観光する前に知りたいチリの歴史…スペイン征服から独立、クーデターまで

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は南米「チリの歴史」をご紹介します。

南米一治安のいい国チリってこんなところ

南米一治安のいい国チリってこんなところ

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チリは南米大陸の太平洋とアンデス山脈に挟まれた細長い国です。南北の長さ4329km、東西の幅は平均175kmで、北部は海岸砂漠地帯、南部は複雑に入り組んだフィヨルドを形成しています。片側は海、もう片方は山という一風変わった面白い景観が特徴で、自然環境の変化もあり一つの国とは思えない多種多様な景色も魅力的です。また、南米の他の都市に比べても治安がいいことでも有名です。

スペイン統治時代の歴史的建造物が多く残るサンティアゴや、氷河やフィヨルドなど手つかずの自然が残るパタゴニア、世界一美しい星空が見えるアタカマ砂漠、世界遺産のイースター島のモアイ像など見どころもたくさん。また、長い海岸線がある国だけあり、魚介スープや生うになど魚介類を使ったグルメも豊富です。スペイン統治時代に作られるようになったチリワインを味わいにワイナリーを巡るのも素敵な過ごし方です。今回は、チリの歴史に触れてみたいと思います。

チリの始まり

チリの北部では1万2000年前には、陸続きだった大陸からベーリング海峡を渡ってきた先住民が定住していたようです。サン・ミゲール・デ・アバサ村では、1万年前のものとされる世界最古のミイラが保存されています。チリに住んでいた民族はアジア系の人種と南太平洋を越えてきたポリネシア系の民族でした。チリの北にあるお隣の国ペルーでインカ帝国が起こったころは、チリの北部にも勢力が及んでいます。

16世紀には北中部にまで侵入するようになり、警戒した南部の先住民アラウカノ族は一致団結しインカ帝国を討ち破ろうと立ち上がりました。執拗にインカ帝国への侵入に抵抗したようです。ビオ・ビオ川河口には、かつて城砦があり街に発展し、商工業都市として有名なコンセプシオンとなりました。この都市は現在もビオ・ビオ州の州都となっています。現在でもテムコの中心では、昔からチリに住む先住民マプチェ族が彼らの生活ライフや文化を現在に伝えています。

新大陸発見により激変するチリ

新大陸発見により激変するチリ

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1492年にクリストファー・コロンブスがアメリカ大陸に到着するとチリもヨーロッパ人による侵略が始まります。1520年10月21日に最初に訪れたのはポルトガル人の探検家「フェルナン・デ・マガリャンイス(マゼラン)」です。マゼランはチリとアルゼンチン最南部のマゼラン海峡に到達しています。1532年にスペインの征服者フランシスコ・ピサロらは、インカ帝国の皇帝アタワルパ(在位1532-1533年)を処刑しました。これでインカ帝国は事実上崩壊しています。

1540年には、ピサロの配下だったペドロ・デ・バルディビアの遠征隊が、元インカ帝国だった地よりチリに侵入してきました。1541年にアメリカ有数の世界都市サンティアゴを創建し、1544年に設立したラ・セレナの街から1550年建設のコンセプシオンの町を南端まで領地を拡大し南北に1100kmまで広げました。その後1557年にサンティアゴに総督府を置き、ここから3世紀に渡り植民地として支配します。1604年にはビオ・ビオ川の南部はアラウカノ族によって奪還され、スペインの開拓村はことごとく破壊され、チリでのスペインの領地は減少しました。植民地時代のチリには海賊の襲撃やマプチェ族との戦いなども頻繁に起こり治安は不安定でした。

スペインからの独立運動時代

スペインからの独立運動時代

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独立への戦いは南米生まれのスペイン人クリオージョ(現地生まれのスペイン人の2世)たちによって開始されます。ナポレオン戦争により大混乱に陥ったヨーロッパ諸国ですが、スペイン本土もナポレオンの兄ジョゼフ・ボナパルトがスペイン王ホセ1世となったことでスペイン戦争が勃発しました。これにより植民地は偽王への忠誠を拒否し、一気に独立戦争へと動き出します。この戦争は、マイプ、チャカブコ、ランカグアなどチリ中部を中心に度重なる激戦を繰り広げました。

サンチャゴで1810年9月に独立を目指して自治政府が樹立しました。独立解放戦争では、南米独立の英雄でアルゼンチン出身の軍人のホセ・デ・サン・マルティンの援助を得ることができたのも幸いし、アンデス山脈を越え、チャカブコの戦いで勝利した後、1818年2月12日に独立軍の司令官オイギンスが独立を宣言し初の元首に就任しています。

独立後安定期を迎え繁栄するチリ

独立後安定期を迎え繁栄するチリ

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19世紀のチリは他の南米諸国の群を抜く勢いで栄えました。これはラテンアメリカの中でも先進国のひとつに数えられるほどでした。この繁栄の陰には、チリ北部のタマヤ銅山とカラコレス銀山で、当時発見された硝石により多額の利益を得ることができたからです。この硝石地帯の所有権を巡ってはペルーとボリビア連合と争い、そのまま太平洋戦争に突入します。

勝利したチリは領土拡大に成功します。ペルーからはアリカとタクナを、ボリビアからはアントファガスタとタラバカ地方を獲得しました。両者が欲しかったチュキカマタ銅山など硝石地帯も領土とすることができました。いうまでもなくどんどん発展を遂げています。この戦争で領土を獲得したものの、ペルーとボリビアとの感情関係は複雑に絡み合い影を落とす結果となりましたが、現在までの100年間は、戦争などの対立関係となったことはありません。

チリのクーデター予兆

チリのクーデター予兆

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1930年ごろは世界的にファシズムが横行しました。1932年以降のチリは民族統一戦線政府の下、クーデターも起こらない安定した政治が続いていました。1964年のキリスト教民主党のエドアルド・フレイ大統領の時代には斬新的改革政策が実施されています。1970年には社会、共産など6党の人民連合が推すサルバドール・アジェンデが大統領に選出されました。これは、世界初の自由選挙で選ばれた社会主義政権の誕生として有名です。

彼は選挙公約通り年金の引き下げや医療費の負担減、スラム街への病院や学校の建設及び賃金の引き上げなど社会改革を実行し、土地を持たない農民へは土地を安く与え協同組合も作りました。並べてみるとすごい改革をやってのけたんだと感じられます。それだけでなく、最大の改革は世界一の埋蔵量を誇る銅鉱山という資源産業を国有化したことです。しかし、これがクーデターへと発展してゆくことになります。急激な変化に国民がついていけなかったのです。

チリのクーデターの始まり

チリのクーデターの始まり

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急激な改革での歪は各地で不満を生み、中産階級の反発や野党との対決、労働者によるストの続発など甚大なものでした。銅市場操作などを行っていたこともあり経済がマヒ状態に陥りました。1973年9月11日に、陸、海、空、の三軍と警察隊連合軍によるクーデターが起こったのです。

これは、ピノチェト将軍が指揮する反乱部隊が首都サンチャゴにあった大統領官邸を襲撃したことで、持っていた武器で大統領が自殺したことで終結しました。これでチリ軍部クーデターが成功し、1970年から3年間続いたアジェンデ社会主義政権は崩壊。大統領の死には疑問が残り、反乱部隊が大統領の持っていた武器で殺害したともいわれていましたが、2011年5月に行われた発掘調査により自殺と判明しています。

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