何故起きた?中世で100年続いた英仏の「百年戦争」

気軽に百年戦争と呼んでいますが、考えてみると1世紀以上に亘って続いた戦争です。なんでそんなに争い続けたの?って思いませんか。この歴史の裏にはフランス軍が弱小でイギリス軍が追い詰めていったことで始まった推移や英仏王家の関係、封建国家から近代国家へと移り変わる時代の変化を垣間見られ楽しいかも。今回は、「英仏の百年戦争」の歴史に少しだけ触れてみたいと思います。

どうして百年戦争が始まったの?

どうして百年戦争が始まったの?

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1337~1453年にイギリスとフランスで本当に起きた百年戦争。
簡単にいうとフランス王国の王位継承を巡り始まったもので、この戦争の結果によりフランスとイギリスの国境線がほぼ現在の形に決まったんです。
百年戦争が始まった理由については諸説があり、詳しいことはまだ分かっていません。
いわば長年蓄積した両国の関係が引き起こしたともいえます。
直接の起因は、フランス王位継承問題でした。
この継承問題は後継ぎがいなかったなどの簡単なものではなく、複雑に絡み合ったフランス王室とイギリス王室の関係にあったのです。
いわば婚姻関係による両国王の関係から、争いへと発展していったといった方が確実でしょう。

フランスは、昔から王家の血を引いたものが王位を継承していました。
シャルル4世の後にカペー朝が途絶えると、フィリップ6世が即位してヴァロワ朝を開きました。
イギリスでは、シャルル4世の妹がプランタジェット朝の後継ぎを産んでいます。
その王子エドワード3世は、イギリスにいながらにしてフランス王位継承権を持っていることが分かるでしょうか?シャルル4世には男子の後継ぎがおらず、男性の兄弟もいませんでした。
エドワード3世はシャルル4世に一番近いのは、自分だと主張したのです。
これをきっかけに、これまでの両王国が抑えていたさまざまな感情が爆発し戦争へと進んでいきました。
1337年11月1日にエドワード3世がヴァロア家に挑戦状を送ったことから百年戦争が始まり、1453年10月19日のボルドー陥落まで116年に及んで戦い続けています。

エドワード戦争とフランスの内乱

エドワード戦争とフランスの内乱

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最初の戦争は、エドワード戦争と呼ばれるもので、1337~1360年に戦闘が繰り広げられました。
これは、フィリップ6世が、ギネンヌという地の没収を宣言し、逆にエドワード3世がこれまでフランスが行ってきた臣従関係を放棄し自身がフランス王位継承すると宣言したことによるものです。
この頃、イギリス軍はかつての弱さはなく、脅威の存在になっていました。
それを証拠に、クレシーの戦いやポワティエの戦いで快進撃を見せ、フランス王のジャン2世を捕らえ、ロンドンに連行したのです。

この戦いで、1346年にエドワード3世はノルマンディに上陸し、フィリップ6世をクレシーで破りました。
その1年後に力尽きてフランスは降伏しました。
フランスはやむなく屈辱的なカレー条約を結ぶことになりました。
知恵で勝ち進んだイギリス軍と人数は多かったが統一性のなかったフランスは大差がつき、フランス軍はほぼ全滅したとも伝わっています。
この平和的条約も9年しか続かず、また両国は戦乱の渦へと巻き込まれていくのです。

カレー包囲戦を繰り広げたカレー市にはちょっとした逸話が残っており、カレーの地にはロダン作の像が建てられています。
エドワード3世は「主要メンバー6人を差し出せば、カレー市民全員を助ける」とカレー市民に言いました。
自ら名乗りを上げた6人のカレー市民は、裸足で首にロープを巻いて出頭しました。
この勇気を認めカール3世は、彼らを処刑しなかったというものです。

敗戦で苦悩するフランス国王

敗戦で苦悩するフランス国王

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この敗北と王を捕虜とされたことは、フランス国王にとっては大変なことでした。
軍資金と身代金を払うなどの戦争による後始末の会議が、1356年10月17日にパリで行われていました。
王の代行は王太子シャルルが行っていました。
しかし、商人たちで揃えられた平民議員の力が強くなっており、彼らは王政を剥奪するよう迫ったのです。

シャルルはパリを諦めてプロヴァンスやコンピエーニュで新たな会議を開き、軍資金を得ました。
ジャックリーの乱を抑えることに成功し、シャルルはパリを包囲するとわざと内紛を起こさせ、市民指導者でパリ市長だったエティエンヌ・マルセルを殺害しました。
賠償金や領地を没収されたことにより、立ち直れないほどの打撃を受けたフランスでしたが、賢王シャルル5世が、内政改革や外交主案が優れていたこともあり、フランスの財政基盤を見事安定させました。
それだけでなく名将デュ・ゲグランと共に奪われた領土も回復しています。
敏腕だったんですね!シャルル5世は税改革を見事に成功させたことにより、「税金の父」と呼ばれました。
でも、亡くなる前には重税で一揆などが起こり減税も決定しています。

エドワード3世の死と新たな戦い

エドワード3世の死と新たな戦い

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この間も様々な戦争が起こりフランス優位の戦況となったことで、エドワード3世とシャルル5世はブルッへで、1375年7月1日に2年間の休戦体制が敷かれます。
イングランドは、その後ランカスター朝のヘンリー5世が王となりました。
ブルゴーニュ派との同盟を締結し、アジャンクールの戦いで見事オルレアン派を破ったのです。
この後、フランスの内乱を利用しフランス北部に影響力を及ぼしました。
1420年にヘンリー5世は、シャルル6世の子を廃嫡し自身がフランス王となる、トロア条約を結ばせました。
上手くいけばフランス支配は目前でした。
しかし、ヘンリー5世は支配する前に死んじゃったのです。
子供もまだ1歳。
これから先、如何なっていくんでしょうね。

救いの女神!ジャンヌ・ダルクの登場

救いの女神!ジャンヌ・ダルクの登場

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廃嫡されたシャルル6世の子は、フランス王シャルル7世となりました。
彼はブールジュで抵抗をはじめますが、「ブールジュ王」と蔑まれてしまいました。
1428年10月にイギリス軍は攻勢に出て、シャルル7世に味方したアルマニャック派の拠点であるオルレアンを攻め、周囲に城壁を築き街を包囲しました。
オルレアン市民は食料不足と病気のために戦う気力を失っていました。

ここで登場するのがジャンヌ・ダルク。
熱心なキリスト教の信者だった彼女は、神のお告げとして「フランスを救え。
まずヴォークルールの守衛官ボードリクールに会いに行け」と立ち上がりました。
彼女はシャルル7世により、イギリス軍が包囲するオルレアンに到達したのです。
これにより、フランス軍は息を吹き返すことができました。
イギリス軍を討ち破りながらランスへ向かい1429年7月17日にシャルル7世を大聖堂で戴冠させフランス王を誕生させました。
この後、ジャンヌはパリ奪還に失敗しイギリスに売り渡され、火刑によって殺されました。

ジャンヌが残した功績は大きかった

ジャンヌが残した功績は大きかった

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しかし、フランスの勢いは止まらず、イギリスの内政悪化もありイギリスを圧倒しました。
1453年10月19日、この日がやっときました。
もう、お判りでしょう。
やっと百年戦争は終焉を迎えました。
本当に長い年月がかかりましたが、エドワード3世が起こした、フランスにイギリスが攻め込んだ長い戦いがやっと終わったのです。
イギリス王の都市、ボルドーが陥落しイギリス軍は、フランス領から完全に撤退することとなりました。

イギリスに百年戦争がもたらした、疲弊は大きいものでした。
ヘンリーは脳神経疾患を起こし、イギリス諸侯の反乱という薔薇戦争も勃発。
しかし、テューダー朝のヘンリー7世が、即位し王権強化が進みました。
一方、勝利したフランスも集権化が進みました。
百年戦争は「近代国家への出発点」となりました。
でも、混乱は続き1494年以降もイタリア戦争などもあり、絶対君主制の道を歩んでいきます。

百年戦争は、百年に至る英仏王室の意地の張り合いだったのかも

百年以上、フランスとイギリスを苦しめた百年戦争は、両国に大損害を与えました。
この戦争で封建社会が崩れ、新しい時代がきたものの、時代が過ぎ去り、また、両国は王室権力が復活しています。
この後、王政復興へと突き進みました。
歴史は繰り返されるものなのですね。
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ピーターラビット

Writer:

世界遺産ブームをきっかけに歴史に目覚めてから、国や城、庭園などの成り立ちに魅了された主婦です。何だろう?と思ったことを調べて、皆さんにお伝えすることで気持ちを共有できたら幸せだな~と感じながら仕事をしています。ちょっとマニアックな歴史記事ですが、軽い気持ちで触れてみてくださいね!

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