大自然に抱かれて!標高700mの温泉地・箱根「強羅温泉」の歴史と魅力

日本有数の温泉地として知られる箱根は、神奈川県と静岡県にまたがる箱根山(はこねやま)という火山に点在する温泉の総称。箱根山は三重式火山とも言われていて、カルデラと中央火口丘、二重の外輪山と、いくつもの山々が渦を巻くように連なって形成されている特異な山です。強羅(ごうら)温泉はそんな箱根山のやや奥まったところ、早雲山の中腹の標高600m付近に位置し、決して交通の便が良いとは言えない立地ながら高い人気を誇っています。いつ頃発見されたのか、どんな温泉地なのか、強羅温泉の歴史を辿りながら、その魅力をご紹介してまいります。

強羅温泉の歴史

開湯は明治時代?意外と新しい強羅温泉の歴史

開湯は明治時代?意外と新しい強羅温泉の歴史

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箱根温泉の中で最も古い湯は箱根湯本温泉で、奈良時代には既にその存在は知られていたと考えられています。
湯本温泉は箱根山の玄関口とも言える麓付近に位置し、小田原にも近いため、古くから温泉地として人気がありました。
かの豊臣秀吉も小田原征伐の際に湯に浸かって疲れを癒したとか。
江戸時代には湯本を中心に宮ノ下や塔ノ沢などの温泉地は箱根七湯と呼ばれ、徳川将軍への献上湯として江戸まで湯が運ばれるほど珍重され、庶民にも人気がありました。

しかし一方で箱根山は非常に険しい山。
もっと山の上の方に湯場があることはわかっていたようですが、そう簡単にたどり着ける場所ではありません。
古くから人が多く集まっていたのは箱根山の東側麓周辺の湯本や宮ノ下といった温泉街がほとんどで、強羅温泉のような、箱根山の中腹から西側の温泉が広く知られるようになるのは明治に入ってからのことなのです。

古い歴史を持つ箱根温泉の中では、比較的新しい部類に入る強羅温泉。
人々が集まる観光地として発展した背景には、常に”鉄道”の存在がありました。

明治時代に入って箱根関所が廃止されると、箱根は富裕層の観光・保養地として人気が高まり、多くの有名著名人がこぞって別荘を建て始め、多くの人が押し寄せるようになります。

しかし箱根は険しい山。
それまで関所があった場所ですから、ふらりと訪れるようなところではありません。
まして強羅など当時はまだ秘境中の秘境。
観光客を呼び込むなど夢の又夢のお話でした。

登山鉄道と共に歩んだ強羅の歴史

登山鉄道と共に歩んだ強羅の歴史

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そんな中、1887年に東海道線(新橋~横浜間は1872年に開通)が国府津駅(神奈川県小田原市)まで延伸。
大都市から鉄道で箱根のすぐ近くまで、気軽に訪れることができる時代が到来します。
東海道線は残念ながら国府津から海沿いの平坦な土地を辿って御殿場や沼津方面へ抜けたため、箱根まで鉄道で一気に、というわけにはいきませんでしたが、富裕層や著名人からの支援もあり、国府津~湯本間に馬車鉄道(小田原馬車鉄道)が誕生。
なんと13㎞ほどの山道を馬が引く鉄道が誕生したのです。
これによって箱根の山は大きく開かれることになります。
明治の中頃には馬車鉄道は電化され小田原電気鉄道へ。
箱根は山装備をしなくても湯治に行ける温泉地としてますます人気が高まっていきます。

交通機関を整備すればもっと多くの観光客を呼び込める。
明治から大正、昭和と、激動の時代を経て箱根を支えた人々の思いが、箱根路をさらに切り開いていきます。
地元名士の後押しを受け、小田原電気鉄道は苦難の末、1919年(大正8年)年6月1日に湯本から強羅までの急勾配に登山鉄道を開通させたのです。

かつては”天下の嶮”と呼ばれるほど険しく、旅人を阻んでいた箱根山は、鉄道の発展と共に開かれ、富裕層はもちろんのこと、庶民でも訪れることができる一大観光地と変貌を遂げていきました。
そして、登山鉄道の到達点となった強羅駅の誕生によって、閉ざされていた箱根山中腹から山頂への観光ルートが確立。
強羅は人里離れた秘境から一気に”箱根の交通の要衝”となっていったのです。

秘境から箱根の中心地へ

秘境から箱根の中心地へ

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登山鉄道が通る前の強羅は、家ひとつない野原だったといいます。
強羅の地名の由来になっているとも言われている、硬い大石が無数に散在している「石の地獄」(梵語の”ゴーラ”)と呼ぶにふさわしい光景。
地盤は固く、おおよそ土地開発には不向きな場所であったそうです。
1894年(明治27年)、早雲山噴煙口からの引き湯で強羅温泉の歴史はスタートしました。
良質の湯が豊富に湧き出してはいましたが、電気を通すことも難しい土地。
開発は容易ではなかったのだそうです。
しかし、自然災害や資金不足など様々な問題に直面しながらも、地元の名士たちの努力と情熱が潰えることはありませんでした。

鉄道の開通と共に、政財界や文化人などの大きな別荘が建つようになります。
強羅は高地で夏でも涼しいことから富裕層の人気が集まっていったようです。

登山鉄道開通の2年後には、強羅からさらに奥、早雲山までの間にケーブルカーが開通。
電気や水道も行きわたるようになり、強羅の開発はますます盛んになっていきます。
昭和に入ると、引き湯ではなく強羅独自での温泉の掘削が始まり、戦後まもなく採掘に成功。
引き湯も加えて、一カ所で多様な温泉が楽しめる温泉地として温泉ファンにも注目されるようになります。

多くの人々の熱意によって切り開かれた強羅温泉。
交通機関が整備されたことで、現在では別荘だけでなく、宿泊施設や企業の保証施設などが数多く建てられ、箱根を代表する温泉地となっていったのです。

箱根の歴史的スポット(1)

強羅の歴史と繁栄を牽引:箱根登山鉄道

強羅の歴史と繁栄を牽引:箱根登山鉄道

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強羅の歴史を語るうえで欠かせないのが箱根登山鉄道。
この鉄道の開通が、現在の強羅の町を築いたと言っても決して言い過ぎではないでしょう。

湯本から強羅まで、距離にしておよそ8.9㎞。
1919年開業。
当時は箱根湯本から強羅までを結ぶ路線でしたが、1935年には小田原駅からの発着が始まり、強羅はより気軽に足を運べる温泉地となりました。
小田原から強羅までの距離はおよそ15㎞。
およそ16分ほどの時間で到着します。

路線の中には、80‰(パーミル:80‰は水平に1000m移動する間の高低差が80mであるということ)という勾配の箇所もあり、日本国内の車輪による普通鉄道の中ではおそらく再急の勾配。
スイッチバック(険しい斜面に対応するため車両の進行方向を転換しジグザグに昇降する方式)がある本格的な山岳鉄道で、山間を力強く走るその姿は迫力満点。
圧巻です。

窓から見る箱根の山の景色は筆舌に尽くしがたいほど美しく、春先や紅葉の時期、新雪の季節など、四季折々楽しむことができます。
中でも特におすすめなのがあじさいの季節。
運行の時期はその年によって異なりますが、6月中旬から下旬にかけて「あじさい電車」と呼ばれる電車が登場します。
通常よりゆっくり、湯本から強羅までを40分ほど時間をかけて、線路の両脇に咲き乱れる美しいあじさいと、これから夏を迎える箱根の山々の美しい景色を満喫することができる贅沢な電車。
夜は沿線数カ所にライトアップポイントが設けられ、光に照らされたあじさいを鑑賞することができます。
この電車に乗るためにわざわざ強羅を目指すという鉄道ファンも多いのだそうです。

箱根登山ケーブルカーとロープ―ウェイ

箱根登山ケーブルカーとロープ―ウェイ

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箱根登山鉄道の終着駅でもある強羅。
標高およそ541mに位置し、現在の駅舎はスイスをイメージした山小屋風の愛らしいデザインで、周囲の山々とも実によくマッチ。
「関東の駅百選」にも選ばれています。
この強羅駅と、さらに高い早雲山駅を結ぶのが箱根登山ケーブルカー。
強羅を箱根の中心地へと導いた立役者のひとつです。

強羅を支えた人々の思いは、鉄道を強羅まで引くことではなく、強羅からさらに延伸して箱根を回遊するコースを確立することにありました。

正式名称は箱根登山鉄道鋼索線といい、同じく箱根登山鉄道株式会社が運営しています。
開業は1921年12月1日で、関東では最も古いケーブルカーとしても有名。
全国的には1918年に生駒鋼索鉄道(奈良県)が開業しており、2番目に古い路線というおとになります。

強羅駅から標高およそ750mの早雲山駅まで、路線距離はおよそ1㎞。
駅の数は6駅で、高低差はおよそ200m。
険しい山道を、およそ10分ほどの時間で上りきります。
傾斜に合わせて階段状に斜めになった赤い小さな車両も魅力的です。

早雲山駅からさらに高みを目指すなら、ここで箱根ロープ―ウェイに乗り換えを。
1044m、噴煙吹き上がる大涌谷を経由して桃源台駅までのおよそ20分間の空中散歩。
箱根山のシンボル芦ノ湖まで行くことができます。
1959年(昭和34年)の開業当時は大涌谷まででしたが、翌年には全線開通。
強羅から芦ノ湖までがひとつの線でつながりました。

箱根というと車でお出かけになる方が多いかもしれませんが、強羅温泉を中心に展開する箱根登山電車、ケーブルカー、ロープ―ウェイは乗る価値のある乗り物。
眼下に広がる箱根の壮大な景色を是非、ご堪能ください。

nekoichi(猫壱)

Writer:

歴史と歴史小説と遺跡を愛してやまない東京都在住の主婦。子供のころからの大の時代劇ファン。国内外問わず歴史小説を読むようになり、NHK人形劇「三国志」を見て中国史にはまって大学では東洋史学を専攻。愛猫とじゃれながら歴史小説を読み漁る毎日を送っている。趣味は古地図を眺めることとカメラ片手の街散策。

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