苦節55年!?日本を代表する近代建築・国会議事堂は誰が建てた?

幕末から明治にかけて建てられた”文明開化”を象徴する近代建築、と言われて思いつく建物といったら?そう聞かれて、「国会議事堂」を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、実はあの建物、完成したのは昭和に入ってからなんです。国会が開かれることになってから紆余曲折55年かかってようやくのお披露目。あまりに長い道のりを歩んできたせいもあって、設計者もはっきりしないようなのですが…日本で最も有名な建造物と言っても過言ではない国会議事堂、完成までの歩みを辿ってみました。


国会議事堂完成までの歴史(1)

国会開催~議事堂を建てたいけどお金が!

国会開催~議事堂を建てたいけどお金が!

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長い長い江戸幕府による統治時代が終わり、時代は明治へ。
日本の政治は大きく変わろうとしていました。

1881年(明治14年)、明治天皇から「明治23年を期し議会を召し国会を開く」という、国会開設の詔(みことのり:天皇が公務で行った意思表示)が発せられます。
それまでのような、殿様の前にひれ伏すための畳の間ではなく、議会を開くための会議場は不可欠。
新しい時代を築くための大切な場所です。
1885年(明治18年)に内閣制度が発足すると、翌年から内閣に議事堂建設のための臨時建築局が設置され、早速、準備が始まりました。

しかし、新しい政治体制を整えるには、あれやこれやお金がかかります。
議事堂以外にもいろいろ用意しなければなりません。
でも、これからの日本の姿を海外に示して少しでも外交上優位に立つためにも、近代的な建造物を造る必要があります。
そこでドイツから建築家を招いたり、日本からもドイツに技術者を派遣して勉強させたりしながら、1887年(明治20年)、どうにか、現在地でもある永田町一丁目への建設計画が完成。
しかし、ドイツ建築家が提示した設計案は壮麗なネオ・バロック様式で莫大な費用がかかることから、計画は計画の時点で既に難航します。
結局、この計画は中止となり、現在の千代田区霞が関一丁目(今の経済産業省がある敷地)に、仮の議事堂を建てて間に合わせることになったのです。

完成した仮議事堂~でもすぐ焼失してしまう

完成した仮議事堂~でもすぐ焼失してしまう

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立派な建物にしたい、でもお金がない、時間もない。

そんな中、1890年(明治23年)11月24日に完成した仮議事堂は、ドイツ人建築家と臨時建築局の設計による木造2階建洋風建築。
仮とはいっても大勢の人が集まる会議場ですから、横に長く、敷地面積はおよそ8500平方mと、かなり大きな建物となりました。

そしていよいよ、第1回帝国議会が始まります。
しかしこの建物、議会会期中の1891年(明治24年)1月20日、なんと火事であえなく全焼。
木造建築の悲しい性、原因は夜中に発生した漏電だと言われていますが、大きな木造建造物は数時間で焼失してしまったのだそうです。
議会は華族会館(旧鹿鳴館)や帝国ホテル、東京女学館(旧工部大学校)などに場を移して続けられ、何とか会期を終了しました。

国会は無事閉幕しましたが、次回もホテルや学校を借りて議会を開くわけにもいきません。
第2回の帝国議会は11月21日に召集されます。
それまでに何とかしなければなりません。
焼けてしまった仮議事堂の跡地で昼夜問わずの工事が進められ、わずか半年後の1891年(明治24年)10月、第2次仮議事堂が完成。
第1次とほぼ同じ木造2階建ながら、防火対策を施した造りになっていたそうです。

かなりの突貫工事と思われましたが、第2次仮議事堂はこの後、30年余りに渡り、途中、第7回帝国議会を除く第2回から第50回までの議会の場として日本の政を支え続けていきました。

一般公募しつつ最終的には政府がデザイン?

一般公募しつつ最終的には政府がデザイン?

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第7回帝国議会だけは、広島で開かれていました。
1894年(明治27年)8月に勃発した日清戦争の影響で、大本営が広島に移されたため、議事堂も広島に移すことになったのです。
何とおよそ半月という短い工事期間で1894年(明治27年)10月14日に完成した仮議事堂。
完成した翌日にはもう、国会が召集され開催。
まるで舞台装置の早変わりのような突貫工事。
唯一、東京以外で国会が開催されたのが、この第7回帝国議会でした。

第8回からは、再びあの第2次仮議事堂で議会が催されますが、内閣としても、いつまでも仮議事堂で済ませるつもりはありません。
もちろん、ちゃんとした議事堂の建設計画についても、模索が続けられていました。
そして時代は明治から大正へ。
1918年(大正7年)、何と議事堂のデザインを一般から公募することになったのです。
デザインの条件はというと、本館は3階建て、建坪3600坪以内、東方を正面にし、できる限り国産の資材を用いること、そして建物の左翼が貴族院、右翼が衆議院とすること、そして偉容(堂々としていて立派な様子)を保つこと。
応募は118通にも及んだといいます。
その中から20図案に絞られ、さらに第2次の募集も行われるという念の入れよう。
最終的には、宮内省技手の渡邊福三氏による“ギリシア様式ルネサンス風”の案が一等になりますが、最終的には臨時の建築局が、最終選考に残った案をもとに大幅な修正を行い、設計が進められていきました。

1920年(大正9年)1月30日、場所は永田町。
国会開設の詔が発せられてから39年、ついに念願の新議事堂の建設が始まったのです。

国会議事堂完成までの歴史(2)

震災を乗り切ったのに火事で焼けた2次仮議事堂

震災を乗り切ったのに火事で焼けた2次仮議事堂

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新議事堂の完成が望まれる中ではありますが、国会を休止するわけにはいきません。
ちゃんとした議事堂が無くても、議会で決めなければならないことは山ほどあります。
新議事堂が完成するまでの間は、木造の仮議事堂が使われ続けていました。

そんな中、東京で大災害が発生します。
1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災。
東京のみならず関東一帯に大きな被害をもたらしました。
しかしこのとき、建設中の新議事堂も、仮の木造議事堂も、どちらも崩れることなく何とか無事だったのです。
ただ、新議事堂の設計図や模型、関連書類の多くが焼失してしまったそうで、建設遂行に影響が出たとも伝わっています。

一方の仮議事堂ですが、大地震を耐え抜いたというのに、およそ2年後に悲劇が。
1925年(大正14年)9月18日、補修作業中の作業員の火の不始末から火災が発生してしまい、焼失してしまうのです。

新議事堂の建設にはまだまだ日数が必要。
やむを得ず政府は、新議事堂の建設を後回しにして、焼け跡に仮議事堂の建設を決定します。
次の国会に間に合うよう、再び昼夜問わず不眠不休の突貫工事。
仮議事堂は着工からわずか80日余り、1925年(大正14年)の12月22日に、第3次仮議事堂が完成します。
第1次、第2次と同様、木造洋風2階建の建物。
敷地面積は第1次の2倍以上となるという、およそ2万800平方mにも及ぶ巨大建造物となりました。

長い長い仮議事堂からの卒業~新議事堂の完成

長い長い仮議事堂からの卒業~新議事堂の完成

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2度の焼失、2度の建て替えと、仮議事堂の歴史もだいぶ長いものになりました。
気がつけばもう、40年近くも仮議事堂で議会を開催し続けています。
第3次仮議事堂は1925年(大正14年)12月22日から、もうこれでラストにしたい、との人々の思いが届いたのか、現在の国会議事堂完成まで、無事、日本の議会を支え続けることに。
第51回から第69回までの帝国議会が開かれ、新議事堂の完成と共に、その役割を終えて解体されます。

時代は大正から昭和へ。
まだ建設技術や重機などが今ほど発達していなかった時代に、鉄骨を組み、コンクリートを流し入れ、日本各地から集められた石材を組み上げて、徐々に姿を現す近代建造物。
昭和5年頃には外観がほぼ出来上がってきますが、周囲にはまだ建物らしい建物は無く、資材置き場や資材を運び込む道路や引き込み線が見えるだけ。
完成間近の1936年(昭和11年)2月26日には二・二六事件が発生し、武装した陸軍青年将校たちが永田町一帯を占拠するという事態に陥ったこともありました。

国会開設の詔から55年、第1次仮議事堂での国会開催から46年。
着工から17年の歳月をかけ、長い長い時を経てようやく、新議事堂が完成しました。
1936年(昭和11年)11月7日の竣工式は、各所来賓2800人が集まり、盛大に行われたのだそうです。

Writer:

歴史と歴史小説と遺跡を愛してやまない東京都在住の主婦。子供のころからの大の時代劇ファン。国内外問わず歴史小説を読むようになり、NHK人形劇「三国志」を見て中国史にはまって大学では東洋史学を専攻。愛猫とじゃれながら歴史小説を読み漁る毎日を送っている。趣味は古地図を眺めることとカメラ片手の街散策。

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