国全体が要塞みたいな国ルクセンブルク、その古い街並みと歴史的要塞群

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「ルクセンブルク市:その古い街並みと要塞群」をご紹介します。

ルクセンブルク市:その古い街並みと要塞群ってこんなところ

ルクセンブルク市の住所・アクセスや営業時間など

名称 ルクセンブルク市
住所 Ville de Luxembourg
営業時間・開場時間 24時間
利用料金や入場料 無料
参考サイト https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF%E5%B8%82
最新情報は必ずリンク先をご確認ください。

ルクセンブルク市のスポットページ

ルクセンブルクってどんな国?

ルクセンブルクは、ベルギー、フランス、ドイツに囲まれた、深い渓谷と緑の森に育まれた小さな国です。
「北のジブラルタル」との異名を持つ賢固な城砦都市でありながらも、古い町並みはとてもロマンティック。

旧市街地のメインストリートは欧米の一流銀行が並び、ユーロ圏を代表する国際金融センターです。
1人あたりの所得は世界で第3位とトップレベルの豊かな国なんですよ!治安もよく気軽に街歩きが楽しめる国として大人気の観光地です。
レンタサイクルも充実しているので散策に利用してみては?

華やかな新市街地と打って変わって、世界遺産の旧市街地には、静謐なヨーロッパの古き良き時代の様子がギュッと凝縮されています。

波乱万丈に満ちた国ルクセンブルクのはじまり

963年、ジーゲフロイト伯爵がボックフェルゼンという岩山に、ルシリンブルク(小さな城)を築いたことがはじまりです。

ローマ帝国時代のルクセンブルクは、重要な戦略拠点とされていました。
14世紀ごろにもともとあった天然の要塞の上に長大な「ヴェンツェルの環状城壁」が築かれ、領地の拡大と共に要塞が強化され発展していきます。
この環状城壁はヴェンツェル2世(ルクセンブルク公在位1383年-1419年)が建てたものですが、現在も威風堂々たる姿を誇っています。







中世の城が多く残るルクセンブルクの中でも、ゴシックとロマネスク様式が混在する美しい城として有名なヴィアンデン城は11~14世紀に建てられています。
14世紀に最盛期を迎えますが、領地の拡大を推し進めたことにより事実上経済が破綻していきます。

王の破綻と領土危機の時代

王の借金でこの国は抵当物件と化しました。
1441年に譲り受けたのが、ブルゴーニュ公爵フィリップ善良王(在位1419-1467年)。
前王の世襲者難もあったことでこの国の支配者となりました。
30年戦争が起こった頃がルクセンブルクの闇の時代です。
1659年になるとピレネー条約により、南部は住民ともどもフランスの領土となり「仏領ルクセンブルク」と呼ばれるようになります。
1679~81年の間に条約を利用し領地を広げ、1684年に首都ルクセンブルク市を陥落しました。
ルイ14世の命により、城塞都市の大改修を行い現在の旧市街地の基礎ができ上がりました。
次のページでは『優れたルクセンブルク城塞の構築』を掲載!
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