地中海マルタ共和国に眠る7000体の遺骨…「ハル・サフリエニ地下墳墓」が歴史ロマンくすぐる

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「ハル・サフリエニ地下墳墓」をご紹介します。


ハル・サフリエニ地下墳墓ってこんなところ

Hal Saflieni Hypogeumの住所・アクセスや営業時間など

名称 Hal Saflieni Hypogeum
住所 Triq Ic Cimiterju, Raħal Ġdid PLA 1116 マルタ
営業時間・開場時間 9時00分~17時00分
利用料金や入場料 20ユーロ、学生60歳以上15ユーロ、6~11歳12ユーロ、6歳以下入場不可
参考サイト https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%95%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%8B%E3%81%AE%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E5%A2%B3%E5%A2%93
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

Hal Saflieni Hypogeumのスポットページ

ハル・サフリエニ地下墳墓とは

ハル・サフリエニ地下墳墓は、地中海に浮かぶマルタ島にあります。
マルタ島はイタリアのシチリア島の南にあり、周辺の島と合わせてマルタ共和国となっています。
イギリス連邦に属するため、公用語は英語です。
そんなマルタの首都バレッタ郊外の街・パオラにあるハル・サフリエニ地下墳墓は、紀元前2500年頃のものです。
ちょうど、エジプト文明の初期段階と同じくらいの時期ですね。
文字を使う前の人類が暮らしていた先史時代では、世界唯一の地下墳墓になります。
宗教上の聖域や神殿だったようですが、後に地下納骨堂に変わったと考えられています。
しかし、文字がなかった時代のものであるため、わからないことも多いのです。

ハル・サフリエニ地下墳墓の歴史

紀元前2500年頃に造られた地下墳墓ですが、紀元前2000年頃にはこの地に住んでいたマルタ人が忽然と姿を消してしまいます。
理由は今も不明です。

その後地下墳墓は地中に眠ったままでしたが、1902年、偶然に発見されました。
住宅開発で貯水槽を掘っていたところ、この地下墳墓を掘り当てたのです。
1980年には世界遺産に登録され、マルタの切手にも採用されました。

 

現在は1日の入場者数70人ほどに制限され、遺跡の修復のために長期間見学ができなくなることもあるので注意が必要です。
謎の地下墳墓を見るために観光客が殺到し、予約は常にいっぱいとなっています。
見学したいかたは1ヶ月は余裕を見て下さいね。

地下墳墓に眠っていた7000体の遺骨たち

地下墳墓は地下11mに及び、3階層構造になっています。
38の石室は複雑な迷路と急な階段で結ばれており、侵入者を転落させる仕掛けもあります。

ここには約7000体もの遺骨が葬られていました。
納骨堂とはいえ相当の規模ですね。

次のページでは『謎の頭蓋骨とエジプト』を掲載!
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