かつてオランダとイギリスの植民地だったニューヨークの歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はアメリカ「ニューヨークの歴史」をご紹介します。

ニューヨークってこんな街

ニューヨークってこんな街

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経済・流行・エンタメと全てがトップクラスのエネルギッシュな街、ニューヨーク。
「アメリカにあるヨーロッパ!」と称される都市です。
かつて、ヨーロッパ人に発見され、長い間ヨーロッパの支配を受け続けました。
世界遺産の自由の女神を始め、ニューヨーク史の象徴クライスラービル、全米最大の規模を誇るセントパトリック大聖堂、アメリカ最古の大学シティーカレッジ・オブ・ニューヨークなど歴史を語る建造物も数多く残っています。

最初に植民地にしたのはオランダで、彼らはこの地をニュー・アムステルダムと命名しました。
それから約150年後、まだイギリスの植民地だった頃に、イギリス系アメリカ人のトーマス・ウィレットがニューヨーク初代の市長となっています。
現在は世界最大の都市に成長した「ニューヨークの歴史」に少しだけ触れてみたいと思います。
フリータイムのツアーが多いニューヨークだからこそ、歴史を知ると便利です。
ぜひ、参考にしてくださいね!

氷河期から存在したニューヨーク

氷河期から存在したニューヨーク

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ニューヨークは驚くことに約75000年前の最終氷河期から、厚さ約300mの大陸氷床の端に存在していました。
最初にヨーロッパ人に発見されたマンハッタン島は実は2つの岩片が一枚岩になった島です。
発掘調査によると、このニューヨークの地に人が生存したのは約9000年前のこと。
狩猟の道具や人骨、塚などが発見されています。

一端気候の変動により衰退しましたが、約3000年前にはまた人が住み始め、弓や狩猟道具や野営の跡も確認されました。
この後、アルゴンキン族やイロクォイ族が住んでいたことが分かっています。
マンハッタン島という名前をつけたのはこのアルゴギン族で、「丘の多い島」という意味があるようです。
彼らは道路も造っており、皆さんご存じのブロードウェイなど多くの道が幹線道路として現在も使われています。

ニューヨークの発見はマンハッタン島だった

ニューヨークの発見はマンハッタン島だった

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1524年4月17日にフランス王フランソワ1世の命により、イタリアの商人で探検家の「ジョヴァンニ・ダ・ヴェラツァノ」が北米探索のときに初めて、現在のニューヨーク港にあたる場所に上陸しました。
彼はこの地を、フランソワ1世に敬意を表し「ヌーヴォー・アングレーム」と名付けています。

ブルックリンとスタテン島を結ぶアメリカ最長の吊り橋は「ヴェラツァノナロウ」と彼の名前が付けられました。
でも、実際の彼は橋の位置まではたどり着けなかったようです。

オランダの植民地とされたニューヨーク

発見されて約100年後の1625年には、ヨーロッパの植民地となります。
この頃はこの地にはインディアンしか住んでいませんでした。
1613年には現在の世界貿易センターがあったロウワー・マンハッタンで、オランダが毛皮貿易に成功し領地を拡大させたのです。
この時、マンハッタン島の南側がニュー・アムステルダムと名付けられました。

オランダ人はヨーロッパ製のビーバーの毛皮加工に使う金属製品を持ち込みました。
インディアンの資金源である貝殻玉(ワムパム)の貿易仲介などで、双方には良好な関係が築かれ始めます。
しかし、貝殻玉の市場価値を見いだしたオランダ人は、高度な技術を使い自分たちで製造を始めました。
一方インディアンはビーバーを守るために漁業を諦めビーバーの毛皮の生産に力を注いぎます。
しかし、ビーバーはニューヨークからいなくなってしまい疫病によりインディアンの人口は激減しました。







植民地ニュー・アムステルダムの誕生

植民地ニュー・アムステルダムの誕生

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1626年にはアムステルダム交易所が建設され、オランダ西インド会社のペーター・ミヌイットにより、24ドル相当のガラスビーズと交換にマンハッタン島とスタテンアイランドをアルゴンキン族から買い取りました。
ここから、植民地化が本格的になります。
オランダ人が持ち込んだ牛などがインディアンによって盗まれる事件が頻発するようになり、これに手を焼いたオランダ人はインディアンとの境界をはっきりさせるための壁を造りました。
この壁沿いの通りは、後に世界経済を握る大通り「ウォールストリート」となります。

この後、デンマーク人がプロンクスに、ユダヤ人も入植しマンハッタンはオランダだけでなく、ヨーロッパのさまざまな国の植民地となりました。

オランダからイギリスの植民地へ

オランダからイギリスの植民地へ

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ヨーロッパでは海上の覇権争いの真っ最中で、オランダとイギリス間で戦争が起こります。
イギリスが勝利し北米航路を手中に収め、1664年にはニュー・アムステルダムがイギリスの植民地に。
公用語もオランダ語から英語に変わりました。
ニューヨーク市内にはオランダ語の地名が現在も存在し、オランダの支配下だった名残となっています。

この地はイギリスの王チャールズ2世の弟であるヨーク候に委ねられ、彼の名前からニューヨーク(新しいヨーク候)と改名されました。
1665年6月12日にはトーマス・ウィレットを初代市長に任命しました。
1673年には再びオランダが奪い返し、ニューオレンジと改名するも、1674年のウエストミンスター条約により恒久的にイギリスの領地とされます。

1656年頃1000人だった人口は、100年後の1756年には16000人に達しました。
その後60000万人にまで増加し、人口の半数がイギリス系になっています。
それと同時にニューヨークの街も北へと広がりました。

独立へと歩み始めるニューヨーク

独立へと歩み始めるニューヨーク

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イギリスの植民地となったニューヨークは、印紙法を始めとした政策に対する反感が強まり、たびたび反乱が起こるようになりました。
1766~1776年には小競り合いが頻繁に起こったのです。
1775年頃から本格的にアメリカ植民地独立戦争が始まります。
1776年7月4日には13州が独立を宣言しましたが、ニューヨークではイギリスの支持派が他の地域よりも多く存在しました。
アメリカを愛するものはニューヨークを去り、この地は英国擁護派が巣窟となりました。

しかし、独立戦争の余波が消え、1784年にはニューヨーク市が州都とされたのです。
1788年9月13日には憲法制定会議により、正式に新興国家アメリカ合衆国の首都となりました。
1789年にはジョージ・ワシントンが初めての大統領に選ばれ、翌年首都がフィラデルフィアに移されました。

次のページでは『南北戦争勃発とその後』を掲載!
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