日本屈指のリゾート地!浅間山の南麓に広がる歴史ある避暑地、軽井沢の歴史

wondertripでは世界の絶景を紹介していますが、歴史地区や古代都市などの絶景スポットは、その歴史を少しでも知ることでより観光が楽しめます。今にも残る世界遺産のストーリーは、知識欲も刺激されますね。本日は「軽井沢の歴史」をご紹介します。


洗練されたリゾート地!軽井沢とは

軽井沢は長野県佐久地方にある清水湧く山里でした。
日本の近代化と共に発展し、豊かな緑に包まれた日本有数の避暑地です。
洗練されたレジャースポットで、アートや文学、味覚まで心を癒すものが全て揃った、首都圏から近い高原リゾートとして大人気。

標高900~1000mに位置する高原湿地帯にあり、夏でも涼しく快適に過ごせ、冬のスキーシーズンも魅力的です。
多彩な自然を満喫できる軽井沢は、新緑と紅葉の時期がハイシーズン。
ゴールデンウィークの新緑と、10月の紅葉は、観光スポットも一段と華やかに彩られ必見です!

木立の中をサイクリングしたり、歴史ある教会巡りもおすすめ。
旧軽銀座や旧三笠ホテル散策、人気のアウトレットでショッピングも楽しめます。
疲れたら、雰囲気のいい一軒屋カフェのテラスで自然の風に吹かれながらのひと休みも素敵ですね。
今回は、古い歴史を持つ日本屈指の避暑地、軽井沢の歴史に少しだけ触れてみたいと思います。

かつて中山道の宿場町として栄えた軽井沢の始まり

かつて中山道の宿場町として栄えた軽井沢の始まり

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縄文時代から軽井沢の高原一帯は、鳥獣類や果実などが豊富に獲れた人が住むのに適し、たくさんの集落が形成されていたようです。
6~7千年前の縄文時代前期の土器などが発掘されました。
住居跡だけではなく、石組みの環状の墓地も見つかっています。
弥生時代に入ると、狩猟から農耕牧畜もされていたようです。

関東と信濃を結ぶ交通の要地にあった軽井沢は、昔から重要地としての変遷をたどってきました。
昭和30年(1955)には石製模造祭器が発見され、入山峠には平安時代まで比較的身分の高い人が通った場所として伝えられています。
この道は、平安時代の10世紀ごろに造られた古代の主要幹道の東山道だったようです。

この東山道が改良され、戦国時代には中山道が開通し、慶長7年(1602)の江戸幕府の時代にこの中山道が整備されます。
後に東海道、日光街道、奥州街道、甲州街道と並ぶ五街道の一つとされました。
ここは天下の難所といわれる箱根と並ぶ難所「碓氷峠」を超えたところにあり、軽井沢高原は軽井沢(旧軽井沢)・沓掛(中軽井沢)・追分(信濃追分)の浅間根腰の三宿が形成されました。
浅間山を望む景勝地としても有名で、繁栄ぶりは凄まじいものだったと伝わっています。

避暑地として人気の高い軽井沢の始まり

避暑地として人気の高い軽井沢の始まり

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明治になると交通網が整備され鉄道も開通し、この街道を使う旅人が激減します。
明治17年(1862)に碓氷新道(現在の旧国道18号)の開通が決定打となり、宿場町としての機能を失い没落しました。
ここで終わらなかったのが軽井沢の運のいいところ。
一人の宣教師に見いだされ、人気避暑地として生まれ変わることになるのです。

それは今から約130年前のこと。
明治19年(1886)にカナダで生まれた宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーと東京帝国大学教授のジェームズ・メイン・ディクソンが偶然この地を訪れ、故郷の風景と重なる雄大な景色と爽やかな気候風土を一目で気に入りました。
2年後の明治21年(1888)、宣教師のショーは現在の旧軽井沢の大塚山に、日本初といわれる西洋風の別荘を建てたのです。
この別荘は軽井沢初の別荘でした。

同じ年に信越本線が開通し軽井沢駅も設置され、更に軽井沢は発展しました。
ショーは軽井沢の癒しの美しさを「根拠のない病院」と例えています。
ショーが軽井沢の素晴らしさを東京在住の西洋人に広めました。
それを聞いた西洋人が夏になるとこの地を訪れ、軽井沢の高冷地で過ごすようになったのです。
西洋風の別荘が建ち並び、西洋人のコミュニティとなりました。
軽井沢は「日本の中の西洋」と称されるほど、西洋の別荘地文化が開花します。

西洋人直伝の西洋文化が栄える軽井沢

西洋人直伝の西洋文化が栄える軽井沢

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初めて軽井沢に別荘が建てられ10年がたったころの明治26年(1893)に初めて、日本人所有の別荘が建てられました。
それは、当時旅籠だった亀屋を西洋式の万平ホテルに改築したことから始まります。
ここからが本当の避暑地としての始まりです。
これよりどんどん貸別荘やホテルが建てられました。

明治28年(1895)になると、ショーはキリスト教布教活動を始めるため、軽井沢初の教会(礼拝堂)を建てます。
宣教師たちは地元の人々に、パンやジャムの作り方、キャベツや白菜など高原野菜の栽培方法など西洋の文化を惜しみなく伝えました。
今でもパンやジャムは軽井沢土産にも重宝されていますね。

軽井沢は外国人による日本三大外国人避暑地の一つとされています。
山の軽井沢、湖の野尻湖、海の高山といわれ、遠い本国から離れた地で暮らす人々にとっての避暑地は、情報交換をして過ごす重要な役割を果たしていたのです。

日本をリードする避暑地へと変わってゆく軽井沢

日本をリードする避暑地へと変わってゆく軽井沢

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明治38年(1905)には、木造建ての本格的な西洋風ホテルの三笠ホテルがオープンしました。
政財界の要人や著名な文化人に愛され、「軽井沢の鹿鳴館」と称されたほど優雅な時を刻んだホテルです。
軽井沢でも画期的なことで、日本の近代化を担い数々の上流階級の人々の華麗な社交場としての役割を果たしました。

優雅で壮麗な空間に誰もが憧れるホテルだったようです。
昭和45年に閉館となるも、この美しい建物は昭和55年に国の重要文化財となっています。
驚くことにこの西洋のホテルは日本人が設計から全て行い、窓枠や手摺などのデザインがとても魅力的です。

だんだん、外国人より日本人の避暑客が多くなり始めます。
これまでは外国人たちによる、質素で高潔な避暑地でしたが、華やかな避暑地へと変貌を遂げました。

豊かな緑に囲まれた人気避暑地の軽井沢

豊かな緑に囲まれた人気避暑地の軽井沢

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大正初期頃になると箱根土地や鹿島建設など大手の分譲が始まります。
これまでは旧軽井沢が中心でしたが、別荘地開発が南や西に広がりました。
金沢生まれの詩人室尾犀星や風立ちぬなどの小説を書いた堀辰雄などの文化人も訪れ、別荘を持つようになり更に発展します。

第一次世界大戦後は日本人有産階級の人々が訪れ、人気に拍車がかかりました。
お洒落なカフェやレストラン、ゴルフ場、乗馬施設、テニスコートなどリラクゼーション施設が建設され、これが軽井沢リゾートの原型となったようです。

軽井沢憲章の精神を貫こうという強い動きができてきます。
軽井沢を「聖地」にという目的から「軽井沢避暑団」が設立され様々な活動が起こりました。

第二次世界大戦後の軽井沢

第二次世界大戦後の軽井沢

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戦後は軽井沢のホテルや高級別荘は進駐軍の保養施設として接収。
ここから軽井沢は受難の時を過ごしたのです。
しかし、軽井沢は国の先を行く改善姿勢を取り怯みませんでした。
国際親善と文化交流を盛んにし、観光地化を進めることに成功。
外国人客の誘致を図り、日本経済復興に寄与しようと、「国際親善文化観光都市建設法」の適用を受けました。

昭和27年には、冬期にも観光客を呼ぼうと町内5ヶ所にスケートリンクが新設されました。
昭和38年には50万人ものスケーターや観光客で賑わい、スケートの全盛期になります。
昭和38年には日本を揺るがせるロマンスが軽井沢で起こりました。
平成天皇と正田美智子さんが軽井沢のテニスコートで出会うというラブロマンスです。
これによりテニスブームが起こり軽井沢は益々脚光を浴びることになりました。

昭和50年にはテニスコートが1000面以上になり、自然歩道の整備やサイクリング道路など公共施設が充実し、爽やかにスポーツを楽しむ人の姿が散見されることになりました。
オリンピックでも軽井沢は活躍しています。
昭和38年の東京オリンピックでは総合馬術競技、平成10年の長野オリンピックではカーリング競技が軽井沢で行われました。
現在は、軽井沢を居住地にする人や静養地として週末に訪れる人、文豪や画家に因んだ文学巡りを楽しめる地としても人気を博しています。

次のページでは『歴史がスゴイ!正統派リゾートの軽井沢を旅してみませんか?』を掲載!
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