【タイの世界遺産】歴史的遺跡の数々が残された遺産を全部解説!

1972年に「UNESCO(国際連合教育科学文化機関)」総会で採択された「世界遺産条約」に基づき登録された「世界遺産」。自然や歴史的遺跡など多様なスポットが登録された「世界遺産」は創設以来数を増やし続け、2016年現在では165か国・1052件が登録されるほど拡大しています。今回はそんな世界に存在する「世界遺産」から、東南アジア・タイに存在するものを見てみましょう。


スコータイの歴史上の町と関連の歴史上の町

かつての王朝の遺跡「スコータイ歴史公園」

かつての王朝の遺跡「スコータイ歴史公園」

image by iStockphoto

世界遺産「スコータイの歴史上の町と関連の歴史上の町」のを構成する「スコータイ歴史公園」はバンコクから車で約5時間30分のスコータイ県にある世界遺産。
面積は東西1.8㎞、南北1.6㎞の城壁に囲まれたスコータイ旧市街、寺院などから形成されており、総面積は約70平方キロメートル。

この公園は13世紀に創建された「スコータイ王朝」の遺跡とされており、創建から1438年まで続いたタイで最初の王朝と言われています。
この時代には「クメール様式(クメールとは現在のカンボジアのもととなった国。
カンボジア・アンコールワットでも採用されている建築様式)とスリランカ様式を組み合わせた「スコータイ様式」と呼ばれる建築様式が生み出された時代でもあります。

城壁内の「ワット・マハタート」は公園内で最も重要な寺院と言われ、中心的存在である仏像は「蓮のつぼみ」をモチーフにしたもの。
園内の池に浮かぶ小島に建てられた「ワット・サ・シー」は「聖なる池の寺院」を意味する釣り鐘型の仏塔が特徴的な寺院。
城壁外にも台座に32頭の象のモチーフが彫られた「ワット・チャンローム」、高さ15m・幅11.3mの大仏「アチャナ仏」が有名な「ワット・シーチュム」、本堂跡に高さ12.5mの「アンタロッド大仏」がある「ワット・サパーンヒン」も見どころとなっています。

歴代副王が統治「シーサッチャナーライ歴史公園」

歴代副王が統治「シーサッチャナーライ歴史公園」

image by iStockphoto

「シーサッチャナーライ歴史公園」はスコータイ県シーサッチャナーライ郡にある世界遺産「スコータイの歴史上の町と関連の歴史上の町」を構成する世界遺産の1つ。
「シーサッチャナーライ」とは「吉祥なる銀の出るところ」を意味する言葉で、かつては歴代副王が王となる前に統治した場所。

現在公園となっているこの場所を造り上げたとされているのが「シーサッチャナーライ」の国王を務めていたリタイ王。
リタイ王はスコータイ王朝第4代王・ルータイの子で、王朝3代目王・ラームカムーヘンの孫にあたる人物。
1347年に第6代国王に就任するとこの地に多数の寺院を建設、現在残る遺跡を造り上げました。

主な寺院遺跡としては像の台座に支えられた釣り鐘型の「チェディ(仏塔・卒塔婆(そとば)を意味する言葉)」が特徴の「ワット・チャンローム」、スコータイ以前から存在すると伝わる「ワット・プラシー・ラタナーマハータート」、シーサッチャナーライの中心的寺院である「ワット・チェディ・チェットテーオ」、公園の城壁北「パノム・プルーン」を登った場所にある「ワット・カオ・パノム・プルーン」があります。

信仰を防ぐために築かれた「カムペーンペット歴史公園」

信仰を防ぐために築かれた「カムペーンペット歴史公園」

image by iStockphoto

バンコクから車で約4時間30分の「カムペーンペット県」にある「カムペーンペット歴史公園」は、「金剛の城壁」を意味する「カムペーンペット」から名づけられた公園。
スコータイ王朝時代は「チャーカンラーオ」と呼ばれた場所で、城壁の大きさは南北2200m、東西500×250m。
王朝時代にビルマからの侵攻を防ぐ目的で築かれたとされており、現在の名前が就いたのは15世紀のアユタヤ王朝時代。

かつてはこの地域独特の文化を生み出し発展してきましたが、1767年のビルマ軍侵攻によって当時の建物の大半は破壊。
現在の城壁内ではカムペーンペット最大級の寺院「ワット・プラケーオ」やリタイ王が建設した「ワット・プラタート」が残存。
城壁外では壁が良好な状態で残された「ワット・プラノーム」、カムペーンペット独自の様式で造られた直立仏のある「ワット・プラシーイリヤボート」、台座を取り巻く象の彫刻が特徴的な「ワット・チャーンロープ」が見どころになっています。

園内にある「カムペーンペット国立博物館」は県内で発見された貴重な遺物を展示する博物館で、ヒンドゥー教の神シヴァの像は博物館の中で最も名高い展示物。

アユタヤ県に残る「古都アユタヤ」

アユタヤ王朝の遺跡群「ワット・プー・カオ・トン」

ワット・プー・カオ・トンは高さ80mある仏塔が建てられた寺院で、世界遺産「古都アユタヤ」の一部となっている世界遺産。
1387年にこの寺院を造り上げたとされているのは、当時のアユタヤ朝王であるワレスワン王。
かれはアユタヤ王朝を創建したラーマーティボーディー1世(在位 1351年-1369年)の息子であり、アユタヤ王朝は2代(在位 1369年-1370年)と5代(在位 1388年-1395年)の2回務めています。

寺院は1569年にビルマ・バイナウン王がアユタヤを占領した際にはビルマ様式、アユタヤ王朝21代目王・ナレスアン王時代には再びタイ式に造り替えられており、現在の塔が建てられたのは1754年。
1956年に仏歴25世紀を記念して2.5㎏の黄金の珠が設置されたことから「黄金の仏塔寺院」と呼ばれるようになり、バンコクの「ワット・サケット(黄金の丘)」建設時のモデルにもなっています。

歴代王が眠る「ワット・プラシーサンペット」

歴代王が眠る「ワット・プラシーサンペット」

image by iStockphoto

ワット・プラシーサンペットは、アユタヤ王朝時代に王を務めた3人の遺骨が納められている仏教施設。
建設されたのは1448年とされています。

建設された場所にはアユタヤ王朝の創始者・ラーマーティボーディー1世が建設した宮殿が存在したとされ、その後9代目王・トライローカナート王の時代に王専用の礼拝堂などとして使用。
トライローカナート王、王朝11代目王・ラーマーティボーディー2世の兄であるボーロマラーチャーティラート3世、ラーマーティボーディー2世の遺骨を安置しており、寺院名は仏塔東に建てられた本堂内にある高さ16m・重さ171kgの仏像「プラシーサンペット」から名づけられています。

しかし、1767年にビルマ軍の第2次アユタヤ侵攻を受けて多くの建物や仏像は破壊。
現在は修復された建物、当時の状態のまま残る漆喰(しっくい)などが当時のアユタヤ建築を感じさせる観光地に。

Junya Higashi

Writer:

これまで旅行に行った土地は鹿児島・霧島や韓国・ソウルなど。世界の土地や風習のことなど、自分の知らない世界を調べて見るのが好きです。旅行経験やライター活動で得た知識が、これから旅行を楽しむ人の役に立てば大変嬉しく思います。どうぞよろしくお願いいたします!

この記事のカテゴリ

アジア
文化
歴史

関連記事を見る

アジアの記事を見る

グルメもフォトジェも観光も全部ギュッと凝縮!今年の女子旅はベトナムホーチミンに決定
秀吉に「武士の鑑」と称賛された清水宗治の切腹!毛利家が惜しんだその忠義の人生
自転車で一周して決めた!台湾観光スポットランキングBEST15
戦国時代のハイスペック男子「宇喜多秀家」が八丈島で迎えた最期
世界遺産「カトマンズ」の魅力と歴史。ヒマラヤに抱かれし栄光の都
高層ビルファン必見!ニューヨーク高層建築の歴史を辿る旅
中国最大の国際都市・上海の成り立ちと歴史的スポット6選
【プーケット観光で行きたい!】タイの楽園リゾートで見られる歴史的スポット10選
インド旅行で行きたい、定番&歴史的観光スポット13選
「黄巾の乱」をざっくり把握!三国志のきっかけとなる話です
【三国志】今さら聞けない「赤壁の戦い」をざっくり把握
一生に一度は行ってみたい!昔に栄えた古の街並みがそのまま残る「旧市街」16選