観光の前に知りたい「リオデジャネイロ」の歴史。この都市の光と影

2016年に夏季オリンピックが開催されたことも記憶に新しいリオデジャネイロ。サンパウロに次ぐブラジル第2の都市であり、国内最大の観光都市でもあります。特に「リオのカーニバル」は世界的に有名で、毎年100万人近くの観光客が世界中から集まります。その一方で、リオデジャネイロには植民地支配と奴隷、貧富の格差に彩られた暗い歴史がありました。今回の記事では、リオデジャネイロの魅力と歴史をご紹介します!

リオデジャネイロとはどんな都市?

世界三大美港!美しい港湾都市

2016年に夏季オリンピックが開催されたことで、世界有数の都市として一層知名度を高めたリオデジャネイロ。都市部の周辺区域はコルコバードのキリスト像やコパカバーナ海岸など美しい文化的景観・自然に囲まれており、2012年にはこれらがまとめて「リオデジャネイロ:山と海の間のカリオカの景観群」として世界遺産にも登録されました(ちなみに「カリオカ」とは「リオデジャネイロ市の住民、あるいは出身者」を意味する言葉です)。特に、コパカバーナやイパネマなど世界的に有名なビーチを持っており、シドニーなどと並んで「世界三大美港」にも挙げられるほどの港湾都市でもあります。

また、ブラジルを語るときに忘れてはならないのがサッカーです。リオデジャネイロを本拠地とするサッカークラブが複数存在し、ジーコやロナウドなど世界的なビッグプレイヤーを多数輩出してきました。ジーコやラモス瑠偉を初め、日本のJリーグにもリオデジャネイロのクラブ出身の選手や監督が数多く在籍してきました。15,000人ほどの日系人が居住しているとも言われており、日本との関わりが深い都市と言えるでしょう。

ショーロ、ボサノバ、サンバ…音楽の都としての側面も

リオデジャネイロと言えばサンバカーニバル!「セントロ」と呼ばれる市内の中心部をメイン会場とするカーニバルは、もともとキリスト教(カトリック)の謝肉祭を起源としています。リオデジャネイロのカーニバルは特に大規模かつ派手になってしまったために、世界的な認知度を誇ります。毎年2月から3月のどこかで四日間も開催され、ブラジル内外から100万人もの観光客がカーニバル目当てに訪れると言われるほどのイベントに成長しました。

その特徴はなんと言ってもサンバでしょう。サンバは、アフリカから連行された黒人奴隷が持ち込んだ打楽器や宗教的な音楽、ヨーロッパから移住してきた白人が持ち込んだポルカなどといった舞曲など、いろいろな要素が混合して混ざり合った音楽スタイルです。16世紀以降の移民で成立したブラジル、リオデジャネイロならではの音楽と言えるでしょう。

また、サンバ以外のショーロやボサノヴァもリオデジャネイロで成立した音楽スタイルとされています。ショーロとは19世紀に成立した音楽スタイルで、サンバにも影響を与えたとされています。ボサノヴァは逆にサンバの影響を受けて成立し、戦後の1950年代に中産階級の若者たちから急速に広まり、世界的なブームとなりました。リオデジャネイロは音楽の都でもあるのです。

リオデジャネイロにも世界遺産がある!

リオデジャネイロにも世界遺産がある!

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コルコバードの丘で巨大なキリスト像を間近に見られる

リオデジャネイロのいくつかの景観がまとめて世界遺産に登録されたのですが、その中でも最も目立ち、最も有名なのがコルコバードの丘にあるキリスト像。コルコバードの丘は郊外にある標高700メートルほどの丘で、ここからリオデジャネイロの町を一望することができます。1931年にブラジル独立100周年を記念して建設されたキリスト像は、高さが30メートルもあって巨大なもの。あまり知られていませんが、中は150人ほど収容可能な礼拝堂になっています。世界遺産に登録されただけではなく、スイスの民間財団によって中国の万里の長城、インドのタージ・マハルなどとともに「新・世界七不思議」に選出されました。他の六つがどれも17世紀以前に造られた「遺跡」であるのに対し、コルコバードのキリスト像のみ20世紀に建設された新しい建設物です。

国民の7割以上がカトリックを信仰していると言われるブラジルは、世界で最も多くのカトリック人口を抱えています。そんなブラジルで1931年当時の首都であったリオデジャネイロに巨大なキリスト像を建設したことは、独立100周年を記念した一大行事であるとともに、人々の信仰心の表れでもあったと言えるでしょう。

コパカバーナ海岸で優雅なひとときを

コパカバーナはリオデジャネイロの南東部にあるリゾート地・高級住宅地で、ブラジルで成功を収めた富裕層が好んで住居を構える「成功の象徴」としての側面を持っています。

全長4キロメートルにも及ぶ真っ白な砂浜はサーフィンやビーチバレーなどのマリンスポーツ・ビーチスポーツのメッカともなっており、ビーチバレーの世界選手権はここコパカバーナ海岸で開催されています。よく日本のテレビ番組でブラジルを特集した際に登場する「ビーチ」「ビーチバレー」のシーンの多くはコパカバーナ海岸で撮影されたものと言えます。日本人が「ブラジル」と聞いて連想するイメージの大部分はコパカバーナ海岸に拠っているのです。

リオデジャネイロ市内でも比較的治安のよい場所として知られていますが、外務省によると無警戒な観光客をターゲットにした強盗、スリ、ひったくりなどが急増しているとされています。オリンピックの開催された2016年にも、このコパカバーナ海岸で日本人がナイフを持った男に襲われてスマートフォンを奪われる被害が発生しています。「地引き網」と呼ばれる集団強盗被害が市内の各ビーチやその周辺で発生しているという報告もありますので、コパカバーナですら警戒を怠ってはいけませんね。

他にも観光名所がいっぱい!

変な形の一枚岩!ポン・ヂ・アスーカル(シュガーローフ)

変な形の一枚岩!ポン・ヂ・アスーカル(シュガーローフ)

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リオデジャネイロの世界遺産はいくつもの景観・遺跡を含んでいます。その一つが「グアナマラ湾口と人工的な海岸線」であり、これを構成する景観の一つが「ポン・ヂ・アスーカル」です。グアナマラ湾にニョキッと突き出した巨大な一枚岩のことで、砂糖パンに形が似ていることから「ポン・ヂ・アスーカル」と呼ばれています。ちなみに、砂糖パンとはフランスパンが横に膨らんだような丸い形の菓子パンで、南北アメリカでポピュラーなお菓子。英語読みで「シュガーローフ」なので、しばしば「シュガーローフ」ないし「シュガーローフマウンテン」とも呼ばれます。日本人の感覚ですと、少し縦長のおにぎりと言った方がイメージもわきやすいかもしれません。

コパカバーナからは約4キロメートル。ふもとからロープウェーを二つ乗り継ぐことで、この奇妙な形の岩のてっぺんにのぼることができます!てっぺんからはリオデジャネイロ市内の美しい町並みや湾の様子を一望できますので、リオデジャネイロを訪れた際はぜひ足を運びたい観光名所です。

このポン・ヂ・アスーカルはロッククライミングの名所としても有名で、ロープウェーに乗っていると多くのクライマーが壁に張りついているのを目にします。公式サイトによれば、初めて頂上に到達したのはイギリス人女性で、1817年のことなのだそうです。

ゴージャスなリオデジャネイロ市立劇場

世界遺産には含まれていませんが、リオデジャネイロ市立劇場も大変素晴らしい建造物です。ポン・ヂ・アスーカルから10キロメートル以上離れたところにありますが、海岸沿いを走ればすぐ目に入るはず。パリにあるオペラ座がモデルとされ、さまざまな建築様式をいいとこ取りした「折衷様式」で立てられています。1909年に開館された100年以上の歴史を誇る劇場です。2010年に大改修工事が完了し、開館した当時の姿を取り戻しました。

現在でも、ブラジル内外のバレエ、演劇、音楽の公演が行われる「現役」の劇場です。ブラジルのみならず、南アメリカ全体で見ても歴史的に重要な劇場となっています。

公演のチケットがなくても、建物内の見学は可能です。ガイドツアーが用意されており、ガイドの話(ポルトガル語か英語ですが…)を聞きながら20世紀初めからの歴史に浸ることができます。リオデジャネイロ市立劇場のある界隈には、他にも国立図書館、国立美術館など歴史的な建造物が建ち並んでいますから、地区全体の観光の一環として訪れるのがおすすめです。もちろん、予約できれば公演を楽しむのがベストです!ぜひ一流の劇場で一流の公演に酔いしれましょう。

貧富の差と治安問題がくすぶるリオデジャネイロ

貧富の差と治安問題がくすぶるリオデジャネイロ

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人口の大量流入が生んだ社会問題

コルコバードの丘やコパカバーナ海岸などといった美しい町並みを誇る一方、リオデジャネイロを含めたブラジルの大都市は貧富の差や治安の悪化など負の側面を抱えています。19世紀初めに首都になったリオデジャネイロは順調な発展を続けますが、移民や国内の人口移動により無軌道に町が膨らんでいきました。

特に、戦後の開発政策により商工業が発展すると、経済の中心であるリオデジャネイロには職を求めて国内各地域から貧困層が流入してきました。人口統計資料によれば、1950年代の時点で295万人を数えていたのが、2010年には1,195万人にまで増大しました。その結果、市内各地に「ファヴェーラ」と呼ばれるスラムが林立し、マフィアや薬物が蔓延するなど社会問題化しています。市民の四分の一はファヴェーラに居住しているとも言われており、リオデジャネイロオリンピックの際も、治安の問題が強く懸念されていました。対策のため、警察の特殊部隊が掃討作戦を行ったものの、事態の根本的な解決にはつながっていません。福祉政策やインフラ整備もかつてに比べれば進んでいるものの、ファヴェーラの住民はなかなか貧困層から抜け出せないのが実情です。

ファヴェーラが象徴するリオデジャネイロの「影」の部分

結局のところ、ファヴェーラの存在はブラジル国内における著しい経済格差の象徴でもあります。ここ20年ほどの急激な経済成長によって、国自体はロシアやインド、中国とともに新興国群「BRICs」の一角として国際的な注目を浴びるまでになりましたが、激しい所得格差はますます広がっています。もともと奴隷から脱した黒人が流入したことでファヴェーラは発生したのですが、今では白人貧困層を含め人種的は多様です。かつてあった人種差別は薄れつつあるものの、高い費用を負担しないと高いレベルの教育を受けることのできないブラジルでは経済的に差別されているも同然の状態が続いています。

殺人罪が高く薬物が集中するファヴェーラでは、地域を牛耳る「麻薬王」のようなギャングとうまくやっていくことで日々の生活が表面的には保たれています。警察の掃討作戦もあり、今では観光ツアーも組まれるほどではありますが、それでもこうした経緯を踏まえると安易に訪れるべきではありません。

こうしたリオデジャネイロの「光と影」は、歴史的な経緯をたどることでよく理解できるようになります。あまり現在の教育課程で南アメリカについて知る機会はありませんが、ぜひ次項以降を読んでブラジルとリオデジャネイロの過去・現在について頭に入れていただければ幸いです。

リオデジャネイロ建設とゴールドラッシュ

リオデジャネイロ建設とゴールドラッシュ

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daifuku_shiruko

Writer/Editor:

和菓子好きの34歳男。某塾で歴史を教えていた経験があります。複雑な情報をうまく整理できたときの快感がたまらなく好きです。私の文章がそんな「快感」を共有できるものになれば・・・と思いながら、日々文章を書いています。

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