なぜスペインに…?今日も1日1000人が巡礼するキリスト使徒の墓がある教会

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は、今のスペインの地でかつてイエス・キリストの12使徒の一人の「聖ヤコブ」の墓が見つかったとされた「サンティアゴ・デ・コンポステーラ(旧市街)」をご紹介します。


サンティアゴ・デ・コンポステーラ(旧市街)ってこんなところ

サンティアゴ・デ・コンポステーラ(旧市街)ってこんなところ

サンティアゴ・デ・コンポステーラの住所・アクセスや営業時間など

名称 サンティアゴ・デ・コンポステーラ
住所 Santiago de Compostela
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B4%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%A9
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

サンティアゴ・デ・コンポステーラのスポットページ

聖ヤコブの墓がスペインにあった理由

聖ヤコブの墓がスペインにあった理由
9世紀に現在のスペインにあるサンティアゴ・デ・コンポステーラで、イエス・キリストの12使徒の一人の聖ヤコブの墓が発見されました。
「聖ヤコブの霊廟に詣でれば、すべての罪が許され、天国の門が開かれる」と信じられ、中世から巡礼者が後を絶たない地です。

聖ヤコブとはキリストの特別な弟子ペテロやヨハネと並ぶ存在でした。
彼はスペインで布教活動を行い、エルサレムへ戻った後、キリスト教迫害の時代にユダヤの王ヘロデ・アグリッパ(在位37-44年)によって斬首されました。

弟子たちが石の小舟に遺体を乗せて星の導くまま運び、流れ着いて埋葬したのがこの地だったのです。
彼が死んだ後もキリスト教の迫害が何度か起こり、いつの間にかこの墓すらも忘れ去られた存在となりました。

サンティアゴ・デ・コンポステーラのはじまり

サンティアゴ・デ・コンポステーラのはじまり
813年にイリア・フビライ司教テオドミルスが明るい星に導かれ、聖ヤコブの墓を発見したと伝わっています。
この頃のストゥリアス王アルフォンソ2世(在位791-842年)は、オビエドの戦いでイスラム軍に勝利し、巨大な勢力を手に入れていました。

この出来事を知った王は、すぐに3つの教会を建てました。
この教会の一つが、アンテアルタレス教会です。
この教会の横には修道院も造りました。
教会を中心とする狭い範囲がこの町の原形です。

アルフォンソ3世がこの教会を改築して造ったのが、「黄金色に輝く傑作」と讃えられるサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂。
この時より、聖ヤコブはキリスト教国スペインの象徴となりました。

小さな町から都市へ

小さな町から都市へ
この墓が発見された後の844年には、聖ヤコブはクラビホの戦いに戦士の姿で現れ、イスラム教を撃退したとも伝わっています。
この伝説の頃から聖ヤコブは、キリスト教徒の守護聖人となり、「ムーア人(イスラム教徒)殺し」と呼ばれるようになりました。

この時期の司教シスナンドゥスが街に6つの門を持つ城壁を築き、内部に司教館も建築。
この頃イリア・フビライにあった司教座がこの地に移り、貴族階級の人々が住み始め町は急速に栄えました。
司教の死後、国王が広大な土地を寄進し、さまざまな人が住みはじめ町は都市となったのです。
後にこの城壁はクレスコニス司教(在位1037-1066年)によって塔を建てるなど強固なものとされました。

波乱の時代から繁栄期へと

波乱の時代から繁栄期へと
997年に後ウマイヤ朝(イスラム勢力)の宰相マンスールの攻撃を受けて、他の建物と共にこの大聖堂も破壊され、一時期はキリスト教の巡礼も途絶えてしまいます。
しかし、すぐに建て直しがされたようです。

11世紀後半のレコンキスタ運動により、カスティーリャ王国のナバラ王サンチョ3世(在位1000年ころ~1035年)が、キリスト教徒軍を勝利へと導きこの聖地の奪還に成功しました。
スペイン北部に巨大な勢力を誇示し北ヨーロッパ諸国との関係が密になっていきます。
それと同時に、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼も国際的なものとなり、1075年にロマネスク様式の新しい大聖堂の建設が始まりました。

巡礼の記録の最古のものは951年です。
初期のころの巡礼者は貴族階級や騎士階級の時代でした。

長くキリストの侵攻の象徴で居続ける町

長くキリストの侵攻の象徴で居続ける町
12~15世紀にかけて、巡礼と聖ヤコブの崇拝が最高期に達します。
11世紀以降、多くの巡礼者が訪れるようになり、エルサレム、ローマに次ぐキリスト教第3の聖地となりました。

1139年ごろには「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼案内書」というガイドブックまで作られ、年間50万人もの人々が訪れています。
それによりヨーロッパの文化が行き交うようになり、宗教建築や絵画などが流れ込み、芸術・文化と共に大きく発展しました。

katsuya

Writer:

かつて仕事の都合で東京←→京都を年100回往復していました。京都の西七条に家を借り、なんと結婚相手も京都で見つけました。「地元民ではないけど、だからこそわかる京都」の魅力をお伝えします。

この記事のカテゴリ

スペイン
歴史
絶景

関連記事を見る

スペインの記事を見る

神様のパワーにあやかりたい!歴史と神秘に包まれた世界の聖地10選
新大陸発見以前のスペインを知っていますか?レコンキスタの足跡を巡るスペイン7つの街
人間の暴力と悲劇の20世紀を語る!ピカソの大作『ゲルニカ』が防弾ガラスに守られていたのはなぜ?
【スペインの世界遺産】歴史的な教会群から自然まで揃う。スペインの世界遺産を紹介!
スペイン観光なら次はここ!「マヨルカ島」で見たい絶景10選
コスタリカ観光なら次はここ!「サンホセ」で見たい絶景10選
スペイン観光なら次はここ!「レオン」で見たい絶景10選
地中海を望む美しい街並み。スペイン「ネルハ」で見たい絶景10選
西へ西へと航海し世界一周を達成!世界周航初の達成者マゼラン艦隊の軌跡を追う
ヨーロッパ旅行に行きたい!女子旅におすすめの美しい都市30選
アフリカの玄関、モロッコの「タンジェ」観光の見どころ
スペイン観光なら次はここ!「ビルバオ」で見ておきたい博物館・美術スポット7選