イギリスから始まった、ヨーロッパの社交場!コーヒーハウスの歴史ってどんなものだろう

今では気軽に飲めるコーヒーも、昔はお店でしか飲むことができない貴重なものでした。そんな時にできたのがコーヒーハウスです。ここでは人々が集まり、色々な話しをしながらおいしいコーヒーをたしなんだとか?ヨーロッパの人々がたまり場的存在としたコーヒーハウスって、どんなものなのか気になりませんか?今回は、コーヒーハウスについてご紹介したいと思います。

コーヒーハウスってどうしてできたの?

コーヒーハウスってどうしてできたの?

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コーヒーハウスの始まりは諸説ありますが、一般的には1650年にユダヤ人のジェイコブズという人がオクスフォードに開店したことから始まったといわれています。
ジェイコブズは、開店後数年でロンドンに新しい店を開きました。
同じ頃フランスの上流階級では、おいしいコーヒーの茶器と共にトルココーヒーが流行っており、コーヒーサロンが作られています。

当時1ペニーを払えば身分に関係なく誰でも気軽にコーヒーを飲めるコーヒーハウスは人気を博し、17世紀末にはロンドンだけで3000店以上、1714年には約8000店も誕生したといわれています。
最初に開いた、オクスフォードのコーヒーハウスは、ユダヤ人のジョブソンが受け継いでおり、その後もいくつかの店を出店するほど流行りました。
オクスフォードにはエール・ハウス(酒場)が350件もあったようで、コーヒーは二日酔いの特効薬としても使われたとか?

当初のコーヒーハウスの雰囲気

当初のコーヒーハウスの雰囲気

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近世のコーヒーハウスは、アルコールが禁止だったことはもちろんですが、雰囲気が悪くならないように賭博も禁止されていました。
店の壁には、「身分にかかわらず誰でも歓迎!」とか、「他人を口汚い言葉でしゃべること禁止!」、「大声での議論ではなく、静かに語り合うこと」など、店内の雰囲気作りに気を使っています。

要するに、紳士的なマナーをお客たちに求めていたようです。
コーヒーはお酒よりもリーズナブルにたしなめ、さまざまな病気に効能があるとの触れ込みで集客力を高めました。
でも、女性は入店することを禁じられており、あくまでも男性が気分良く過ごせる社交場という存在でした。

コーヒーハウスの役割

コーヒーハウスの役割

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コーヒーハウスでは、たばこが盛んに吸われたようです。
コーヒーに入れる砂糖は、かなりの消費量だったとか。
砂糖、たばこ、コーヒーなどが新大陸から輸入されることで、経済効果ももたらしています。
これは、イギリス産業革命の資本となった、ヨーロッパ本土と新大陸アメリカ(イギリス植民領)、西インド諸島とアフリカ大陸間で行われていた三角貿易によって輸入されたものです。

もちろん経済効果だけではありません。
世界中の植民地から集まる情報交換の場となり、新聞や雑誌などが置かれ、最新ニュースが提供されていました。
しかも、字が読めない人のために、新聞や雑誌を朗読してくれる人までいたようです。
自分と同じ趣向を持つ人同士が楽しく語り合える場所となり、政治を始め、文学や芸術など多彩な話題が飛び交っていました。

にせ医師にインチキ薬が横行するコーヒーハウス

にせ医師にインチキ薬が横行するコーヒーハウス

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当時のロンドンって実は不潔で不衛生だったのです。
このことから病に伏せる人も出てくるほどで、ペストの大流行も起こっています。
こういう状況下にあり、にせ医者やインチキ薬が出回りました。
そういう人たちは、どうしたら宣伝ができ、注目を浴びて大儲けできるかを考えるのは今も昔も変わらないことですね。

コーヒーは当時薬の一つとされており、宣伝に使われた場所がコーヒーハウスでした。
コーヒーハウスで有名になった医者の逸話があります。
スコットランドの洋服屋だった、ウィリアム・リードです。
彼はアン王女の眼を治したとし、コーヒーハウスで大々的に宣伝しています。
有名な眼科医となり、ナイトの称号も与えられています。
でも、『ガリバー旅行記』などで有名な作家のスウィフトは彼のことを、「イカサマ医師」と断言しているようです。

社交場から仕事場へと変化するコーヒーハウス

社交場から仕事場へと変化するコーヒーハウス

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コーヒーハウスが流行った頃は、英国を始めヨーロッパの政治において激動の時代でした。
1640年からはじまった「清教徒革命」、クロムウェルの独裁、王政復古、1688年の名誉革命によって議会政治が始まり、18世紀に興った産業革命に繋がっていきました。

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経済人やジャーナリスト、スパイまで足を運んでいたというコーヒーハウスは、お客にとっても店主にとっても楽しんでお茶をする社交場の役割から、真剣に仕事をする場に変化していきました。
コーヒーハウスの功績は、ロイドだけではないんですよ。
異常な旋風を巻き起こした株式ブームの舞台もコーヒーハウスで起こっています。
実は、都市部のコーヒーハウスは、株取り引きの場となり「南海泡沫事件」も起こりました。

王まで巻き込んだ!政治がらみのコーヒーハウス

王まで巻き込んだ!政治がらみのコーヒーハウス

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コーヒーハウスは王政にとって危険な存在になると危惧し、チャールズ2世は自身が死ぬ1685年まで、ニュースの流布や国事を悲観することを禁じていました。
このコーヒーハウスの存在には手を焼いたようです。
1660年にブレダ宣言を提示して王政復古を果たした王だからこそ思いも強かったんでしょうね。

でも、王権と議会の対立はその後もどんどん深まり、議会政治が始まりました。
コーヒーショップでは、王の対策に反して、政治との関係がますます深まっていきます。
当時議会政治の2大政党として権力をふるっていたのが、トーリーとホイッグでした。
この2大政党の中からも、自分の政治的な思いを同じくする仲間同士が集まって、政治クラブが誕生します。
彼らは、議会の開催地であるウエストミンスターホールの近くにあるコーヒーハウスで連日のように論議を繰り広げていたようです。

ピーターラビット

Writer:

世界遺産ブームをきっかけに歴史に目覚めてから、国や城、庭園などの成り立ちに魅了された主婦です。何だろう?と思ったことを調べて、皆さんにお伝えすることで気持ちを共有できたら幸せだな~と感じながら仕事をしています。ちょっとマニアックな歴史記事ですが、軽い気持ちで触れてみてくださいね!

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