もうひとつのハワイがここに。「ハワイ火山国立公園」とハワイの歴史

ハワイは日本人にとっておなじみの旅行先。
ゆったりとした時間をのんびり過ごしたり、お買い物を楽しんだり、新しいホテルやショッピングモールがどんどん建って、マッサージなんかも手軽にできる、どこか現代的な楽園のイメージがあります。

それはハワイの中でもほんの一部の都心だけ。街を抜けるとそこには豊かで厳しい自然に感謝と畏怖を持って生きてきたハワイ人たちの文化を感じることができます。
そこは「アメリカ」ではなく全く別の「ハワイ」という国。
ハワイの人々が感じてきた自然に一番近い場所「ハワイ火山国立公園」を中心にもう一つのハワイをのぞいてみましょう。


ハワイの誕生

ハワイの誕生

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大地から湧き上がる島々

まずはハワイ諸島全体がどうやって生まれて今のような島々になったのか見てみましょう。

ハワイ諸島は大西洋の南側に位置している大小8つの島で構成された島です。

ビッグアイランドと呼ばれるハワイ島が一番大きく、一番東側にあり、そこから西にオアフ島・カウアイ島・マウイ島などが並んでいます。

この島々は地球が誕生した時からその場所にあったわけではなく、現在のハワイ島の地下深くにあるホットスポット(マグマだまり)が噴火して地殻を破ってマグマが噴出した結果に島ができるのです。

そして生まれた島は地球の表面の地殻の下にあるプレートが西にずれていくことでその位置を西へと動いていきます。
今でも年に6~10cm西にずれており、一番西にあるミッドウェー島は誕生して3000万年たつのでハワイ島からずいぶんと西に離れています。
そして島は動いていくと同時に浸食されていきどんどん小さくなっていきます。
ハワイ諸島では西に行くほど古くに生まれた島で、小さくなりいずれ消滅。

一番東にあるハワイ島はいまだにホットスポットから噴き出すマグマから大地が生まれている最も若い島なのです。

南からやってた人々

マグマの力で生まれた小さな大地たちの島には当然ですが、人間はおりません。
ではどうやって人がすむようになったのでしょうか。

今のハワイ人ははるか南から海を渡ってきたポリネシア人を祖先とした人々だと言われています。

その証拠はたくさんあり、まずはハワイ王家に伝わる信仰の神々が同じであること。
また、サモアの地域で育成している明らかにハワイの古来種ではない植物と食べ物があること。
その他、ポリネシア人が住んでいたタヒチやマウリとの共通点が多数見受けられることです。

伝承ではポリネシアの「カネの黄色の土地」と呼ばれる国に住んでいた、遠洋漁業の達人であったハワイイロアという人物が最初にハワイに住んだ人物だと言われています。

伝説の漁師だった彼は1年にも及ぶ遠洋航海にしばしば出かけるほどの腕前だったそうです。

そのハワイイロアの船の航海士マカリイが東の方角に船を進めるように進言しました。
「ホク・ウラ(赤い星でおうし座のアルデバランだと言われています)」が導いてくれると信じ、船を進めてたどり着いたのが誰も住んでいなかったハワイ諸島でした。

ハワイイロアとは「大ハワイ」という意味だったためその名前「ハワイ」がハワイ島の名前になったのです。

謎だった古代の航海技術

謎だった古代の航海技術

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星の羅針盤がハワイへと導いてくれる

先のハワイイロアの伝承では彼らは一度来てそのままハワイに住みついたのではなく、住みよい場所だとわかってから、彼らの一族郎党を引き連れて移住しています。
妻フアラライの名はハワイ島コナ地殻の山の名前に残っており、長男はマウイで二男がカウアイ。
愛する娘の名前はオアフとハワイ各地の名前の由来となったのです。

これらのことから考えると彼らはたまたま偶然にハワイ島を見つけましたが、その位置を把握して行き来をできる航海術を持っていたことが伺えます。

ハワイイロアの航海士マカリイがハワイへ連れて行ってくれたわけですが、その時に使われていた航海術は時代とともに忘れ去られ、現代では明確に航海術としてハワイには残っていません。

彼らは星を羅針盤にしてその動きを読んでいたということはわかっています。
その技術はミクロネシアの伝統的航海術に近いのではないかと考えられていました。

現在でも明確にその方法が見つかったわけではありませんが、1970年代には古代ハワイの伝統的な技術や文化を見直して復興する動きがあり、その一環として古代の航海術を再現するプロジェクトが起こりました。

実証された伝統的航海術

1975年に行われた「ホクレア号プロジェクト」は考古学者のベン・フィーニーが中心となって立ち上げたポリネシア航海協会が始めたものです。

カヌーの素材はグラスファイバーでしたがその形は古代のものを再現し、タヒチまでの航海を行いました。

星の航海士がハワイにはいなかったため、ミクロネシアのサルワタ島から星を読む航海士マウ・ピアイルグがその技術を提供したことで再現が成功しました。

星の航海術はコンパスなどを使わず、基準となる方向の星で現在地を把握します。

そして、さまざまな島の影の形を元に距離感や向きを調整し、潮の流れを読みながら進んでいきます。
また漂流物や鳥の動きなどからその位置と方向や島の距離感を導きだします。

その情報は幼いころからの経験値で培うだけでなく、口伝えの歌などで伝承していたと考えられています。
船乗りたちの歌はどこの地域でもみられるものですが、文字を持たない彼らにとって船を導くとても大事な伝承でした。

季節によって変わる星の動きや潮の流れ、周辺の島の形状などあらゆる情報を元に船を進めていく技術は現代のレーダーなどになれた私たちには驚きの技術です。

大地が生まれる場所・ハワイ火山国立公園

大地が生まれる場所・ハワイ火山国立公園

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ビッグアイランドのど真ん中にある公園

こうしてはるか南より移住してきたポリネシアの人々が住みやすいとしてきたハワイ諸島の中で一番大きな島であるハワイ島を見ていきましょう。

ハワイ島全体をみると高い山が島の真ん中にあり、北側の標高4205mのマウナケアと南側の標高4169mのマウナロアがあります。
富士山よりも高い山の尾根が広く長い、よく似た双子の火山がドンとあるのです。

ハワイ島の真ん中に横たわる高峰のせいで、年中吹く北東貿易風が山にぶつかり、東側の地域にある経済の中心地・ヒロはいつも曇り空でよく雨が降る地域。
ヒロには日系人が多く、彼らの間では「弁当忘れても傘忘れるな」と言われているほどです。

しかし、反対に西側のコナ海岸沿いは降水量が少なく、とても乾燥しており、溶岩の砂漠がつづきます。
そのため、絶好のビーチリゾート地としてたくさんのホテルが立ち並んでおり、日本人観光客にも人気の地域です。

活火山であるマウナロアの東側には現在も火口から溶岩を噴出しているキラウェア火山があります。
この二つの火山を含む南東地域が「ハワイ火山国立公園」です。

体全体で自然を体感する

世界遺産の公園の中は自然にあふれており、さまざまなアクティビティを通して自然に触れることができるようになっています。

直径4.5km深さ130mの巨大なキラウエア火山を一周する18.7kmのクレーターリムトレイルを楽しむこともできます。

また、キラウエア火山の火口ハレマウマウ火口のすぐそばには溶岩流の外側が冷えて固まり、内側の熱い溶岩が流れ出たためにできた長さ160m直径4mの溶岩トンネルもあります。

中でもサーストン溶岩トンネルは有名で、日本人にはパワースポットとして人気のようです。
この溶岩トンネルの中で溶岩が通り過ぎた跡を見ることができ、さらにこのトンネルの前後にはハワイ特有のシダ植物が群生するジャングルがあることからちょっとした冒険気分を味わうこともできます。

公園内の唯一のホテルボルケーノハウスがあります。
このホテルからはハレマウマウの火口が間近に見えるため観光客に人気です。

先にもお伝えして通りハワイ島は一番若い島で、未だに火山の噴火はやむことなく年々西に動きながらも島自体は徐々に大きさを増していっています。

溶岩が新たな大地を生み出すなど、火山活動により風景は絶え間なく変化し、ダイナミックに地球が変化していく過程が比較的安全に見られる稀有な地域として1987年に世界遺産に登録されました。

空と大地に抱かれるハワイ火山国立公園

空と大地に抱かれるハワイ火山国立公園

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足の裏に大地の熱を感じて

キラウエア火山の南に広がるチェーン・オブ・クレーター道路沿いの大溶岩原があります。

ハワイの火山の溶岩には粘性が低く早く流れるパホエホエ(ハワイ語で「滑らか」)と、粘性が強くゆっくり障害物を飲み込みながら流れるアア(ハワイ語で「デコボコした」)の2種があり、前者は縄を並べたようで表面がなめらか、後者はゴツゴツしているので見た目で区別がつきます。

途中で道路は今も最も活発な火山活動が続くプウ・オオ火口から流れる溶岩で埋め尽くされ海岸で行き止まりに。
その先は溶岩を歩いて探索できます。
まだ熱を持っているパホエホエとアアの2種の溶岩の違いが歩いてみるとよくわかります。
固まって間がないアアなどは鋭利にとがっていることもあり、踏むとパリパリと音がするそう。
そんな新しくできたばかりの溶岩の大地を進んでいくととても神秘的な場所へたどり着きます。

オーシャンエントリーと呼ばれる真っ赤に燃える溶岩と海が出会う場所です。

熱い溶岩が海へ流れ込むと水蒸気が立ち上り、真っ赤な溶岩は冷えて固まり黒くなります。
途絶えることのない大地が生まれる熱と色と轟音は地球の奥から響く鼓動のようです。

危険だけど夢のような満点の星空

マウナロアは活火山でもあり国立公園の中にあるため徒歩での登山のみが可能です。
さすがに4,000mを超える山に登るのは難しいですよね。
それならば双子のような山、マウナケアの登山と星空観測ツアーがオススメです。

マウナロアもマウナケアもどちらも遠くから見ると尾根がとてもなだらかなため、そんなに高い山に見えないのですが、実際は標高4000mを越えていますので、一気に登ってはとても危険。
2000mくらいで一旦休憩をして高さになれながら頂上を目指します。

マウナケアの名前はハワイ語で「白い山」。
その名の通り冬には雪が積もるのです。
雲はたいてい山頂よりも下に発生するので、年間300日以上が晴天。
しかも大気中の水蒸気が少なく光汚染の影響も少ないので星空が大変クリアに見えます。

そしてハワイは北半球の星も南半球の星も見ることができるという立地。
いろいろな意味で観測には最高の条件が揃っています。
そのため日本の「すばる」をはじめとした世界各国の天文台が山頂には並んでいます。

標高が高いため当然気温は低く、夏でも防寒対策は必須。
さらに高山病にもなりやすいため注意しましょう。

ここからの日没は雲海に沈む夕日のオレンジ色がひときわ鮮やかに燃え、夕闇に天文台群のシルエットが浮かび大変幻想的です。

マウナケアの頂上は日没までしか入ることができないので、夕日鑑賞を終えて引き続き星座観察をするなら標高2800mのオニヅカ・スペースセンターまで降りましょう。
空を見上げると、そこには360度満点の星が。
8インチの天体望遠鏡をのぞかせてもらうと天の川や星雲、星団などがはっきりと見えて夢のように美しい星空を観察することができます。

怒りん坊な火山の女神・ペレ

怒りん坊な火山の女神・ペレ

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ペレの機嫌を損ねると噴火レベルの怒りが!

ハワイ火山国立公園にとても縁のある女神様がいます。
キラウェア火山のハレマウマウ火口にすむとされる火山の女神・ペレです。

超絶な美女で彼女に近付いた男性はすぐに虜になりますが、彼女はとても気性が激しく、怒りん坊な女神。
気まぐれな彼女の怒りを買って悲劇な結末を迎える男性が多いのです。

それはいつも前触れもなく噴火してありあらゆるものを飲み込んでしまう溶岩を噴出する火山そっくりな気性から、火山はペレの化身であるともいわれます。

キラウェア火山の火口やマウナロアなどの山頂に「ヘイアウ」という祭壇が残っています。
ここでハワイの人々は火山が噴火しないように、ペレの怒りが爆発しないよう捧げものをしたり祈りを捧げていたのです。

火山の噴火は農作物や家を丸ごと飲み込んでしまうため恐怖と畏怖の気持ちはあります。
それと同時に、噴火によって新しい大地が生まれそれが今の恵みにつながっていることは古代のハワイ人もわかっていたのでしょう。
怖いと思いながらも常に身近にいる神としてペレを祀っていたようです。

伝承では、ペレはもともとハワイの火山に住んでいたわけではありませんでした。

ペレはカウアイ島やオアフ、マウイ島などハワイ諸島を転々と移り住み、現在ではハワイ島のキラウェア火山のハレマウマウに落ち着いていたと言われます。
伝られているペレが移り住んだ経路と地学的に火山活動により島々が生まれた順番がピッタリと一致。
つまり伝承は作り話ではなく、本当に起きたことを神話にして伝えていたのだと考えられますね。

永遠のライバル雪の女神とわかり合えなかった夫

ペレにまつわる神話はいくつか残っており、その中の二つを紹介します。

一つ目はペレの強烈な競争心を感じるエピソードです。
ハワイ島のマウナケアの北西に雪の女神ポリアフが住んでいました。
ある日このポリアフが人間たちと草ソリで遊んでいたところ、とても豪華な美女が現れます。
男性たちはこの美女を草ソリに誘います。
この美女こそ、ペレです。
ポリアフと草ソリを始めますがペレは何度勝負してもポリアフに勝てません。
ついにはポリアフの前に火口を出現させて溶岩で行く手を阻んで勝利します。
これに怒ったポリアフは冷気を吹きかけ溶岩を固まらせ火口をふさぐなどをして応戦。
火と雪の戦いが繰り広げられ、それが今のハワイ島北西にあるラウパホエホエの奇岩風景として残っていると伝えられています。

このポリアフとの戦いはいつもペレが負けて終わるので、永遠のライバルとされています。
そのため、ハワイ島は北側のマウナケアはポリアフが、マウナロア以南はペレのものと言われています。

そして二つ目はペレの元夫のカマプアアとのお話。
カマプアアはオアフ島の半神半人の男神で、普段は美男子ですが、怒ると豚の姿になる神様です。
ハワイ島の農業には豚が欠かせなかったためこの神様は農業と海の神でした。
結婚した二人の夫婦喧嘩はハワイ島を揺るがすほどの大喧嘩。
火山の噴火と海の洪水で農地が荒れては再生する様子が反映されています。
結局二人は離婚し、カマプアアは海底の姫と結婚してしまいます。
ペレは後に彼を恋しがって歌を歌っていると言われており、先のオーシャンエントリーも轟音もペレの彼への歌なのかもしれません。

ハワイの神様とフラダンス

ハワイの神様とフラダンス

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フラダンスとはなにか

フラダンスの「フラ」はハワイ語で「ダンス」のこと。
意味としてダンスダンスとなってしまうのでハワイでは「フラ」と呼ばれます。

フラと聞くと私たちにもおなじみの踊りですよね。
ウクレレなどのギターと優しい歌が流れる中、女性がカラフルな衣装を身にまとい、ゆったりとした動きで踊るダンス。

これは19世紀に一度禁止されらフラを復活させて、より広めていくために作られた現代版のフラで、ハワイでは「フラ・アウアナ」と呼ばれる種類のフラになります。

フラ・アウアナの特徴は、和音を奏でるギターやウクレレの伴奏で恋や自然の歌を踊ること。
とても陽気なハワイアンな雰囲気を奏でる楽曲やちょっとバラード調の優しいものまで幅広く、新しいフラの曲が作られています。
踊り手はカラフルな花柄や葉のイラストがプリントされたワンピースやスカートをまとい、頭にはお花の飾りを付けることもあります。

見ている観客も思わず体が揺れて一緒に踊ってしまいたくなる楽しい踊りというイメージのフラ・アウアナ。
これはハワイの文化の一つとして広く愛されている踊りです。

古来の神に祈る踊りフラ

では、その一方で禁止される前のフラとはどういうものだったのでしょうか。

文字を持たなかったハワイ人たちは、フラを通して神に祈りを捧げると同時に自分たちの歴史や物語を後世に残していました。
神に捧げた古典の踊りは「フラ・カヒコ」と呼び、先のアウアナとは区別されています。

フラ・カヒコの特徴は、打楽器の伴奏で詠唱(チャント)と呼ばれる詩に節をつけた歌とともに、その詩の内容を踊りで表現したものです。
装いも儀式に臨む姿のため、身にまとうものはティーツリーの葉でできた腰蓑や大地や海からの木の実や貝殻など自然なものだけでした。
そして花を身につけることはあまりありませんでした。

踊る場所ももちろんステージなどではなく、聖なる場所や物への感謝と祈りを捧げる場所「ヘイアウ」の前で一度体を清めた後に踊ったのです。

この踊りは誰でも踊ってよいものではありません。
神に祈りを捧げ、大事な自分たちの歴史を表し伝える役割があります。
伝承者であるクム・フラ(フラの先生)がその踊りの素質と容姿をもとに選んだ者にだけカヒコを伝えていきます。
その詩歌の内容を理解し、それを表現できる技術が身について許しを得たものだけが人前で踊ることが許されたのです。

ハワイ島に昔から生きている植物たち

ハワイ島に昔から生きている植物たち

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Writer:

旨いものとヨーロッパが大好きなアラフォー女子。背中に羽の生えたペガサスのようにジャンルを問わず様々なことに興味を持ってはアレコレと調べるクセがあります。 1人でも多くの方が、今まで見たことのない景色や面白さを感じていただけるような記事を書けるよう、精進の日々です。

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