星座はなぜできたの?星占いはいつからあるの?星座の歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「星座の歴史」をご紹介します。

星座ってどんなもの?

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何万光年もの時を超えて私たちへ光を届けてくれる星たちは、永遠の存在ではなく儚いもの。
そんな星たちの中でもより強い光を放つ星たちを集めて、夜空に絵を描いたものが星座なんです。
星座の始まりは約5000年前にメソポタミア地方(現在のイラク付近)の、羊飼いたちが作ったといわれています。
彼らは、目立つ星や星が並ぶ姿を動物や英雄に例えて名前を付けていたとか?古代メソポタミアと古代エジプトという2つの古代文明の中心地だった古代オリエント地域では、星占いからも知られる12星座の起源となっているんですよ。

でも実は、もっと前から星座の存在に気付いていた人々がいます。
1万5000年前の後期石器時代にクロマニョン人によって描かれたといわれる、フランスにある世界遺産の「ラスコーの洞窟」にある壁画です。
ここに描かれた黒い点は「おうし座のすばる」や夏の大三角などを描いているといわれ、『世界初の星座の地図』だとの説があるんですよ。
今はまだ詳しいことは解明されていませんが…。
現在88の星座が、「国際天文学連合(IAU)」によって定められています。
今回は、星座の歴史に少しだけ触れてみたいと思います。

昔から機能的な存在だった星座

昔から機能的な存在だった星座

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チグリス川とユーフラテス川の間にシュメール文明(初期のメソポタミア文明)が起こりました。
くさび文字で有名な文明ですが、星の文化もあったんです。
ここに住むシュメール人は、星が動く姿を見て時間や季節の流れを知るという高度な術を身に着けていました。
最初は、種まきや刈り入れの季節を知るためのものだけだったのですが、日食や月食だけでなく惑星の動きを見て「星占い」をするようになっていきます。

星占いを始めたのは、シュメールがバビロニアやアッシリアに征服されてから。
占い好きのバビロニア人によって占星術が行われるようになったことからでした。
これが、現在も星占いで使われる「12星座」の原型となりました。
毎朝、テレビで放送される星占いを見て、“安心したり気を付けなきゃ”って思ったりしている12星座がこんなころからあったなんて、人類の先祖は凄いですよね。
バビロニア・アッシリアの勢力と共に周辺地域にも拡大していきました。
彼らが強かったからこそ広まったともいえるのですが。

ギリシャの星座は親しみやすい神話を生んだ

ギリシャの星座は親しみやすい神話を生んだ

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この「12星座」の後でギリシャにも星座が生まれ、神話が作られました。
彼らは、星座を見てその形を神に結びつけています。
神様って私たちにとって偉大なもので、空から見守ってくれるというイメージがありませんか?でも、ギリシャの神様って泣いたり、笑ったり、怒ったり、ロマンティックな恋をしてみたりと、親しみやすい存在でした。

東方から入ってきた星座へと結びつき、親しみやすい神話と共に世界中に広まったんですよ。
紀元前9世紀ごろのホメロスの叙事詩「イリアス」と「オヂュッセイア」に、オリオン座を始めおおぐま座やシリウスなど皆さんも知っている星座が登場しています。

ギリシャから生まれたトレミーの48星座

紀元前350年ごろのエウドクソス天文書をもとにして、紀元前150年ごろに天文学者ヒッパルコスが書いた46星座を参考に、紀元前2世紀ごろアレキサンドリアの天文学者トレミーによって48星座に纏められました。
この48星座の星の数はナント、1022個も使われているんですよ。
これは「トレミーの48星座」と呼ばれ、現在の星座の大部分が含まれており重要な役割を果たしています。

「トレミーの48星座」を標した本は、ヨーロッパにも逆輸入され『アルマゲスト』とも呼ばれています。
この本は、キリスト教の教えと結びついたのです。
この後、コペルニクスやガリレオが地動説を唱えるまで1500年間も天文学的には重要な立場にありました。







近世のころの新設星座たち

近世のころの新設星座たち

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実は1400年もの間、ヨーロッパでは星座の存在は忘れられていました。
再び、星座にスポットが当たったのは、15~16世紀の大航海時代。
やっと南半球に行けるようになったヨーロッパの人たちは、今まで見たこともない星空と出会うことになるのです。
天文学者たちはこぞって星座を作りはじめ、ここから新しい星座が次々と生まれています。
海上の星空を望みながらの航海や新大陸で新たな星空を見るなんて、想像するだけでとってもロマンティックですね!

1603年ドイツのバイエルンは「カメレオン座」や「かじき座」、「つる座」など、新たに発見された珍しい生き物を12の星座にし、1624年には同じくドイツのバルチウスが「キリン座」など4星座を作りました。
1690年にはポーランドのヘベリウスは、「こぎつね座」や「こしじ座」など7星座を新設。
1763年にはフランスのラカイユが南半球の空の残っていた空間に、「けんびきょう座」や「らしんばん座」など16の星座を作っています。
まだまだ、新星座の発見は続き、17~18世紀にかけては更に新しい星座が生まれています。

星空の住所的存在の88星座

星空の住所的存在の88星座

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新星座ブームにより数多く星座が作られたことで、境界線が守られず2つの星座にまたがる星などができてしまい夜空は混乱状態になりました。
1930年には世界中の天文学者たちが集まり星座の総数を88星座と決定し、赤経や赤緯にそって境界が決められています。
なんだか、こうやって星座の成り立ちを見ていると、新しい星座を作ってみたくなりますね。

新星には「いて座新星2001」などが誕生し、現在、星座は絵を結ぶ特定の星を指すものではなく一定領域を示すものとされました。
この88星座は、最近よく耳にする「○○座流星群」や新彗星が発見されると「○○座に出現」という風に正式なものにも使われており、現在の役割は星空の住所といったものなんですよ。

1つ増えて13星座になった黄道の12星座

1つ増えて13星座になった黄道の12星座

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ちょっと前にNASAで13番目の星座の存在が認められたと、アメリカを始め日本でも話題となった13番目の星座「へびつかい座」。
ワイドショーなどでも毎日のように取り上げられ、性格や人生が変わってしまうの?とセンセーショナルを巻き起こしたことは記憶に新しいですね。
11月29日から12月16日の間に生まれた人はへびつかい座になるという説が一気に拡散し、喜んだ人も悲しんだ人も千差万別でした。

NASAによると、「これは天文学的なもので占星術とは関係ありません」と9月21日にツイッターで公式に否定しました。
これは、12ヶ月カレンダーにも影響するとして除外されたとの説があります。
中には13星座説を支持する人も多いとか?どちらを信じるかは、個人の考え方といったところでしょうか?でも、昨日までみずがめ座だった人が実はやぎ座だったとか、うお座として生きていたのにみずがめ座になってしまったなんて結構切実かも。
占星術なんて“まやかし”とかって思っていましたが、毎日見ている占いが変わってくるなんて複雑な気持ちがしますね。

次のページでは『星空ナイトツアー』を掲載!
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Writer:

世界遺産ブームをきっかけに歴史に目覚めてから、国や城、庭園などの成り立ちに魅了された主婦です。何だろう?と思ったことを調べて、皆さんにお伝えすることで気持ちを共有できたら幸せだな~と感じながら仕事をしています。ちょっとマニアックな歴史記事ですが、軽い気持ちで触れてみてくださいね!

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