『水滸伝』の舞台となっている北宋時代をざっくり知る

中国の読み物の代表は?と聞かれたら、『三国志』『西遊記』『水滸伝(すいこでん)』の3つ挙げる人が多いのではないでしょうか。いずれも小説やコミック、ゲーム、TVドラマなど、様々な形で愛され続けている、不動の人気を誇る傑作活劇です。特に『水滸伝』は近年人気が増しているようで、2011年に中国で巨額の制作費を投じたテレビドラマが放送され、大いに話題となりました。この物語の舞台は今から約1000年ほど前の、北宋という統一王朝の時代。政治は腐り、国は荒廃していました。水のほとりに集いし108人の英傑たちが躍動した北宋時代とはどのような時代だったのでしょう。

悪政を正す英傑たちの熱き物語

愉快痛快!『水滸伝』とは?

北宋という時代を描いた『水滸伝』。

日本でいうところの『忠臣蔵』や『水戸黄門』のように、庶民の間で語り継がれ、講談や芝居、読み物など題材として長きに渡って愛され続けてきた、弱きを助け強きをくじく、英雄譚ともいえる長編小説です。
もちろん完全な創作で登場人物も架空の存在ですが、11世紀頃の中国大陸、北宋王朝に実在した徽宗(きそう)という皇帝や家臣たちが登場していることなどから、読んで史実と見まがう人もいるほど。
登場人物たちは時に強く荒々しく、時に人間臭く、実に生き生きと描かれています。

舞台は今から1000年ほど前の中国大陸。
北宋王朝の政治は腐り、不正や汚職がはびこって、世の中は大変乱れていました。
そんな時代に大志を抱き、正義を貫こうとして世間からはじき出されてしまった好漢たちが、紆余曲折を経て梁山泊に集まってきます。
彼らは一致団結。
多くの弊害を乗り越えつつ、悪徳役人たちを倒していくのです。

梁山泊には数万、数十万の有志が続々と集まりますが、彼らを束ねる頭領は全部で108人。
そのひとりひとりにスポットライトをあてながら物語が進んでいきます。
戦う相手は政府や悪徳役人なのですが、やり過ぎ感満載で、こらしめられた役人たちに同情したくなることもしばしば。
超人か魔術師のような登場人物もいて、歴史小説でありながらSFファンタジーのような不思議な世界観。
こうした一面も、『水滸伝』が長く愛される要因のひとつと言えるのかもしれません。

作者不明?謎に包まれた長編小説

中国には「四大奇書」と呼ばれている4つの長編小説(『三国志演義』『水滸伝』『西遊記』『金瓶梅(きんぺいばい)』)があります。
奇書とは、唯一無二の珍しい本、という意味で、奇想天外なストーリーは多くの人々の注目を集めました。
この4つはどれも長編大作であり、中国内外に広く知れ渡った名著であると同時に、作者がよくわかっていない、という共通点があります。

『水滸伝』も、世界中にファンがいるほど有名な物語ではありますが、誰が書いたものなのか、作者についてはよくわかっていません。
もともと庶民の間で語り継がれてきた講談や演劇などの内容が少しずつまとまってきて、明代中期(16世紀半)頃に長編小説としての形が整ったとされています。
しかし、作者についてはいくつかの説があって、はっきりしていないのです。

実際の『水滸伝』は長編小説というよりテレビドラマの脚本のような形で、100本の話がまとまったもの。
人気が出てきたことで途中に別のエピソードが添えられるようになったり、人気のある部分だけ残して切り捨てて出版するようになったりしていて、「どれが本来の水滸伝なのか」について意見が分かれることもあります。

そんな『水滸伝』は日本にも、江戸時代中期には入ってきていて、大変な人気となりました。
浮世絵の題材になったり、一部和訳されて広まって、日本文学にも大きな影響を与えています。
その代表が滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』。
そのほかにも、『水滸伝』の影響を受けて書かれた小説戯曲はたくさんあります。
著者やその成り立ちは謎に包まれていますが、それでも面白いものは面白い。
英雄たちの物語は海を渡り、日本の庶民文化にも受け入れられていったのです。

”水滸”とは?「水のほとりの物語」

”水滸”とは?「水のほとりの物語」

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”滸”とは「ほとり」という意味の言葉。
『水滸伝』とは端的に約すと「水のほとりの物語」ということになります。

中国の山東省済寧市梁山県に実在したと言われている「梁山泊(りょうざんぱく)」(梁山湖と呼ぶこともあり)という大きな沼が『水滸伝』の舞台です。
”つわものたちが集う場所”の代名詞ともなっている梁山泊。
108人の英雄とその仲間たちが未来を語り合った砦は、どんなところだったのでしょうか。

黄河は昔から頻繁に氾濫しており、そのたびに周辺には無数の沼や水路ができていました。
10世紀半ば頃、山東省西部付近で起きた氾濫によって黄河の水が流れ込み、一帯の丘陵地が島となって入り組んだ複雑な地形を作り上げていたのです。
近くに梁山という名前の山があったことから、”梁山泊”という名前が誕生しました。
その後も度重なる氾濫で水量が増し、11世紀にはかなり大きな湖になっていたと考えられています。
『水滸伝』でも、108人の英雄たちは湖の中にある大きな島を本拠地としていました。
実際、このあたりは、盗賊や国に刃向かうアウトローたちの巣窟となっていたようで、宋の正史にもそのような記録が残っています。

そんな、水に囲まれた天然の要害ともいえる実在する場所と、当時の世相、混迷する政治への不信感などが相まって、「水のほとりの物語」が作られていったのでしょう。

その後も、黄河はたびたび氾濫を繰り返し、堆積した土砂の影響で次第に河の道筋が変わっていきます。
正確な時期はわかりませんが、まるで英雄たちに別れを告げるかのように黄河は別の方向へ。
梁山泊は干上がり、消失したものと考えられています。







天命に導かれし108人の英傑たち

<水滸伝・あらすじ1>百八の魔星と蹴鞠の達人

北宋のお話に入る前に、『水滸伝』の概要についてざっくりと触れてまいりましょう。

今から1000年ほど前、北宋に疫病が蔓延してしまい、祈祷を行うため竜虎山に住む仙人を呼びに、洪信という将軍が派遣されます。
洪信は興味本位から厳重に封印された「伏魔殿」の扉を開けてしまい、唐の時代より封印されていた108の魔星を解き放ってしまいました。

祈祷の甲斐あってか疫病はおさまり、数十年が過ぎて洪信も亡くなって、魔星のことを知る者もいなくなった頃。
八代皇帝徽宗が即位しますが、徽宗は政治にはまったく関心がなく、絵や書に明け暮れていました。
これをいいことに家臣たちは好き放題。
私腹を肥やしていきます。
その筆頭が、蹴鞠の達人というだけで徽宗のお気に入りとなったゴロツキあがりの高キュウ(ニンベンに求)という男。
『水滸伝』最大の悪役で、大した能力もないのに皇帝のそばで権力を振るい、気に入らない人物を陥れてどんどん追い出し、王朝はますます腐っていきます。
梁山泊は終始このゴロツキの陰湿な手口に振りまわされることになるのですが、その最たるが禁軍師範で槍の達人林冲(りんちゅう)。
無実の罪をきせられて流罪となり、命をも狙われますが、意気投合して義兄弟の契りを交わした魯智深(ろちしん)和尚や大富豪の柴進(さいしん)らの助けで生き延び、梁山泊へと向かいます。

一方、政治の腐敗を憂いでいた地方の名主晁蓋(ちょうがい)は呉用(ごよう)、公孫勝(こうそんしょう)らと共に組織を形成。
政府から目を付けられますが、地方役人の宋江(そうこう)の手助けで難を逃れ、梁山泊へ。
晁蓋はリーダーとしての資質とカリスマ性を備えた大人物。
宋江は見た目は小役人ですが義に厚い人格者。
二人を慕って多くの英傑たちが梁山泊に集まってきます。
やがて梁山泊は晁蓋を頭領とする大きな組織へと変貌。
民を助け、悪をこらしめ、梁山泊は次第に、宋王朝の脅威へとなっていくのです。

<水滸伝・あらすじ2>激闘の梁山泊・百八星は天に帰す

そんなとき、突如として晁蓋が死んでしまいます。
梁山泊は悲しみにくれていました。

あるとき宋江は夢の中で、自分たちが、この世に解き放たれた108の魔星の生まれ変わりであることを知ります。
魔星たちは、いったんは自由の身になったものの、天界に戻るために、このまま残ってしばらく民のために戦うことにしたとか。
自分たち108人がこの地に集まったのは偶然ではなく必然であったと知った宋江は梁山泊の頭領となり、晁蓋の意志を継いでいきます。
こうして梁山泊はますます力を強めていくのでした。

梁山泊に手を焼いていた宋王朝は一計を案じ、押さえつけるのではなく取り込んでしまおうと考えます。
北方の異民族や南方の反乱軍など、国にたてつく連中を梁山泊に討たせようとしたのです。
宋江はもとは役人。
対峙する相手は悪政であって、宋という国にはずっと忠義を感じていました。
宋江の鶴の一声で、梁山泊は一転、朝廷に仕える身となり、あちこちの反乱分子を一掃する活躍を見せます。
あまりの強さに、利用しつつも梁山泊に脅威を感じていた朝廷は労をねぎらうこともせず、報酬も渡さずで、梁山泊は疲弊。
朝廷から離れるべきだという仲間の進言も宋江の耳には届かず、108人の英傑たちは戦いの中で次々に命を落としていきます。
ついに宋江の命も潰え、梁山泊は終焉の時。
108人のうち生き残ったのはたった27人。
それぞれ異なる道を進み、余生を送ります。

これが『水滸伝』全100回の大まかなあらすじです。
ひとりの英傑がとある出来事の中で別の英傑と出会い、その英傑がまた別の仲間と巡り合う……という具合に、次々に話が続いて、梁山泊に108人全員が集結するところまでで70回。
その後、北宋王朝に仕え、異民族や反乱分子との戦いが30回(途中20回分のストーリーが追加された120回で構成される場合もあり)。
長編である、ということもありますが、登場人物がとにかく多い。
108人ひとりひとりに個性があり、生き生きと描かれている。
それこそが『水滸伝』の一番の人気の理由かもしれません。

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