世界遺産ランキング2位だったカンボジア・アンコールワットの絶景と歴史まとめ

世界に1000件以上ある世界遺産のなかで、今年行われたこのランキングで2位に輝いた「カンボジア・アンコールワット」。カンボジアの顔として、東南アジア旅行の代表格としてご存じの方も多いと思いますが、さて歴史をご存知かと聞かれればいかがでしょうか。本日は、絶景写真ととtもに、アンコールワットの歴史を簡単に振り返ってみましょう。


アンコール遺跡群ってこんなところ

アンコール遺跡群ってこんなところ
アンコール王朝時代の寺院遺跡群として知られる、アンコール遺跡。
ヒンズー教ビシュヌ神に捧げるための寺院として1113年から30年間かけて建てられました。
はじまりは、ラアン・スピアンの洞窟から人間の生活の痕跡が発見されたことから、紀元前4200年ころだと推定されています。
最初にできた国家は2世紀ごろの「扶南」(ふなん)。
メコン下流にあった国家で、インド、中国、ローマとの交易が行われ、海のシルクロードの貿易の中継地点として栄えました。
5~6世紀にはメコン川中流域に「真臘」(しんろう)と呼ばれる国家も建国されています。
建国当初は扶南国の属国でしたが、勢力をつけて7世紀に併合しました。
707年には「水真臘」、「陸真臘」分裂し勢力が弱まりジャワ王国の支配下となっています。

そんなアンコールワット周辺の歴史を振り返ってみましょう。

アンコール遺跡群の住所・アクセスや営業時間など

名称 アンコール遺跡群
住所 アンコール・ワット, カンボジア
営業時間・開場時間 5:30~17:30
利用料金や入場料 1日券20ドル3日券40ドル
参考サイト http://whc.unesco.org/en/list/668/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

アンコール遺跡群のスポットページ

アンコール朝の誕生

アンコール朝の誕生
802年にはジャワから帰国したジャヤーヴァルマン2世(在位802-834年)は、分裂していた国内を統一しアンコール王朝を創設し、王を神の化身として考える「王即神」を擁立。
その後ヤショーバルマン(在位889-910年)1世が、ロリュオスにあった王都をアンコールの地に遷都しました。

 

1177年にチャンバ王国(ベトナム中部沿海)に占領されますが、その後勢力を取り戻し1181年に即位したジャヤーヴァルマン7世(在位1181-1219年)が1199年ごろにチャンパ王国や大越国(ベトナム)を陥落し領地を拡大しました。
インドシナ半島の大半を支配化に治めた、この頃が一番の繁栄期といわれています。
1113年にアンコール・ワット、1181年にアンコール・トムなどが建設されました。

アンコール王朝最盛期

アンコール王朝最盛期
9世紀から14世紀の間に王位に就いた王は26名。
アンコール朝は王の血縁者が王位を継承するのではなく、戦闘により決めていました。
まさに戦国乱世のようですね!現に26人の内血縁関係で王の座に就いたのはたったの8名にしかすぎません。
王は即位すると、都城、寺院、王宮の3つを建てるのが夢でした。
でも、やり遂げたのはたった4名のみでした。
katsuya

Writer:

かつて仕事の都合で東京←→京都を年100回往復していました。京都の西七条に家を借り、なんと結婚相手も京都で見つけました。「地元民ではないけど、だからこそわかる京都」の魅力をお伝えします。

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