エアーズ・ロックってなぜ「ウルル」という名前になったの?登っていいの?世界遺産を見る前に知っておきたいこと

「世界のおへそ」とも呼ばれるオーストラリアの巨大な岩石ウルル。以前は「エアーズ・ロック」という名で知られていました。呼び名が変わった理由は何だったのか?今回はこの巨岩の歴史と魅力をご紹介していきましょう。

世界で2番目に大きい一枚岩

世界で2番目に大きい一枚岩

image by iStockphoto / 26855680

ウルルはノーザンテリトリー、ウルル=カタ・ジュダ国立公園内にある、世界で2番目に大きな単一の岩石です。
ちなみに一番大きいのは、同じくオーストラリアのマウント・オーガスタス国立公園にあるマウント・オーガスタスだそうです。
オーストラリアの地形ってすごい!ウルル=カタ・ジュタ国立公園は、1987年にユネスコ世界遺産に登録されています。

ウルル=カタ・ジュタ国立公園の住所・アクセスや営業時間など

名称 ウルル=カタ・ジュタ国立公園
名称(英語) Uluru-Kata Tjuta National Park
住所 Red Centre Way, Uluru-Kata Tjuta National Park, Northern Territory, Australia
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 25ドル
参考サイト http://www.parksaustralia.gov.au/uluru/index.html
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

ウルル=カタ・ジュタ国立公園のスポットページ

かつての「エアーズ・ロック」

かつての「エアーズ・ロック」

image by iStockphoto / 70383541

ウルルの写真を見て、「エアーズ・ロック」という名が頭に浮かんだ方も多いかと思います。
そう、ウルルはかつて「エアーズ・ロック」という名前で知られていました。
しかし、この地の自然と共に、先住民族アボリジニの文化の価値が認められ、ユネスコ世界遺産に複合遺産として登録されたことから、今ではアボリジニの伝統を尊重し、彼らが古くから使っていた「ウルル」を正式な呼び名としています。

エアーズロックの住所・アクセスや営業時間など

名称 エアーズロック
名称(英語) Ayers Rock
住所 Red Centre Way, Uluru-Kata Tjuta National Park, Northern Territory, Australia
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 ツアー会社による(150ドル~)
参考サイト http://www.parksaustralia.gov.au/uluru/index.html
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

エアーズロックのスポットページ

オーストラリアの歴史を知ろう

オーストラリアの歴史を知ろう

image by iStockphoto / 10407586

ここで、オーストラリアの歴史をさぐってみましょう。
オーストラリアの地にヨーロッパ人が入植し始めたのは1770年でした。
スコットランド人のジェームズ・クックはシドニーのボタニー湾に上陸し、ここをイギリスの植民地であると宣言します。
国内にあふれた囚人を送り込む場所として、また東アジアとの貿易の拠点としての利用できると考えたのです。

ボタニー湾の住所・アクセスや営業時間など

名称 ボタニー湾
名称(英語) Botany Bay
住所 オーストラリア›ニューサウスウェールズ州›
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト https://ja.wikipedia.org/wiki/ボタニー湾
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

ボタニー湾のスポットページ

人口の増加とイギリスからの独立

人口の増加とイギリスからの独立

image by iStockphoto / 71570751

入植当初は流刑地として利用していたものの、次第に入植者が増え、農地が拡大していきます。
19世紀の始め頃から羊毛産業が発展したことでさらに人口が増加し、金鉱山目当ての中国系移民も集まりました。
こうなるとイギリス本国から遠く離れていることもあり、直接統治は難しく、オーストラリアは1901年に事実上イギリスからの独立を果たします。







はるか昔から住んでいた人々

はるか昔から住んでいた人々

image by iStockphoto / 12855592

現在のオーストラリアは建国してまだ200数十年ですが、ヨーロッパ人がオーストラリアに来るずっと前から、この地に住んでいる人たちがいました。
それが先住民族アボリジニの先祖です。
時期ははっきりしませんが、人類がこの地に住み始めたのは、5万年ないし12万年以上前とも言われています。
ウルルのある大地にも彼らは住んでいました。
そしてウルルを聖地として崇めて暮らしていたのです。

エアーズ・ロックとは

エアーズ・ロックとは

image by iStockphoto / 73483453

しかし彼らの生活は、イギリスからやって来た入植者たちによって一変させられてしまいます。
入植者たちはアボリジニから土地を取り上げ、物を奪い、虐殺を繰り返しました。
ウルルは、イギリスの探検家ウィリアム・ゴスによって発見され、当時の南オーストラリア植民地総督ヘンリー・エアーズにちなんで「エアーズ・ロック」と名づけられました。
「ウルル」の名は知られぬまま、「エアーズ・ロック」の名が広まったのです。

アボリジニたちへの返還

アボリジニたちへの返還

image by iStockphoto / 72831453

迫害を受け、白人社会への同化を求められていたアボリジニの人々も、1970年代に入ると、自分たちの権利を主張するようになります。
そして1985年、法廷闘争が結実し、ウルルと国立公園の所有権がこの土地に住むアボリジニのアナング族へ返還されました。
また、同時に政府とアナング族はと99年間の賃貸契約を結びます。
つまりアナングから政府に土地を貸し出す形で、現在もウルルは観光地として人々に開かれているのです。
次のページでは『登るかどうかはよく考えて決めて』を掲載!
次のページを読む >>