【美濃を制するものは天下を制す】戦国武将ゆかりの地!岐阜県の歴史的観光スポット12選

うつけ者と呼ばれた織田信長に蝮の斎藤道三、今川氏と織田氏の争いに巻き込まれた徳川家康、大垣市に一夜城を作った秀吉と、岐阜県の歴史を辿ると、戦国時代のそうそうたる面々が名前を連ねます。そんな、激動の歴史を持つ岐阜県の歴史的観光スポットって気になりませんか?今回は、岐阜県の歴史的観光スポットをご紹介したいと思います。ぜひ、参考にしてくださいね。

岐阜県ってどんなところ?

岐阜県ってどんなところ?

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岐阜県って知名度が低いですよね。
近くに超有名な名古屋があるからかな?実は、岐阜は世界遺産の白川郷や水力エネルギー量全国第一位という素晴らしい実績を持つ地なんです。
古くは美濃国と飛騨国の2つの国によって構成されていました。
日本の中心に位置しており、歴史上重要な戦いを繰り広げています。
672年の壬申の乱から始まり、稲葉山城の戦い、関ケ原の戦いも岐阜県で起こったことです。
歴史小説家の司馬遼太郎氏は、かつて「美濃を制するものは天下を制す」という言葉を残しています。

岐阜という地名は、織田信長が命名したとの説があるんですよ。
名物だって、栗きんとんに富有柿、飛騨牛に五平餅、他にも美濃和紙に関の刃物、有名人にはQちゃんこと高橋尚子や野口五郎、伊藤英明など他にもたくさん輩出しています。
新穂高に下呂温泉に養老の滝、映画『君の名は。
』では飛騨市が大注目を浴びるなど観光名所もたくさんあります。
名古屋の陰に隠れて知名度が低いですが、隠れた魅力は名古屋以上かも?

#1 もう知らない人はいない!岐阜の美しい世界遺産の白川郷

もう知らない人はいない!岐阜の美しい世界遺産の白川郷

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日本有数の豪雪地帯として知られる白川郷は伝統的集落として、1995年に世界遺産に登録されました。
この厳しい自然環境を凌ぐために急こう配の萱葺屋根が考えられました。
これを合掌造りといい、強風を受け流し、雪が滑りやすいよう考えられています。

国の重文に指定される和田家はとくに有名で、白川郷に残る100棟の中で最も規模が大きいものです。
集落に降り積もる雪とライトアップされた家々は写真でも有名ですね。

#2 織田信長が天下統一の拠点と定めた城!岐阜城

織田信長が天下統一の拠点と定めた城!岐阜城

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岐阜城は難攻不落の城とされ、戦国時代は蝮と恐れられた斎藤道山の居城でした。
道山は、『国盗り物語』の主人公としても有名です。
永禄10(1567)年に織田信長がこの城を攻略して、我が物としました。
この時に、稲葉山城を岐阜城と改名したようです。

その後は、織田信長が天下統一の拠点としました。
現在は、鉄筋コンクリート造りの3層4階建てのお城として再建しており、展望台からの絶景も見逃せません。

#3 全国でここだけ!江戸幕府の陣屋も残る高山の古い街並み

全国でここだけ!江戸幕府の陣屋も残る高山の古い街並み

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飛騨高山エリアでも大変人気のある観光スポットです。
城下町の中心や商人の町として発展した上町、下町を合わせて古い街並みと呼ばれています。
出格子の連なる軒下には用水が流れ、町家の大戸や老舗の暖簾が軒を連ねています。
造り酒屋の軒下にある杉の葉を玉にした「酒ばやし」も見逃せません。

風情ある町屋も軒を連ね、造り酒屋や味噌屋、雑貨店があり、カフェやレストラン、土産物屋もあり、飛騨牛の串焼きや大きな醤油せんべいを食べ歩きするのも楽しいですよ。







#4 ここはまるで江戸時代?中山道木曽路といえば馬籠宿

ここはまるで江戸時代?中山道木曽路といえば馬籠宿

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ミシュラングリーンガイドで1つ星を獲得した宿場町です。
急峻な石畳の階段が約600mも続き、江戸時代の風情を残しています。
文豪・島崎藤村の生家跡があり、石畳を登り切った先には、小説「夜明け前」の主人公が見た景色が広がります。

また、馬籠宿から妻籠宿までの風情ある道のりは、かつて難所だった馬籠峠。
現在は格好のウォーキングスポットとなっています。
ここを歩くと、かつて、この道を通った旅人の息遣いが聞こえてくるようです。

#5 朝霧に浮かぶ!奥美濃にある天空の城 郡上八幡城

朝霧に浮かぶ!奥美濃にある天空の城 郡上八幡城

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戦国時代末期の永禄2(1559)年に、遠藤盛数が砦を築いたといわれるお城です。
2015年の「行ってよかった!日本の城ランキング」で、20位にランクインしています。
戦前に再建された木造天守が残っており、建物の城壁と新緑のつつじ、面影ある石垣のコラボが素敵なお城です。

廃藩置県になった後、石垣を残し取り壊されましたが、昭和8(1933)年に大垣城をモデルとして木造で作られました。
立ち込める霧の中に佇む姿はまさに「天空の城」と呼ぶのにふさわしく、幻想的な姿を見ることができます。

#6 関ケ原の戦いゆかりの地!大垣城

関ケ原の戦いゆかりの地!大垣城

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天下分け目の関ケ原合戦で、西軍の石田三成の本拠地となった城です。
国宝に指定されていた天守は残念ながら、大垣空襲の際に焼失してしまいました。
昭和34(1959)年には外観が復元され、館内は関ケ原の戦いの資料館となっています。

城を囲むように大きな公園が造られ、このお城は城下町大垣のシンボル的存在となっています。
夜にライトアップされた大垣城天守が闇夜に浮かび上がる姿は幻想的です。
先ほどご紹介した郡上八幡城が再建された時に、この大垣城がモデルとされました。

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