観光前に知りたい!ミシュランにも輝いた名庭のある「詩仙堂」の歴史見どころ

「詩仙堂」。ここは、京都好きなら知る人ぞ知るお寺です。JR東海のCMとなったことでも有名。繁華街から外れた場所にひっそりと佇む見事な庭園は私たちを幽玄の世界へと導いてくれます。『ミシュラングリーンガイド』(観光地を星付きで評価するガイドブック)でも一つ星に輝いている名庭園があります。白砂を敷き詰めた書院前の唐様庭園には、春はさつき・夏は青空と楓・秋は紅葉に山茶花・冬には真っ白な雪と四季折々の素晴らしい風情を楽しむことができます。著者も京都中で一番好きな寺院です。今回は、国の史跡にも指定されている詩仙堂の歴史と見どころについてご紹介していきます。

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詩仙堂とは

詩仙堂の歴史

詩仙堂の歴史

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詩仙堂は、江戸時代初期の文人で徳川家の家臣でもあった石川丈山(いしかわじょうざん)が隠居のため造営した山荘です。
1941年(寛永18年)、石川丈山が59才 の時に造営されました。
石京都市左京区一乗寺門口町にあり、国の史跡に指定されています。
1966年(昭和41年)に寺院に改められ、現在は曹洞宗の丈山寺(じょうざんじ)となっています。

詩仙堂の名前は、中国の詩家36人の肖像を掲げた詩仙堂内にある「詩仙の間」を由来としています。
この36人の 詩仙は日本の三十六歌仙にならって、朱子学派儒学者である林羅山(はやしらざん)の意見を踏まえて漢晋唐宋の各時代から選ばれたと言われています。
詩仙の間には、四方の壁に36人の詩人の座が掲げられており、すべて幼い頃から傑出した才能があり、天才と呼ばれた絵師である狩野探幽の筆によるもので、そこに書かれている詩文は、石川丈山本人が隷書体(漢字の書体の一つ)で書いたものです。

特に南面に開ける庭園は、とても素晴らしく石川丈山自らが作庭したもの。
丈山好みという唐様庭園となっています。
一面には敷きつめられた白砂と、美しく丸く刈り込まれたさつきが見事です。
これは、白砂は大海を表しており、さつきは連山を表現していると言われています。
東の隅の滝口から建南に曲がって紅葉谷へと水の流れが向かっています。
春は美しい緑・藤・つつじ、夏は美しい青空と楓、秋は素晴らしい紅葉に山茶花、冬は一面の雪景色が広がり四季折々の風景が楽しめる名庭です。

そして、この庭園には日本初の「鹿おどし(ししおどし)」があります。
「かこーん」と鳴り響く、竹筒に水を引き入れて、水の重みによって竹筒を傾けてその弾みで下にある石を打ち音を出すもので、「そうず」とも言います。
これは、石川丈山が考案したと言われています。
閑静なお堂の空気を破って木霊するそうずの音は心に染み、石川丈山の世界に引き込まれていきます。
詩仙堂は、建造物は、多少の変貌を遂げましたが、天災地変の難を逃れており庭園と共に当時をそのままに偲ぶことが出来ます。

詩仙堂のご本尊

詩仙堂のご本尊

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詩仙堂は、庭園で有名です。
しかし、現在は曹洞宗の丈山寺という立派な寺院ですので、ご本尊がもちろんあります。
馬郎婦観音菩薩立像(めろうふかんのんぼさつりつぞう)がご本尊です。
ご利益は、所願成就・学業成就。
堂内には、冠を頂き、両手を柔らかく前に組んだ観音木像が安置されています。

馬郎婦観音は、仏様は通常性別がない中で女性としてハッキリしている仏様です。
中国唐時代に伝わる伝説から生じた観音様。
馬氏という男の妻に応現(姿を変えて現れること)した観音様で、妄念や煩悩にとらわれて、学問のみしかしなかった若者に、尊い仏法を教えるため、妻として変身して悟らせたというお話から信仰されてきた観音様です。
人の心を開いて、教え諭すために妙麗な婦人となったと言われています。
詩仙堂は、詩仙の間や庭園が有名ですが、訪れた際はぜひともこのたおやかな観音様を拝んで見て下さいね。

詩仙堂 日常生活の6つの規律

石川丈山は63歳の時、日常生活の規律として「六忽銘」(漢詩)を板に彫って、それを日常よく目に付く台所に掲げました。
現在は、詩仙の間と至楽巣の入り口に掛けられています。

1.火を粗末に取り扱うな。

2.盗賊を防ぐことを忘れるな。

3.朝早く起きることをいとうな。

4.粗食をいとうな。

5.倹約と勤勉を変えてはならぬ。

6.掃除をおこたるな。

また、この板の裏には「既飽」(きほう)と記されており、既に満腹であり腹八分目の大切さを表していると言われています。
石川丈山の質素で慎ましく暮らした生活ぶりが窺い知ることができる規律となっています。
人として当たり前のことのようなことが書かれていますすが、時代や流行など周囲の人々に流されることなく、自分らしく分相応に生きていくことの大切さ、そしてそのような暮らしこそが、心にも体にも優しく人として美しく生きていくことなのだと教えてくれているようですね。

石川丈山とは

丈山の幼少期

丈山の幼少期

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石川丈山は、「稀代の文人」と賞せられた人物。
1583年(天正11年)に父・石川信忠の長男として生まれました。
丈山の諱は重之。
代々徳川家に仕えた武士でした。
祖父石川正信は、1584年(天正12年)豊臣秀吉と徳川家康の織田信長死後の家督を巡って争った豊臣秀吉と徳川家康による長久手の戦いで奮戦、父信忠も瀕死の重傷をおいながらも敵を倒すなど、石川家は武勲の家柄でした。
また、母は徳川家康の知恵袋として有名な本多佐渡守正信を叔父とする本多家の出でした。

幼少期より優れていたと伝わります。
二歳の時の祭りの光景を後年まで記憶していたり、四歳の時に祖父と6里(約23キロ)の道を歩いたと伝わっています。
五歳の時に疱瘡(天然痘)を煩った際も、傷口を切開し血がほとばしっていても石川丈山は平常心であったと言われています。
そのような様を見て父信忠は、『この子は普通の子供ではない。
将来日本一の英俊となるかもしくは、日本一の悪人となるであろう』と常に言い、生まれてから膝の上においたことがなかったと言われています。

丈山の少年期

石川丈山の少年期は、織田信長が亡くなり豊臣秀吉が天下を統一したころです。
7歳の時、石川家の主君であった徳川家康が江戸に赴いたため、丈山も父信定に伴われて江戸に行きます。
13歳の時に、優れた武士になりたいと思い、士官を父に願いでますが許されず、 夜ひそかに家出をし、大叔父のいる忍城(現在の埼玉県)を訪ねてその地で武士としての修行をしました。

16歳の時に、父を失くし母方の親類である松平正綱によって、 石川丈山は徳川家康に仕えることになります。
その後、33歳までの17年間を徳川家康に従うこことなります。
18歳の時には、天下分け目の関が原の戦いにも参戦。
石川丈山の武勇と忠勤ぶりに徳川家康は厚い信任を寄せたと言われています。
石川丈山は情にも厚く、親友が病に倒れた際には、昼は通常に出仕し、夜は親友の看病にと眠21日の間、一睡もしなかったと伝えられています。
また、25歳の時には、駿府城で大火事が起きた際、まだ5歳であった水戸藩主・徳川頼房とその乳母を丈山は火の中に飛び込んで救出した逸話が残っています。

丈山の転機

石川丈山に転機が訪れるのは、1615年(元和元年)の大阪夏の陣です。
この時、丈山は33歳でした。
腸チフスの病に懸っていた丈山でしたが、母からの叱咤激励の手紙を読み、先陣を切って一番乗りで敵に攻め込みました。
しかし、この戦では徳川家康は勝ち戦を確信しており、損害を出さないためにも「先陣争い(一番乗り)」を厳しく禁じていたのです。

丈山は、多くの傷を負いながらも敵方の大将を討ち取りました。
武勇を誉めたたえる声もありましたが、石川丈山は「本日の先陣争いは、祖先の名を辱めないためにおこなった」と答え、手柄を誇ることはなかったと言います。
多くの手柄を立てた石川丈山でしたが、軍令違反のかどで蟄居(謹慎)を命じられ、そのまま浪人となり髪を削いで京都の妙心寺に入ってしまいました。

丈山、儒学を学ぶそして、再出仕

丈山、儒学を学ぶそして、再出仕

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石川丈山は、妙心寺に入った後は学問に打ち込むようになります。
34歳の時、江戸にいた母が病気との知らせが丈山に届き、 丈山は母の看病に尽くします。
看病をしている際には、中国最古の 詩文選集と言われる『文選』(中国古典文学の研究者にとって必読書とされる書物で、賦・詩・文章800余りの作品が全30巻に納められている)をわずか30日に読破したと言われています。



35歳の時に、旧知の林羅山の勧めによって近世儒学の始祖と言われる藤原惺窩に師事し、禅を中心とした学問だけでなく儒学を学ぶ学問の幅を広げることとなります。
文武に優れた丈山は、評判となり様々な藩から仕官の誘いが多かったものの、仕官するつもりはなく、悠々自適な生活を贈っていました。

しかし病気がちな母を養うために41歳の時、紀州(現在の和歌山県)の浅野家に仕官し、その後浅野家の転封に伴い、安芸(現在の広島県)に赴き、そこで母と共に13年間を過ごします。
丈山が53歳の時、母が死去。
石川丈山は引退を願い出ますがなかなか許されず、強引に退去し京都に出て、寛永相国寺の近くに睡竹堂をつくり隠棲を始めます。

丈山、隠遁する

京都に戻った丈山は、相国寺の側に「睡竹堂」という居を構えて隠棲生活を開始します。
睡竹堂に住むこと4年。
この間に終生の住処を求めていた石川丈山は、京都の北東にある一乗寺村に、とうとうその地を見つけます。
丈山はここを「凹凸窠 」と命名します。
すなわち現在の「詩仙堂」です。
丈山が59歳の時、詩仙堂は落成します。
その後、 石川丈山は亡くなるまで約30年間をここで過ごすことになります。
晩年は戦のことは決して口にしたりせず、他の者に聞かれても「老衰しているので記憶にない」と答えていたそうですが、外出する際には必ず召使いに長刀を持たせ、座敷には刀や弓矢をおいて武士たることを誇りに思い忘れていなかったと伝えられています。
石川丈山は、1672年(寛文12年)眼を患い、病に倒れ生涯独身を貫き90歳の生涯を詩仙堂で幕を閉じました。

石川丈山は、武士や儒学者としてだけでなく、作庭家としても有名でこの詩仙堂の庭園だけでなく、 京都東本願寺別邸にある渉成園や、京都田辺にある一休寺の庭園などが丈山の作として有名です。
また、茶の道にも精通していたと言われ、煎茶の元祖であったとも伝えられています。

詩仙堂の見どころ

凹凸窠 (おうとつか) 十境

詩仙堂は、正確には凹凸窠 (おうとつか) と言います。
詩仙堂は凹凸窠の一室に過ぎないのです。
凹凸窠とは、でこぼこした土地に建てられた住居を意味しており、この詩仙堂の建物や庭園は山の斜面に沿って作られています。
石川丈山は、詩仙の間を含め建物や庭の10個の要素を凹凸窠十境(その土地の景勝10選)と見立てました。

1.小有洞(しょうゆうどう)…詩仙堂の入り口には「史蹟詩仙堂」の碑があり、山茶花と竹林に覆われた小さな門が小有洞。
門の上の扁額に石川丈山直筆の「小有洞」の文字が見えます。

2.老梅関(ろうばいかん)…両側を竹林に囲まれた十数段の石段を上り詰めると大きな梅の木があったことから丈山が名付けた中門・老梅関が現れます。
余談ですが、この門から後ろの建物を見ると、面白い人の顔のように見えますよ。

3.詩仙の間…玄関より座敷に出ると、前方に庭が開けて見えます。
この座敷の奥には石川丈山の遺品が飾られており、鴨居には僧都詩并序( 僧都すなわちししおどしの事を詩に書いた物)が掲げられています。
そしてさらにこの座敷の脇に詩仙の間があります。
壁には獅子が子を谷に落とす図が描かれた扇形の壁間窓があり、四方の壁には中国の詩人36人の画像と詩の額が掲げられています。

4.至楽巣(しらくそう)…風流がある上品ば廊下づたいには、読書室である至楽巣があります。
ここは丈山の書斎だったとも言われています。

5.嘯月楼(しょうげつろう)…書院である祠仙頑の北側にある階段を上がると3畳半ほどの嘯月楼があります。
ここで石川丈山は、漢詩を吟じ、酒を飲みながら東山に浮かぶ月を眺めたと言われます。
当時、楼上からは庭園だけでなく、京都の洛中や大坂城の眺望も可能だったと言われています。

6.膏肓泉(こうこうせん)…至楽巣と呼ばれる読書室の脇にある井戸。
膏肓泉と呼ばれており、膏肓とは、薬も効かぬ所という意味で深い井戸の例えを言います。

7.躍淵軒(やくえんけん)…井戸の脇には、躍淵軒と呼ばれる侍童(貴人の側近くに仕えて雑務などをする少年)の間があります。
この名の由来は、侍童が将来淵に躍る鯉のようになるようとの意味です。

8.洗蒙瀑(せんもうばく)…庭に降りてすぐ左にある岩に囲まれた小さな滝。
人間が本来持っている悩みとか、邪な心など俗世の垢を洗い流してくれる滝と言われています。
小さな滝の音が精神と身体を落ち着かせてくれます。

9.流葉はく(りゅうようはく)….洗蒙瀑から流れ込んでいる浅い池。
流水と塔の石組みであしらわれおち、さつきや美しい緑に彩られた空間となっています。

10.百花塢(ひゃっかのう)…書院の前にある庭から一段下がったところにある回遊式庭園。
百花の花を配したと言われています。
四季折々の花が楽しめ、小さな小川と池が風情を感じさせてくれます。

凹凸窠十二景

凹凸窠十二景

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石川丈山は、詩仙堂の四囲の眺めを「凹凸窠十二景」として、その風景を画家に描かせ自ら詩をつくりました。
この詩は通常は公開されていませんが、毎年5月23日におこなわれる「丈山忌」の後、2数日間一般公開されています。
今は、見ることが出来ない風景も数多くありますが、当時に思いを馳せながら眺めてみるのも趣があり良いかも知れませんね。

1.満蹊桜花…谷の小道に咲き乱れる桜花。

2.前村犁雨 …目の前に見える村で農夫が犁(すき)で田を耕している所に降る雨。

3.厳牆瀑泉 …洗蒙瀑が巌にあたって奏でる音。

4.砌池印月…庭の池の水面にうつる月。

5.渓辺紅葉 …谷川のほとりの燃えるような紅葉。

6.四山高雪…四囲の山の上に降り積もる雪。

7.台嶠閑雲…比叡山に閑かな雲。

8.鴨河長流…西の方向に一糸長く流れている賀茂川。

9.洛陽晩煙 …都の方向に立ち上る夕餉の煙。

10.難波城様…南の方向にはるかに見える大坂城。

11.園外松声…庭の外から聞こえる美しい松風の音。

12.隣曲叢祠…隣村の林の中にある小社。

日本初のししおどし

日本初のししおどし

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詩仙堂は、日本初の「ししおどし」があることでも有名です。
別名「僧都」(そうず)(ししおどしの原型を平安時代・玄賓僧都という人物が発明した)とも言います。
静寂の空間に、鳴り響く「かこーん」という響きは、私たちの心の奥にまで美しく鳴り響いてきます。
筒竹の中に水が注がれ、いっぱいになると傾いて、その下にある石を打ちつけること音が鳴り響く仕組みです。

この美しい響きを、詩仙堂で隠居生活を送る石川丈山は、愛して慰めとしたと伝わっています。
彼がつくる庭には「ししおどし」が観賞用としてはじめて設置されるようになったと言われています。
そして、それがいつしか全国の庭園に広まったといわれています。

詩仙堂の紅葉とライトアップ

詩仙堂の紅葉とライトアップ

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詩仙堂の一番混雑するシーズンは、やはり紅葉の季節です。
詩仙堂の紅葉の見頃は、毎年11月中頃から11月下旬と言われています。
約50本の紅葉が詩仙堂を訪れる人を出迎えてくれます。
詩仙の間から見る庭園には、紅葉が横長に連なっており、さながら絵画のような美しさで私たちを魅了します。
庭に降りると、石川丈山が設計した唐様庭園と相まって、紅葉は風雅な雰囲気が漂い、その燃えるような美しさは格別です。

残念ながら、詩仙堂ではライトアップはおこなわれていません。
残念に思う方も多いと思いますが、詩仙堂から少し歩いたところにある曼殊院門跡では、紅葉のライトアップを見ることができます。
気品あふれる枯山水庭園が、ライトップされると白砂と杉苔、紅葉のコントラストが見事な眺めとなっています。
興味のある方は、開催日など問い合わせてみてくださいね。

詩仙堂 基本情報

詩仙堂 基本情報

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営業時間・料金

営業時間: 午前9時~午後5時(受付は閉門の15分前までです。)

拝観休止日 : 5月23日(丈山忌のため一般拝観休止となっています。)

拝観料:大人500円・高校生400円・小中学生200円 

アクセス・駐車場

アクセス・駐車場

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所在地:〒606-8154京都府京都市左京区一乗寺門口町27

問い合わせ先:075-781-2954

駐車場:詩仙堂専用駐車場はなし。
近隣に有料民間駐車場あり(30台程度)。

バス:市バス5系統岩倉操車場行・北8系統松が岬修学院道行・北8系統高野北大路バスターミナル行・京都バス56系統銀閣寺・詩仙堂行に乗車して、「一乗寺下り松」で下車。
東に徒歩7分。

電車:叡山電鉄本線の一乗寺駅から徒歩で約15分前後。

京都でも屈指の名庭!「詩仙堂」へ

京都でも屈指の名庭!「詩仙堂」へ

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いかがでしたか?詩仙堂の歴史から見どころ、創建して石川丈山の生涯などについて詳しくご紹介しました。
ひっそりと竹林の中に建つ詩仙堂の唐様庭園は眺めても良し、散策しても良しの素晴らしい庭園となっています。
春・夏・秋・冬いつ訪れても四季折々の景色を楽しむことができ、私たちを幽玄の世界へと誘います。
また、この詩仙堂界隈は、少し足を延ばせば曼殊院・圓光寺・金福寺などもあります。
ぜひ、興味のある方は一度訪れてみて下さい。
朝一番で人が少ない時に行くのがゆっくり散策できてオススメです。
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LUAN

Writer:

二児の母。自他共に認める「歴女」。寺社仏閣巡りが趣味。大学時代は、巫女バイトに励み神社の驚愕の裏側を知る。主人の仕事で、ニューヨーク、カリフォルニアに5年間住むことになる。ナショナルパークなどの世界遺産の素晴らしさを実感。ライターという仕事を通して、歴史や世界遺産の素晴らしさを多くの方と共有できれば幸いです。

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