世紀に入るまでは、チョコレート飲料用具は普通にスペインへの輸入品目の一つになっています。
100粒のカカオ豆で一人の奴隷を買えるほど、貴重なものでした。

しかし、チョコレートはこのころは特権階級の人々の嗜好品としての範囲にとどまっていたようです。
スペインの貴族たちはチョコレートの魅力に取りつかれ、赤道直下の植民地にカカオ農園を作りました。
チョコレートの飲み物が広まり、イタリア商人のアントニオ・カルレッティがこの甘くておいしいチョコレートの飲み方をイタリアへ伝えます。







ロンドンの新しい社交場!チョコレートハウス

ロンドンの新しい社交場!チョコレートハウス

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ロンドンに英国初のチョコレートハウスができたのは1657年でした。
これは、上流階級であっという間に広まり、エールハウスほどの社会性はありませんでしたが、評判となっています。
実は、この頃のチョコレートは味ではなく効能を全面的に押しだしており、不妊や美容に良いとされていました。
異国から来た高価な品というイメージは好印象で、実は女性より専ら男性に人気があったのです。
貴族男性たちの社交場としてチョコレートハウスは英国の至る所に建ち、コーヒーやティールームパブにも迫るほど大人気の場へと成長しています。

チョコレートを始めて食べた人物は、仙台藩主伊達政宗の家臣、支倉常長だったといわれています。
彼は1614年に、メキシコとの貿易許可を得るために、メキシコ経由でスペインに渡りました。
翌年にはローマにも寄っています。
この時スペイン王に謁見した際、チョコレートを振る舞われたようです。

飲むから食べるに変化したチョコレート

飲むから食べるに変化したチョコレート

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ヨーロッパ全土にチョコレートが広まったとはいえ、未だ飲むためのものでした。
1659年にフランスには最初のショコラティエが誕生しました。
彼は、チョコレートでできた固形のビスケットやケーキを貴族相手に販売したのです。
まだまだ、現在のチョコレートには程遠かったのですが、飲むから食べるに一歩だけ成長させました。
1674年には英国人のパン屋さんのグループが好奇心で作ったチョコレートケーキが、初めてコーヒーショップで、ペーストリーの形で提供されました。
これから約10年でヨーロッパ中に固形のチョコレートタイプが広まります。

この頃、英国にはチョコレートを使ったレシピ書が作られ始めていたのです。
初めはチョコレートハウスで出されるチョコレート飲料を自宅で作る方法の紹介でしたが、玉子の黄身を入れた現在のホットチョコレートのようなものも載っています。
1697年にベルギーの首都ブリュッセルを訪問した時にチューリッヒのハインリヒ・エッシャー市長はチョコレートを試食しました。
市長はチョコレートのおいしさに惚れ込みスイスにサンプルを持ち帰りました。
スイスは後にチョコレートで有名な国の一つになります。

1828年にオランダ人の科学者ヴァン・ホーテンは脂肪分の低いパウダーチョコレートを作りました。
これがココアです。
これによりチョコレートは大量生産が可能となりました。
1876年にはミルクチョコレートをスイスのダニエル・ピーターが誕生させています。
甘く口当たりがよくお洒落なチョコレートはますます人気を博しました。

日本に入ってきたチョコレート

日本に初めてチョコレートが入ってきたのは、江戸時代です。
1797年(寛政9年)に長崎の遊女がオランダ商人に貰ったのが始まりでした。
チョコの塊をお湯の中に削って入れて玉子と砂糖を加えて茶筅で泡立てて飲んだようです。
日本で最初にチョコレートを加工し、製造販売したのは1878年(明治11年)のことで、両国にある米津風月堂でした。
ハイカラなお菓子として注目され、「猪口令糖」と表し紹介しています。
残念なことに日本人の口には合わず、流行りませんでした。

一貫してカカオ豆からチョコレート製造が始まったのは、1918年(大正7年)で森永製菓でした。
この頃はまだ、上流階級の人の嗜好品でした。
一般に普及したのは、奇しくも第二次世界大戦以降のことでした。
現在は、世界各国に広まり、大人気のお菓子となったのです。
糖分が多いと敬遠する人もいますが、ストレス社会を謳い文句に売られたり、ケーキやお酒と合体させるなど色々な形で楽しまれたりしています。
また、ポリフェノールが多く含まれていることなどから昔のように薬としての効果も見直されているんですよ。
でも、甘くておいしいおやつとしての楽しみ方が一番ですよね!

次のページでは『男女問わず不動の人気を持ち世界中の人々から愛されるチョコレート』を掲載!
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Writer:

世界遺産ブームをきっかけに歴史に目覚めてから、国や城、庭園などの成り立ちに魅了された主婦です。何だろう?と思ったことを調べて、皆さんにお伝えすることで気持ちを共有できたら幸せだな~と感じながら仕事をしています。ちょっとマニアックな歴史記事ですが、軽い気持ちで触れてみてくださいね!

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