クリスチャンでなくても知っておこう!イエスの生涯とキリスト教の歴史

キリスト教は世界最大の宗教で、およそ23億人、3人に1人が信仰しています。そしてカトリック、プロテスタント、正教会などいろいろな宗派に分かれていて、旅先でもさまざまな遺跡や教会を目にします。ではこうしたキリスト教はどういう歴史をたどってきたのでしょうか。そしてキリスト教を生んだイエスとは、どんな人物だったのでしょうか?ここではイエスの生涯と、その後のキリスト教の歴史を紹介していきます。

イエスの生い立ちと30歳での弟子入り

ナザレの地でユダヤ人のもとに生まれる

ナザレの地でユダヤ人のもとに生まれる

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地中海の東、いまのイスラエルがあるあたりは昔からパレスチナ地方と呼ばれていました。
このパレスチナの北部、ガリラヤ湖(別名ティベリアス湖)の西にナザレという土地があります。
イエスはこのナザレで生まれ育ちました。

イエスの誕生年は西暦1年か、もしくはその数年前だといわれています。
いずれにしても、イエスの生まれた時代は古代ローマ帝国が地中海を支配し、パレスチナもまたその支配下におかれた時代でした。

イエスの父はヨセフといい、現場をわたりあるく貧しい大工でした。
またイエスの母はマリアといいました。
『新約聖書』のなかには、マリアが処女のまま懐妊し、ベツレヘムという土地でイエスを生んだという記述もあります。
イエスがどちらの生まれだとしても、育ったのはナザレです。
また「イエス」という名前は当時ありふれたものだったので、彼はのちに「ナザレのイエス」と呼ばれました。

イエスの両親はユダヤ人でした。
パレスチナには古くからユダヤ人が多く住んでいて、かれらはユダヤ教を信仰していました。
ユダヤ教とはユダヤ人特有の民族宗教で、一神教、きびしい律法、ユダヤ人だけが救われるという選民思想、そして救世主を待望することなどが特徴です。
ユダヤ人たちは他の民族に支配されてきた歴史が長く、みずからのアイデンティティを守るために、こうした特徴的な宗教を生んだのでした。

荒野におもむき、洗礼者ヨハネの弟子になる

イエスの生まれた時代、ユダヤ教はいくつかの宗派に分かれていました。
祭祀階級であるサドカイ派は、聖地エルサレムの神殿で祭祀をとりおこなうとともに、ユダヤ社会の統治をローマから任されていました。
また律法というユダヤ教の決まりごとを重視するパリサイ派は、安息日に休んだり、食事の前には手を洗ったりといったこまかな規則を民衆に教えていました。
そしてエッセネ派とよばれた人々は、世俗社会から離れ、パレスチナの荒野で禁欲的な生活をおくっていました。

このエッセネ派の一人かどうかわかりませんが、西暦30年ごろ、ヨハネという人物がとつぜん荒野に現れて、「悔い改めよ、神の国は近づいた」と唱えます。
ユダヤ人のあいだでは、ユダヤ王国を再建する救世主(ヘブライ語で「メシア」、ギリシア語で「キリスト」)は荒野に現れるという言い伝えがあり、ヨハネのもとにはたくさんの弟子が集まりました。
またヨハネは洗礼という、当時としてはめずらしい儀式をおこなっていました。

このヨハネのもとに、イエスもおもむいたのです。
30歳前後の働きざかりの青年が、家族を置き去りにして、ひとり100キロも南にある荒野へ向かったのはなぜなのか、聖書にもどこにも書かれてはいません。
わかっているのは、イエスが洗礼者ヨハネの弟子になったこと、そしてやがてヨハネの教えにも満足できなくなり、独自の信仰をもつようになったことです。

イエスの教えはなかなか理解されなかった

イエスの宣教、その教えと弟子たち

イエスの宣教、その教えと弟子たち

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洗礼者ヨハネの教団のなかで、イエスの存在は日増しにおおきくなっていましたが、ある日イエスは教団を離れ、故郷近くのガリラヤ湖まで戻ります。
そしてひかえめに、すこしずつ、みずからの考えを周囲の住民たちに語っていきました。
いわゆる宣教のはじまりです。

イエスが語ったのは、神の絶対的な愛でした。
この時代、多くの民衆は貧しく飢えていました。
また徴税人や娼婦、病人や非ユダヤ教徒たちは卑しいものとされ、虐げられ、迫害されていました。
こうした弱い人たちこそ、神から愛され、そして天国に行くことができるとイエスは説いたのです。

またイエスは、この絶対的な愛をみずからも行うことを勧め、同時にユダヤ教の排他的できびしい教えを批判しました。
「『隣人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである、しかし、わたしはあなたがたに言う、敵を愛し、迫害する者のために祈れ」(マタイ福音書5:43)。

こうした宣教によって、イエスのまわりにはしだいに弟子が増えていきました。
ガリラヤ湖で漁師をしていたペテロやヤコブ・ヨハネ兄弟、徴税人だったマタイ、そしてユダなどです。
かれらはイエスとともにガリラヤ湖周辺をまわり、ときにエルサレムまで足をのばしました。
そしてイエスが社会的弱者によりそったり、教えを説いたりするのを間近で見ていきました。







周囲はまとはずれな期待をし、ユダヤ指導者たちは危険視する

しかし、弟子をはじめまわりに集まった人たちは、イエスにたいして、救世主(キリスト)としての役割を期待しました。
ここでいうキリストとは、パレスチナからローマを追い払い、ふたたびユダヤの独立をとりもどすという現実的な意味で使われています。
イエスの新しい考え方、つまりユダヤ教という民族宗教から一歩ふみだした普遍的な考え方は、なかなか理解されなかったのです。
イエスとその集団は、イエス自身の意思とは関係なく、独立運動の過激派として見られるようになりました。

これに神経をとがらせたのが、ユダヤ教のサドカイ派とパリサイ派です。
どちらの宗派もローマ支配下で指導的立場にあったので、もし独立をもとめる反乱でもおきれば、ローマから責任をとらされて、指導的立場を追放されるかもしれません。
つまりかれらは、既得権益を失うのがこわかったのです。
反乱をふせぐには、集団のトップであるイエスを捕まえて、殺してしまう必要がありました。

おりしも、かつてイエスの師匠だった洗礼者ヨハネが、こうしたユダヤ社会の指導者の思惑によって捕えられ、殺されていました。
民衆の期待はますますイエスに集まり、サドカイ派などのユダヤ指導者たちはますますイエスを危険視します。
こうした状況のなかでイエスは、ユダヤ指導者の本拠地、聖地エルサレムに入るのです。

イエスはみずから悲惨な死を選んだ

イエスは自分の逮捕と死を予感していた

イエスは自分の逮捕と死を予感していた

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イエスはエルサレムの城内に入る前にも、入ってからも、自分の死を予感し、すすんで受け入れようとしていたようです。
エルサレム入城直前には、ある女のもてなしに対して「この女はあらかじめ葬儀をしてくれたのだ」と言い、入城後の晩餐では「このパンをわたしの肉、このワインをわたしの血と思え」と告げています。

そして同時にイエスは、弟子たちの裏切りも予想していました。
晩餐の際、ユダにたいして「お前のしたいことをするがいい」と言いはなち、ペテロにたいしては「3度『イエスなど知らない』と言うだろう」と予告します。
そしてじっさいそのとおりになりました。
なぜイエスは、エルサレムに入れば捕まって殺されることを知りながら、すすんでそれを受け入れたのか。
またなぜ弟子たちを突き放したのか。
この疑問はイエスの死後、弟子たちにトゲのように突き刺さることになります。

エルサレムのすぐ東、オリーブ山の麓で休んでいるイエスたちのもとに、ユダヤの警備隊が迫ります。
先導者はユダ。
彼はイエス一行をみつけると、「先生」と言ってイエスに駆けより、警備隊にだれがイエスかを示しました。
ほとんどの弟子が驚きあわてて逃げるなか、イエスはおとなしく捕まり、サドカイ派の祭司の自宅で裁判にかけられました。
あとをつけたペテロは祭司宅の女中から、イエスの弟子ではないかと疑われます。
「そんな人は知らない」、ペテロは3回ウソをつきました。

イエスのみじめな死と、復活

イエスは大衆を扇動した罪で死刑となりました。
当時のパレスチナでは、宗教上の罪の場合はユダヤの律法による石投げの刑でしたが、政治犯の場合は、ローマの刑法にしたがって十字架刑でした。
それでイエスはローマ法にもとづき、からだを鞭打たれたあと、重い十字架を背負ってエルサレム城内を歩かされました。
このイエスが歩いた道は「ヴィア=ドロローサ(苦難の道)」と呼ばれます。

ゴルゴタの丘という処刑場所までたどりつくと、イエスはみずからの運んだ十字架に釘で手足を打ちつけられ、はりつけにされました。
イエスはそこで約3時間、耐えがたい苦痛を味わいました。
民衆はイエスが救世主ではないと知った落胆から、彼に罵声をあびせました。
サドカイ派やパリサイ派の人々もイエスを嘲笑いました。
こうしてイエスは罵声と嘲笑のなかで、30数年の生涯を閉じました。

数日後、マグダラのマリアなど、イエスと関わりのふかかった女たちがイエスの墓を訪れると、墓の石が開いていました。
墓のなかには白衣を着たひとりの少年が座っており、「イエスはよみがえって、ここにはいない」と言いました。
これは「マルコ福音書」の記述ですが、他の福音書でもイエスの復活が書かれています。
ぞっとする話で、当時の人々も信じませんでしたが、弟子たちはしかし、このイエスの復活を確信するようになります。
イエスの死が、弟子たちを変えたのです。

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