【アメリカ】ゴールドラッシュの成功者が起こした鉄道事業!大陸横断鉄道はこうやってはじまった

壮大なアメリカ大陸を貫いた鉄道事業って、どんなものだったのか気になりませんか?世論が必要だと叫び、横断鉄道の事業が開始されたのは、南北戦争の真っただ中だったんです。大変な時にこんなに凄いことをやってのけた人ってどんな人たちだったんだろう?今回は、アメリカ大陸を貫いた大陸横断鉄道の歴史に触れてみたいと思います。

大陸横断鉄道とは?

大陸横断鉄道とは?

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大陸の端から端までをつなぐという壮大なプロジェクトは、1859年には既にはじまっていたといわれています。
大陸横断鉄道が完成したのは、1869年5月10日のことでした。
10年以上の歳月をかけた鉄道事業ですが、完成までの道のりは苦難なものでした。
犠牲は多かったものの、その後の西部開拓における貢献度は素晴らしいものでした。

この大陸横断鉄道建設は2つのルートから開拓する案が正式に採用されています。
このために2つの会社を設立しました。
ネブラスカ州オマハから西へ向かう東ルートには「ユニオン・パシフィック鉄道社」。
カリフォルニア州サクラメントから東へ向かう西ルートは「セントラル・パシフィック鉄道社」が、担当しています。

どうして南北戦争の最中に作る必要があったの?

どうして南北戦争の最中に作る必要があったの?

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政府もこの大事業にはちゃんと絡んでいます。
当時の大統領だったリンカーン大統領が1862年に太平洋鉄道法に署名し、先にご紹介した2つの会社の設立をはじめリンカーン政権下で行われました。
リンカーンといえば、頭に浮かぶのは南北戦争(1861~1865年)という方は多いでしょう。
その南北戦争の真っただ中に建設されたんです。

政府の考え方は、西部開拓の必要性と共に戦争のために、人や物資の移動手段がどうしても必要でした。
政府は、広大な公有地の無償で払い下げたり、巨額資金を低金利で貸し出したり、鉄道債を購入するなど、優遇措置を取ることで支援しています。

いよいよスタート!大陸横断鉄道の工事開始

いよいよスタート!大陸横断鉄道の工事開始

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西ルートのサクラメントといえば、ゴールドラッシュで沸いたことで有名ですね。
このセントラル・パシフィック鉄道社の社長「リーランド・スタンフォード」は、ゴールドラッシュで金採掘に成功した人物でした。
この人は後に、スタンフォード大学の創設者となります。

ちょっと脱線したので話を戻します。
工事開始直後に西ルートでは、この工事最大の難関といっても過言ではない危機に直面しています。
それは、当時交通の難所だった上に極寒の時期に行われた、シエラネバダ山脈工事です。
皆さんは、アメリカ屈指の絶景スポットヨセミテ国立公園はご存知でしょう。
どれだけ厳しい現実だったか想像つきますでしょうか?この越冬には、1846年にも開拓が試みられていますが、寒さと飢えで断念しています。
実は、アメリカの鉄道の歴史は古く、1800年にははじまっています。

中国人が大活躍

中国人が大活躍

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当時、南北戦争中の人不足だったアメリカで、人員を集めることは皆無に近かったのです。
そこで、白羽の矢が立ったのが中国人でした。
彼らは、だまされたり、誘拐されたりして連れてこられ、この苛酷な工事に参加させられたといわれています。
諸説ありますが、賃金も低かったため使いやすかったともいわれています。

苦力(クーリー)と呼ばれた労働者たちは働き者でした。
白人以上に勤勉で従順でした。
重機なども器用に操ったのです。
シエラネバダ山脈の雪山での工事では、小さなテントに生活し危険で困難な重労働に明け暮れました。
最盛期には1万3000人も働いたようです。
人数が増えるとアメリカに馴染めなかった中国人には、排斥や暴力事件が多発しています。
1885年に炭鉱で起こったストライキ対策に雇われた中国人のうち10人が殺される事件が起きました。
この後、中国人移民を締め出す法律が出来たため、中国人はほとんどいなくなりました。
後釜には日本人移民をはじめアイルランド人やモルモン教徒も従事しています。







苛酷な鉄道敷設作業

苛酷な鉄道敷設作業

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開始から完了までは言葉を絶するほどの苦悩がありました。
1月という極寒の季節からはじまり、猛暑でも苦しみました。
大自然と戦いながら工事を進めたのですが、寒さのせいでスタートから工事の進捗状況は最悪でした。
工事の遅れを取り戻さなければならず、爆薬を使っての工事もありました。
主に中国人が担い死亡者もたくさんでています。
時にはインディアンの暮らす土地を開拓し襲撃も受けたようです。
雇い主からの差別はなかったようですが、労働者同士では白人の権力が強く人種による問題も起こっています。

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ギャング組織が鉄道労働者の宿泊小屋の近くに簡易的な酒場を作り、中で賭博を行っていたという事実もありました。
せっかく、働いて得た給料をまんまとギャングに持って行かれました。
このような酒場は、工事が済むと次の場所に一緒に移動していたようです。

インディアンとの戦争

インディアンとの戦争

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先住民インディアンの領地にかかったことは大問題へと発展しました。
せっかく作った線路をバッファローが壊してしまいます。
この始末に苦慮した政府は、バッファローを駆除してしまったのです。
これには、インディアンもカンカンでした。
だって、狩猟生活するインディアンにとっては死活問題だったのです。
特に激怒したのはスー族、度々建設労働者を襲いました。
スー族からも死亡者をだし、人数は激減しています。
一方で、ショーショーニー族などは鉄道敷設には歓迎ムードで協力を惜しまないものもいたとか。

インディアンの反発を抑えるため、政府はわざとこの作戦をとったとの説もあります。
バッファローが激減したことはインディアン対策にはかなりの効果を見せています。
白人からの食糧配給を受けるしか術がなくなり、自立して生活することが難しくなりました。

次のページでは『いよいよ開通した大陸横断鉄道』を掲載!
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