ヨーロッパに一番近いアフリカ。旧市街もやはりそのテイストを受け継いでいる様子…「テトゥアン旧市街」

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はモロッコにある「テトゥアン旧市街(旧名ティタウィン)」をご紹介します。

テトゥアン旧市街ってこんなところ

テトゥアン旧市街の住所・アクセスや営業時間など

名称 テトゥアン旧市街
住所 tetouan
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト https://worldheritagesite.xyz/titawin/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

テトゥアン旧市街のスポットページ

テトゥアンという街

テトゥアンという街
テトゥアンはモロッコ北部にある地中海寄りの都市で、北に40㎞ほど行くとジブラルタル海峡があり、対岸はもうスペインです。
紀元前3世紀頃には町があり、ローマの属州となりました。

8世紀になると、モロッコとスペインあるイベリア半島の中継地として栄えたそうです。
この頃にはイスラム勢力が半島を支配していました。

しかし、15世紀末にキリスト教徒を中心とした国土回復運動によってイスラム勢力は追いやられ、半島にいた人々はテトゥアンに逃げてきたのです。
そして都市を造り、これがテトゥアン旧市街となりました。
このような経緯から、建物にはスペイン南部アンダルシア地方とイスラム文化の影響が見られます。







スペインの影響が色濃い旧市街の建物

16世紀にイベリア半島から逃れてきたムーア人は、アラビア語を話すイスラム教徒のアフリカ人でした。
本来の故郷に戻った彼らはテトゥアンに城壁を築きその中に街を造りました。
建物は低くほぼすべてが白壁で、ぎっしりと密集した街づくりとなっています。
これがなだらかな丘陵地帯へと続く様子は、まさに南スペインの風景を彷彿とさせます。
17世紀に造られた王宮は、キリスト教とイスラム教の文化が融合したスペイン・ムーア様式の建物で、スペインのアルハンブラ宮殿にも通じる繊細でエキゾチックな佇まいです。
教会がある一方、イスラム教のモスクもあるので、本当に様々な文化が混在しているのだなと感じますね。

旧市街を探検しよう

旧市街を探検しよう
モロッコには幾つもの旧市街があり、大抵の場合巨大迷路のようになっています。
代表的なものはフェズやモロッコのものですね。

一方テトゥアンのものはというと、小さめではありますがやはり十分に旧市街らしさを備えています。
細く狭い道が入り組んでおり、スークと呼ばれる野外市場があちこちに見られます。
モロッコならではの雑貨を見て歩くのも良し、迷路のような不思議な雰囲気を楽しむのも良し、楽しみ方は様々です。

次のページでは『スペイン語が聞こえるテトゥアン』を掲載!
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