キューバ共和国の歴史:成り立ち、スペイン統治と独立、アメリカとの国交正常化交渉まで

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は中南米「キューバの歴史」をご紹介します。

カリブ海に浮かぶ赤い島キューバってこんなところ

カリブ海に浮かぶ赤い島キューバってこんなところ

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カリビアンブルーの海に浮かぶラテンアメリカの共和制国家のキューバ。
フロリダの南に位置するカリブ海最大の島で、葉巻やラム酒が世界的に有名な国です。
周辺には美しい岩礁が数多くあり、陸地には標高2000mを超える山が聳えています。
空を見上げれば真っ青な青空とその下には「カリブ海の真珠」と称されるエメラルドグリーンに輝く海があり、観光ではマイナーなイメージですが本当に美しいリゾート地です。
コロニアル風の建物が建ち並ぶ首都ハバナの旧市街地やキューバ革命の英雄チェ・ゲバラの足跡を辿るサンタ・クララなど観光資源も豊富です。
また、現在も走る続ける1940~1950年制のクラシックカーを眺め、街角で流れてくるソンやルンバなどカリビアンミュージックを生で聞くのも素敵ですね!キューバの大自然に触れ、文豪ヘミングウェイが小説「老人と海」の舞台としたコヒマル村を訪れてゆかりの地を巡るのもキューバの過ごし方。
今回は、ヘミングウェイが愛した常夏の国キューバの歴史に触れてみたいと思います。

コロンブスが発見した美しい島キューバ

コロンブスが発見した美しい島キューバ

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キューバの先住民は、シボネイ族、タイノ族といった農耕を営む民族が数十万も暮らしていたといわれています。
1492年10月27日にコロンブスが、スペインのイサベル女王に派遣され、第一次航海時代にキューバを発見しました。
「人類が目にした中で最も美しい島」と表現したのがキューバです。
当初は、マルコポーロが「黄金の国」と伝えたジパングと間違えたとの噂もある地です。
彼は金があるのではと思いましたが空振りで、財宝は発見できませんでした。

スペインがキューバの植民地化を推し進めた時にいた先住民はアラワク族やタイノ族でした。
砂糖産業や奴隷産業が盛んとなりプランテーションの島と発展したのです。
その後スペインと中南米の中継点としても繁栄し始めます。
1511年にディエゴ・ベラスケスが現在の首都ハバナなどいくつかの街を建設しました。
しかし、わずか100年ほどで、スペイン人が持ち込んだ疫病や苛酷な強制労働によりほぼ絶滅しました。

スペイン統治時代のキューバ

スペイン統治時代のキューバ

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16世紀後半~17世紀の間には、キューバの良港を狙うフランス、イギリス、オランダなどの海賊や軍に幾度も襲われました。
これに対抗すべくスペインもモロ要塞やプンタ要塞を建ててより一層防御を固めることでキューバへの侵入を止めようと努力しました。
しかし、1655年にジャマイカを征服していたイギリスが1762年8月に侵略を果たしました。
2ヶ月にわたる戦争が起こり、とうとうハバナが陥落したのです。
これで、キューバはイギリス領となりました。

しかし、スペインはどうしても海の航路の中継点としてのキューバが欲しかったのです。
1763年7月6日にフロリダと引き換えにキューバを再びスペイン領としました。
これ以降米西戦争までキューバは、スペイン領となります。
1818年には貿易規制を廃止し島の経済や文化は更に発展しました。

砂糖産業が急速に発展したキューバ

砂糖産業が急速に発展したキューバ

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18世紀末頃になると、ハイチの砂糖産業が壊滅状態に陥りました。
当時フランス領だったハイチで奴隷たちによる反乱が起こったためです。
奴隷の輸入を許されたキューバでは、「砂糖革命」と呼ばれる大規模な砂糖産業が行われました。
このころ、アメリカ合衆国の独立もあり、有力な貿易相手となったことも追い風となり発展しました。
1840年には鉄道が導入され島内の輸送ルートも便利になりました。
1860年には世界最大の砂糖王国という名誉も得ています。

スペインの専売だった葉巻が自由化されると、キューバは砂糖に加えて葉巻も扱うようになります。
これで、以前より裕福になったキューバの人々の中に独立心が芽生え始めました。
それにはキューバ人は、砂糖産業によりアメリカと付き合うようになり、1830年ごろから抑圧的に支配するようになっていたスペインよりアメリカと仲良くなった方が有利なのではという気運が高まったからともいわれています。

スペインからの独立を目指すキューバ

スペインからの独立を目指すキューバ

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砂糖産業が好調で裕福になったころの1848~1851年には、キューバをアメリカに編入させようという運動が起こりました。
指導者はスペイン系のアメリカ人「ナルシソ・ロペス将軍」です。
しかし失敗に終わり彼は逮捕、処刑されています。
ここからも何度もキューバからスペインに独立を打診しましたが、いずれも拒否されました。
1868年10月10日にデ・セスペデスの指導下で、革命派のクリオーリョ(現地で生まれたスペイン人)の地主たちが武装蜂起し第一次独立戦争(十年戦争)が起こりました。
10年という長きにわたる戦争でしたが鎮圧。
しかし奴隷は解放され、砂糖プランテーションの近代化とアメリカの資本進出が進んでいます。
1886年に奴隷制が完全に廃止されました。
安い賃金で働かせることの出来た中国人の輸入も1871年には終了しました。

スペインからの独立を果たすキューバ

スペインからの独立を果たすキューバ

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1892年にホセ・マルティを中心としたキューバ革命党を結成し、第二次独立戦争が始まります。
1898年2月にアメリカがキューバに加担し、米西戦争が勃発しました。
さすがのスペインもアメリカにはかないませんでした。
この戦争にアメリカが勝利し、同年12月10日にキューバは400年に及ぶスペイン統治からやっと逃れることが出来ました。
しかし、この後はアメリカ軍政下に入ることとなります。

1902年5月20日にキューバ共和国が誕生しました。
1920年に第一次世界大戦が起こりましたが、これはキューバには良い方向に向きました。
更に砂糖産業が盛り上がり、ハバナはアメリカ人たちの憧れの都市となり、「カリブ海のモンテカルロ」と呼ばれるようになります。
しかし、スペイン時代と同じように、一部のアメリカ人だけが富を得て、キューバの人々は貧しく食べるものにも困る差別社会が続くのです。
1920年の世界恐慌が起こり、益々困窮しました。
1933年には新たに革命を起こしますが、4ヶ月で崩壊し、更にアメリカの圧政となりました。

フィデル・カストロ率いる革命軍の勝利

フィデル・カストロ率いる革命軍の勝利

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1952年のクーデターの時に親米派のパティスタ政権が樹立しました。
これにより益々窮地に立たされるキューバですが、1953年7月26日にフィデル・カストロが150人の同志と共にパティスタ政権を倒すべく蜂起しますが失敗。
捕らわれますが弁護士だった彼を処刑することは出来ず釈放されメキシコに渡りました。
現在も、7月26日は革命記念日とされています。

しかし、このままで終わらなかったのはカストロです。
メキシコでゲリラと合流し、1956年12月にヨットの「グランマ号」に乗りキューバに上陸。
ばれてしまいますが山中に逃れ、ゲリラ戦を繰り広げながら勢力を拡大しました。
1958年にサンタ・クララで、パティスタ政権の装甲車を襲撃し多くの武器を取り上げました。
これによりパティスタ政権はドミニカ共和国へ亡命しました。
1959年1月1日にやっと革命軍が勝利宣言をしました。

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