タージ・マハルの近くに、僅か14年で棄てられた立派な城が実在した…

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日はインドの世界遺産「タージ・マハル」から西に40キロほどの距離にあり、僅か14年で放棄されたという「ファテープル・シークリー」をご紹介します。






ファテープル・シークリーの歴史ってこんなところ

ファテープル・シークリーの歴史ってこんなところ

ファテープル・シークリーの住所・アクセスや営業時間など

名称 ファテープル・シークリー
住所 Near Connaught Place, Agra 282001, India
営業時間・開場時間 施設による
利用料金や入場料 施設による
参考サイト http://whc.unesco.org/en/list/255/
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

ファテープル・シークリーのスポットページ

儚く終わった都、ファテープル・シークリーの誕生

儚く終わった都、ファテープル・シークリーの誕生
ファテープル・シークリーは、インドで有名な「タージ・マハル廟」も隣接する「アーグラ」の西約37kmにある、「赤砂岩の詩」と称された壮大なアクバル帝の城跡。
かつて栄えたこの都はなくなりましたが、現在はモスク地区と宮殿地区がのみ残っています。
この城跡には壮大な建築群が造られており、世界各国からさまざまな人が皇帝を訪ねて集まってきました。
ヒンドゥとイスラム様式を組み合わせた建物群は、グジャラート地方征服を記念して、ファテープル(勝利の都)と名付けられました。
しかし、この地には王都としてはふさわしくない立地条件だったため14年で見捨てられてしまうという寂しい都でもありました。
その理由は、砂漠に近く吸水がうまくいかず極端な水不足に陥った上に、猛暑に見舞われ、1585年には都はラホール(現パキスタン)に遷都されました。






聖者の予言に感動して建てられた城

聖者の予言に感動して建てられた城
当時ムガル帝国第3の皇帝アクバル(在位1556-1605年)が建設し、アーグラから帝都を移した都城です。
この城の建設にまつわる伝説が残されています。
大勢もの側室を持った皇帝ですが、世継ぎを授かりませんでした。
悩んだ皇帝はシークリー村に住むイスラム教聖人に相談したところ、「5年以内に、3人の男児を授かる」との予言を受けました。
その予言通りに妃が翌年王子を、翌々年に次男、後には三男を授かりました。
これに感動した皇帝はこの地に城を建て、1571年に都を移したというものです。
水不足と猛暑のために放棄された壮大な都ですが、5年もかけて造られ、建設当時は造幣局や、キャラバンサライ(隊商宿舎)までが備わった立派なものでした。
ここを訪れる人は、「こんな素敵な城を14年で捨てるなんて…。」と語られるほど魅力的です。

若くして皇帝を継承したアクバル

若くして皇帝を継承したアクバル
実はアクバル大帝は、父のフマユーン(在位1530-40年、55~56年)が事故死したため、13歳という若さで皇帝を継承しました。
父フマユーンの墓はインド・イスラム建築の傑作フマユーン廟です。
こちらも、夫婦愛を象徴する世界遺産で、とっても美しい逸話が残っています。
katsuya

Writer:

wondertrip編集長。短い日程で多くの観光地を巡るエクストリームな旅行を得意とする。またお土産調査が趣味で、旅行に行くたびに編集部はお土産まみれになる。一番得意なエリアは京都。

この記事のカテゴリ

歴史
絶景

関連記事を見る

歴史の記事を見る

敬虔なるキリシタン武将・明石全登、ドラマチックに登場した大坂の陣と謎の行方
苦節55年!?日本を代表する近代建築・国会議事堂は誰が建てた?
落ちぶれた本願寺を再興した救世主・蓮如が歩んだ道のりを徹底解説!
偉大すぎる父とできすぎた弟たちを持った毛利のプリンス・毛利隆元の苦悩
絶対敵にしたくない男No.1!「敵はとりあえず暗殺」の宇喜多直家、でも家臣は大事にした?
奈良時代から現存する「東大寺法華堂」ってどんなところ?
秀吉は本当に一夜で城を完成させたの?岐阜・墨俣城を訪ねてみた
出奔されてもコイツが必要!と伊達政宗に思わせたデキる親戚・伊達成実ってどんな人?
冬の立山連峰を越えた男・佐々成政、時代に翻弄された悲劇の最期
負け戦に敢えて挑む男のプライド。秀吉に刃向った武将・九戸政実の生き様
秀吉vs勝家!決戦の地・賤ヶ岳古戦場の歴史を辿る旅
小牧山城で近世城郭の始祖・織田信長の築城技術を学ぶ